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とあるキャロルの涙

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 サットン家は小さな領地を治める伯爵家であり騎士団に名を連なる一族である。

 ミアは、現当主ルーカスの次女として可愛がられて生きてきた。
 3歳上には姉がおり、2人姉妹な事でミアと比べ姉は跡取りとして厳しく教育されていた。
 
 そんな姉をミアは哀れに思っていた。
 跡取りとして領地の経営学に留まらず、騎士団に所属する父に厳しい剣の修行をつけられていた。
 いつも傷だらけになって剣を振る姉を可哀想と見つめていた。

 ミアは次女であった事に安堵していた。
 自身は刺繍や音楽に茶会など、女性として優雅な生活に満足していた。

 茶会に出れば、やれ菓子だ、やれ恋だとお馴染みの話に花を咲かせ、微笑めば貴族の子息から別の茶会に誘われた。

『姉様は可哀想。
 女性の楽しさなど味わえないなんて・・・。
 私はこんなに女の子として充実しているのに・・・。
 私だけは姉様の味方よ。』

 疲れ果てている姉に付き添う優しい妹・・・。

 そんな彼女が出会ったのが若き青年貴族であるハンス・オルコット子爵だった。
 優しい笑顔を持つハンス・オルコットは父から爵位を継いだばかりで社交会に出席を積極的にし始めたばかりだった。
 一目惚れだった。
 
『こんな方と結婚できたら・・・。
 でも・・・相手は子爵、私は伯爵・・・。
 決して許されない恋だわ。』

 秘めた恋こそ、ミアの心を燃え上がらせた。
 何度も見かけるが声をかけるわけもなく、ただ見つめていた。
 
 我慢が出来ずに父にねだり、一緒に挨拶に行った時だった。
 ハンスに見惚れていた為に気にもしていなかった。
 脇には彼と腕を組む女性が微笑んでいたのだ。

『初めまして。サットン伯爵令嬢。
 私はハンス・オルコット子爵です。
 こちらは私の婚約者であるアンバー・クルトです。
 どうぞ、宜しくお願い致します。』

 彼はミアが大好きな笑顔で婚約者を紹介した。
 隣に寄り添う女性は恥ずかしそうにハンスを見上げていた。

 その後は覚えていない。
 父と祝辞を述べると、当たり障りなのない話をして別れた。

 後で聞けば相手の女性が平民だと言うのも驚いた。
 それもクルト商会の娘でサットン伯爵家をも凌ぐ程の財力を持った商会だと聞いた。
 ミアは自身の美しい恋を金で邪魔したクルト商会並びに婚約者に収まったアンバーを呪った。

 こんな醜い心を自分が持っているとは思っていなかった。
 いや・・・こんな心にしたアンバー・クルトが悪いのだ。
 私は優しい女性なのだ。
 哀れな姉を愛し、下位貴族のハンスに恋をした。
 そう・・・私は優しい。

 自身の家族でも大きな変化がおきた。
 母が年甲斐もなく妊娠したのだ。
 生まれたのは待望の男の子だった。

『そんな!今まで努力してきた姉様はどうなるの?!』

 戸惑うミアとは違い、報告を受けた姉はホッとした様だった。
 そんな姉に父は涙ながらに謝った。

『お前に女としての幸せを与えてあげられなかった。
 すまない。
 後継として期待し厳しくしておきながら、お前の居場所を失わせる父を許してくれ。』

『伯爵家に生まれた長子として当然の事です。
 どうか、その様に思わないで下さい。
 今までの努力を無駄には致しません。
 いざと言うとき、愛しい弟の助けになるでしょう。
 これで良かったのです。
 サットン家は安泰です。』

 両親と姉の涙の会話をミアは、何処か冷めた目で見ていた。
 
 今まではミアがサットン伯爵家の女の子だったのだ。
 姉はどんな時も騎士らしく涙を見せずに逞しかった。
 しかし、目の前にいるのは運命から解き放たれた女性が心から安堵している姿だった。
 父と母に抱きしめられ震えていた。
 この家に可愛がられる女の子は1人で良い・・・。

 その後、姉はあれよあれよと婚約し結婚した。
 相手は自身達よりも上位の侯爵子息だった。
 騎士としてだけではなく、領地経営や国の歴史など多くを学んできた姉を気に入った侯爵家の後継の目に止まったのだ。

 笑顔で家を出て行った姉をミアは笑顔で送りながらも、空っぽになった心に虚しさが吹き込んできた。

 哀れと思っていた姉が人一倍の幸せを掴み、自分は恋した男が手に入らなかった。
 
 サットン家には多くの釣書が送られてきたが、見る気すら起きない。
 父も母も次女であるミアには多くを要求しなかった。

 それから数年経った時だった。
 もはや、行き遅れと揶揄られながらも幼い弟を支え社交会でも華やかにしていたミアに思ってもない話が聞こえてきた。


 オルコット子爵の奥方が流行病で亡くなった。


 その話を聞いた日には微笑みながら、お悔やみの手紙を送った。
 もう、諦めなくても良いのだ。
 喪に服しているオルコット子爵は決して社交会に姿を現さなかったが、手紙を書けば律儀にもお礼の返信があった。

 どんな内容だろうと初恋の人との文通が彼女の心に火をつけた。

 アンバー・クルト・・・
 金で愛を買った女は罰が当たったのだ。
 平民風情が私の愛しい人を奪ったのだから。

 行き遅れのミアを心配した両親は生き生きと文通をする娘を思い、オルコット子爵家にお見合いを申し出た。 
 当初、拒んでいたオルコット子爵であったが周りの勧めもあり喪が明けたのを期に見合いを承諾した。

 数年ぶりに会う初恋の人にミアは夢見心地だった。
 ついに自分にも幸せがくる。
 姉は侯爵の妻として社交会で力を発揮し、弟は幼いながらも将来を約束されていた。
 私だって負けはしない。
 恋した人に嫁ぐのだ・・・。
 しかも、クルト家の娘と結婚した子爵だ。
 妻の財産だって自由だろう。
 生家のサットン伯爵家だろうと姉の侯爵家だろうと、凌ぐほどの財力があるのだ。
 やはり私は神に愛されている。

 心を躍らせ、見合いをしに子爵家に行けば待ち望んでいた再会をした。

 数年前に比べると貫禄がでているも、何処か儚げなハンス・オルコット子爵を見たミアは心を躍らせた。

『お久しぶりです。
 いつも手紙を有難う御座いました。
 紹介します。娘のキャロルです。
 どうぞ、宜しくお願いします。』

 ハンスが真っ先に紹介した娘・キャロルにミアの笑顔が固まった。

 数年前に一度だけ会った女・・・
 アンバー・クルトそっくりの娘がミアを伺う様に見上げていた。

『可哀想に・・・。
 まだ若いのに、お母様が亡くなられて大変でしょう。
 どうぞ、どんな事でも相談なさってね。』

『・・・有難う御座います。』

 笑顔の父・ハンスとは違いキャロルは警戒したように返事をした。

 ミアは分かっていた。
 絶対に相容れない存在であると・・・。
 しかし、ハンスの為に私は母として可哀想な、この子を受け入れよう。

 

 それから、数日経った時だった。
オルコット家より《お詫びと断り》の書状が届いた。


 ミアは震える手で書状を読んだ。
 理由は分かっている。
 あの、アンバー・クルトの娘が私達の幸せを邪魔しているのだ。

 ミアは諦めなかった。
 自分の幸せは自分で掴む。
 ただ当たり前の事をするだけだ。
 
 そう・・・私は悪くない。
 悪くないのだ。
 私は悪くない。




「お前は哀れな女だな。」

 ミアの話に静まり返る部屋にクロス・アルデバランの声が響いた。
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