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Bar Hope 〜男も女も騙し合い〜

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 昼下がりの時間、街は人で賑わいを見せていた。


《えっ・・・?》

 ニックに連れられサロンにやって来たリトゥル・バーニーは出迎えた女性に目を張った。

「いらっしゃいませー。
 こちらが新人さん?」

「おう。ビビアン。
 男前にしてやってくれ。」

 ニックと気軽に話すビビアンとはバーテンダーであるギルの恋人・・・同棲相手だったのである。
 リトゥル・バーニーは店終わりのギルを尾行して突き止めた先で彼を出迎えるビビアンを確認している。

《そうか・・・。
 彼女がビビアン・・・。》

 そう思いながらもリトゥル・バーニーは頭を下げた。

「よろしくお願いします。」

 ビビアンはニッコリ笑うと頷いた。

「任せて!マダムの好みは熟知してるわ。
 どうする?先にニックさんが切っちゃう?」

「頼むわ。」

 ニックは帽子を棒仕掛けにかけるとスタイリングチェアに腰掛けた。

「いつもと同じで頼む。」

「了解。そのマロン色のフラッフィヘアを大人っぽく仕上げるわ。」

 リトゥル・バーニーは案内されたソファーに腰掛けると店内を見渡した。

 全体的にクラシックに仕上がっている店内にはこだわりが詰まっているようだった。

 緑のクラシック模様の壁紙に鏡はゴールドの縁が使われていた。
 所々に花が飾られていて煌びやかなランプが置かれていた。
 ニックが座っているスタイリングチェアもスモーキーブルーの革と木の組み合わせが絶妙だった。

 迷いなく髪を切っているビビアンはニックの話に時折声を出して笑った。
 初めてギルを尾行した夜、ビビアンの存在を知ったリトゥル・バーニーは罪悪感を抱いたものだった。

 悪い事をしている者を尾行するのは苦労も厭わない、しかしBar Hopeの連中はリトゥル・バーニーの目から悪人に映らないのである。
 当然、裏の顔を新人に隠しているであろう事も考慮している。
 しかし、それだけではない何かある気がしてならないのだ。

《理由があったら人を殺して良いのか・・・?
 あの時だって・・・。》

 リトゥル・バーニーは過去から追いかけてくる影を追い払うように頭を掻いた。

「飽きちゃった?もう少し待ってね。
 ドライヤーして調整したら終わりだから。」

 ビビアンのニッコリ顔にリトゥル・バーニーは慌てて首を振った。

「大丈夫です!」

 クスクス笑うビビアンは髪を濡らしたニックを指さした。

「見て。ふんわり髪を濡らすとこんなに悲惨なのよ。」

 捨て犬の様に可哀想なニックの髪をビビアンは面白がっていた。

「こんな姿を見せるのは君だけだよ。」

 ニックがニヤニヤと見上げるとビビアンはニックの背中を叩くと軽く睨みつけた。

「あら、一緒にシャワーを浴びる相手がいるのではなくて?」

「君がいるのに?」

 2人はジッと見つめ合うとゲラゲラと笑い出した。
 ニックにドライヤーがかけられ悲惨な髪がフワフワに仕上がっていく様を見ていたリトゥル・バーニーは、微かに微笑んだのだった。


「お待たせ!さぁ、どうしましょうかね。
 まぁ、元々長い方でもないからね・・・。
 制服はダンさんに頼んだの?」

「はい。今はベストですけど寒くなるとロングコートも用意していただけるようです。」

「じゃあ、何にでも合うようにしましょう。
 髪も硬そうだし。ツーブロックでウェーブを利用しましょう。セットも楽だし、休日はセットなしでも過ごせるようにするわね。」

「助かります。」

 リトゥル・バーニーがスタイリングチェアに腰掛けるとビビアンは苦笑した。

「座っても大きいわね。
 ちょっと待ってて、台を持ってくるわ。」

「す・・スミマセン!」

「気にしないで。」

 店の奥に行ったビビアンの背に声をかけるリトゥル・バーニーにニックが声をかけた。

「お前、あんまり謝るなよ。
 背がデカイって事は悪い事じゃねーよ。
 寧ろ、酒場のドアマンには持ってこいだ。
 店で暴れんなよって牽制出来るしな。
 謝る事に慣れた奴の本気の謝罪は価値が下がる。
 男は謝罪しなくても許される奴こそ徳なんだよ。」

「スミマ・・・はい。」

 言い直すリトゥル・バーニーにニックは微笑んだ。

「じゃあ、女の謝罪はどうなの?」

 踏み台を手に戻ってきたビビアンにニックはニヤリとする。

「女のゴメンナサイは燃えるだろう?」

 ビビアンは舌打ちするとリトゥル・バーニーを鏡越しに睨んだ。

「良い?見習っちゃダメよ。」

「・・・はい。」

 目を見開いたリトゥル・バーニーであったが苦笑するのだった。

 ビビアンの手によって変化していくリトゥル・バーニーを見たニックは携帯を取り出した。



「はい!終了!
 セットするときは髪全体にワックスを馴染ませてかき上げてから整えると良いわ。
 このワックスあげるから使ってみて。」

「有難うございます。
 良いんですか?」

「初来店のご挨拶よ。
 短い髪は直ぐ形が変わるから、こまめに来てね。」

 ビビアンはウィンクすると手を洗った。

「もうちょいしたら、ルリが来るから待とうぜ。」

 リトゥル・バーニーがキョトンとしているとニックは鏡を見ながら帽子を被った。

「アイツの服のセンスは信頼できるぞ。
 チビだけどな。」

「チビは余計」

 振り返るとルリが扉を開けていた。

「ルリ!今日も可愛いわ!
 後だけ整えてあげる。」

 薄手のポンチョにハイソックスにブーティを合わせた姿で現れたルリにビビアンが歓声を上げた。

「うん。」

 ルリがスタイリングチェアに座るとビビアンは嬉々としてケープを巻きつけた。

「私、ルリの艶のある綺麗な髪好きよ。」

「うん。」

 すぐに切り終え首元をブラシで掃除するとビビアンはケープを取った。

「はい。出来上がり!どう?」

 ビビアンは鏡をあてるとルリに見やすいようにした。

「よい。」

 ルリは満足すると1枚コインを渡した。

「行く?」

 流れるような一連に戸惑っていたリトゥル・バーニーの前に小さなルリが腰を手に当てて見上げた。

「え・・・あっはい!お願いします。」

「よし。」

 ルリはビビアンに手を振るとスタスタとドアの扉に手をかけた。

「じゃあな。ビビアンまた来るわ。」

「毎度ありがとうございました。」

 ニックはもう一度だけ鏡を覗き込み帽子の角度を確認した。
 リトゥル・バーニーも慌てて頭を下げて後を追う。

「ビビアンさん。有難うございました。
 またお願いします!」

「はーい。仕事頑張ってね。」

 リトゥル・バーニーの大きな背中を手を振ったビビアンはニコニコと窓の外を歩く3人を見送った。



「ガッツリとセットすると、ますます今の服が合わないな。」

 ニックがリトゥル・バーニーの体を上から下まで見ると苦笑した。

「確かに」

 ルリにまで完結に否定されたリトゥル・バーニーはシュンとすると背中を丸めた。

「ほらほら言ったろう?
 背筋を伸ばせ!自分の良い所を恥じるなよ。」

 ニックは大きな背中をバシバシ叩くと店の看板を指を刺した。

「あの店、“アスター”っていうんだけど
 アウトレット洋品店で良い服が安く手に入るんだ。
 まだ、給料の安いお前には良いんじゃないか? 
 掘り出し物はルリに任せろ。」

 ルリは親指をあげるとグーと押し出した。

「任せろ。」

「お・・お願いします!
 服の事、何も分からないんでお任せします。」

「任された。」

 ルリは敬礼するとサササっとアスターの中に吸い込まれて行った。

「張り切ってんなー。
 お前みたいにデカイ奴のスタイリングなんて、なかなか出来ないからな。
 楽しいんだろう。
 後で何か甘いもんでも買ってやれば良いよ。
 ただし、ルリだけじゃなくてポピーとルースのも買えよ。
 アイツら一緒に住んでるからな。
 1人分しか用意しないと面倒事になるぞ。」

「はい!了解です。
 ニックさんには、どうお礼したら良いでしょう?」

「俺?俺は良いよ。
 じゃぁ、今度酒を1杯奢ってくれ。」

 ニックはウィンクをすると、足早にルリが吸い込まれた店に入っていった。
 リトゥル・バーニーも笑いながら後を追おうと足を踏み出そうとした時だった。
 携帯電話が震え見れば、無登録の番号が表示されていた。

「・・・はい。」

 テレンス・ブラナーからの指示を聞くとリトゥル・バーニーは“アスター”の扉を開いた。




「どうした?
 大丈夫か?」
 
 気の重いリトゥル・バーニーが見たのはニックが小さいルリを小脇に抱えた姿だった。

「来た!試着開始!」

 ルリが指差すとアスターのスタッフにより両脇を固められ試着室に引っ張られていくリトゥル・バーニーは恐怖するのだった。
 
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