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8、ジョコーソ 楽しげに
しおりを挟む定期試験の迫る、とある日の放課後のこと。
廊下にあるロッカーから試験に必要そうな教材を取り出していると、突然ふんわりと優しい香りが広がった。
「愛華ちゃん!」
顔を上げると、そこにいたのは三浦くんの幼なじみの美音ちゃんだった。
「美音ちゃん!」
「やっほー」と手を振る美音ちゃんは、相変わらずかわいくて、明るくまぶしい笑顔を向けてくる。
「ねえねえ、愛華ちゃん、もう帰っちゃう?」
「え?」
試験前ではあるけれど、今日もいつもどおり音楽室でピアノの練習をしようと思っていた。
「なにかあるの?」
「今からね、教室でみんなでテスト勉強するんだ!よかったら愛華ちゃんも一緒にどう?」
「え!いいの?」
「もちろん!」
とってもうれしいお誘いに、私は「行く!」と元気よく返答した。
友達と勉強会だなんて、私、はじめてかも…!
試験前特有のいろんな教科のワークが入った重い鞄を肩にかけて、私はD組へとやってきた。
やっぱり他クラスにくるのは緊張する。
ひょっこり教室をのぞくと、残って勉強している子が多かった。
「ようこそD組へ!愛華ちゃんは、ここの席に座って!」
「ありがとう!」
美音ちゃんに案内された席は、多分美音ちゃんの席。
机の上に乗っていた教科書やノートを抱えた美音ちゃんは、となりの席に移動した。
三浦くんはいないのかな…と教室中に視線を走らせたけれど、その姿はなかった。
残念…三浦くんはもう帰っちゃったのかな…。
「愛華ちゃんって、数学だれ先生?」
教室内をきょろきょろと見回していた私は、美音ちゃんへと意識を戻す。
「あ、うちのクラスは、辻堂先生」
「ひぇっ!めっちゃ怖い先生じゃん!」
「怖くはないよ。少し厳しいけど、わかりやすいし」
「すごいね愛華ちゃん…私数学苦手だから、辻堂先生だったらきっとめっちゃ怒られてるよ…」
「そんなことないよ。あの、もしよかったら数学教えようか?」
「え!いいの!?教えて教えて!」
美音ちゃんは表情がくるくると変わって本当にかわいい。
美音ちゃんは、三浦くんのそばにずっといるんだよね…。
美音ちゃんにその気がなくても、三浦くんは美音ちゃんのこと、好きになっちゃたりしないのかな…?
私が男の子だったらこんなにかわいくて優しい幼なじみ、きっと好きになっちゃう。
三浦くんは、どうなんだろう…?
「愛華ちゃん、ここは?」
「あ、うん!えっと…」
美音ちゃんの質問に意識を戻した私は、頭を振って勉強に集中することにした。
「愛華ちゃん教えるのうまい!すっごくわかりやすいよ~!」
「ありがとう!ねえ、美音ちゃんって英語得意だったりする?私、英語はあんまり自信がなくて…」
「私、英語得意だよ!教わったお返しに英語教えるね!」
「ありがとう!」
美音ちゃんとの勉強会はすごく楽しかった。ひとりで勉強するよりもすごくはかどる!
「あ、その前に、ちょっとお手洗いに行ってくるね」と美音ちゃんは立ち上がった。
「うん、いってらっしゃい」
ひとり他クラスに残されてしまった私は、なんとなく落ち着かなくて、ノートにペンを走らせた。
すると頭の上に影が落ちて、手元が暗くなった。
「英語?」
「え?」
顔を上げると、三浦くんがそばにいて、私は思いっきり身を引いた。
椅子がぎいっと音を立てる。
「み、み三浦くんっ!?」
「よっ!柏崎さん。うちのクラスで勉強してたんだ?」
「あ、うん!美音ちゃんに誘ってもらって」
「ああ、美音が勉強会誘うって言ってたの、柏崎さんのことだったのか」
そういえば美音ちゃんはみんなで勉強する、って言ってたっけ。
「三浦くんも、いっしょだったんだ」
私はうれしさで口元がゆるみそうになるのを、必死にこらえた。
「部活、ミーティングだけあってさ。ちょっと遅れちゃったんだ。藤宮も委員会が終わったらくるって。あ、藤宮知らないか」
「藤宮くん、知ってるよ。転入生の子だよね?」
「そうそう。超生意気っていうか、なに考えてるかよくわからないやつだけど。それにしても、美音と柏崎さんが知り合いだとは思わなかった」
「この前たまたま仲良くなって…」
「そうだったんだな」
三浦くんはにこにこしながら、さっきまで美音ちゃんが座っていた席へと腰を降ろした。
「英語、俺教えようか?」
「えっ!?」
「柏崎さん、めっちゃ勉強できそうだから、俺が教える必要ないか」
「い、いえ!ぜひ教わりたいです!」
私があわてて答えると、「おっけ!」と言って、三浦くんは私の方へと身を寄せてきた。
「…!!」
近い近い近い…!!!
三浦くんがそばにいるだけでドキドキするのに、こんなに近くにいられたらドキドキが聞こえちゃうよ…!
「で、どこがわかんない?」
「あ、ええっと…」
私のドキドキになんかぜったい気がついていない三浦くんは、私の英語のワークをのぞきながら、ていねいに教えてくれる。
勉強に集中しなくちゃいけないのに、意識がぜんぶ三浦くんにもっていかれて、三浦くんのことしか考えられない。
指、少しごつごつしてる…。男の子なんだなぁ…。
自分の指と三浦くんの指を比べて、そんな当たり前のことを考えてしまう。
そんなところに。
「愛華」
私たちのまったりした空気をぴしゃりと切るような声が聞こえた。
「こんなところにいたのか」
D組の教室にずんずんと入ってきたのは、水原くんだった。
「え、水原くん?」
「音楽室にいないから探したぞ」
「あ、今日は美音ちゃんと三浦くんと試験勉強してて…」
「三浦?」
水原くんは私のとなりに座る三浦くんを見下ろす。
三浦くんは「どうも」と手を挙げてあいさつしたけれど、水原くんはそれには答えず、じーっと三浦くんを見ている。
水原くんは私のとなりの席に腰を降ろした。
「俺もここで勉強する」
「え!?」
「なんだ、なにか文句でもあるのか?」
「あ、いや、ないけど…」
水原くんがだれかと勉強するなんて言い出すのはめずらしい。
「友達といっしょに勉強してどうする?それは効率がいいのか?」などと言うような水原くんだ。
私ともいっしょに勉強したことは一度もない。
「柏崎さん、友達?」
三浦くんが私に小声で訊いてきた。
耳もとで話しかけられて、大きく心臓がはねたけれど、今はそれは置いておいて。
「あ、うん…幼なじみ…みたいな…?」
私の返答を聞いた三浦くんは、「ふーん」となんだか不満そうな声を出した。
私、なにか変なこと言った?
三浦くんからは聞いたこともない声と不満そうな顔に、私はあわてた。
「で、愛華、なにがわからないんだ?」
「え?えっと…?」
「柏崎さんのこと、呼び捨て?」
三浦くんの驚いたような声に、なぜかふんと鼻を鳴らす水原くん。
「当然だろう、俺と愛華は親しいのだから」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!水原くん、今日はどうしちゃったの!?」
「どうしたとはなにがだ?」
「いつもと違くない?」
「別に。俺はいつもどおりだが」
最近の水原くんはぜんぜんクールじゃない。
前まではピアノ以外興味ないって感じで、スンっとしてたのに、この前の発表会でも私に抱き着いてきたり、今だって三浦くんになんだかむきになっているみたいな…。
「愛華さん」
「へっ!?」
「愛華さん、って、俺も名前で呼んでいい?」
三浦くんに名前を呼ばれて、頬が一気に熱くなった。
「も、もちろん!!」
「俺のことも椿って呼んで」
「つ!?つ、椿、くん…」
まさか名前で呼び合う日がくるなんて…!
なんだかすごく距離が縮まったような気がする…!
「遅くなってごめんねー!」
美音ちゃんと藤宮くんが並んで教室に入ってきた。
「そこで藤宮くんに会って、立ち話しちゃってた!」
「なんだかまた増えてないか?」
美音ちゃんと藤宮くんも席に着いて、五人での勉強会がはじまった。
右には三浦くんがいてキュンキュンするし、左からはなんだか水原くんの圧を感じて、まったく勉強に集中できなかった。
けれど、五人での勉強会はすっごく楽しかったのだった。
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