魔導師の弟子

ねこうちココ

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第一幕

第22話 妖精喰いⅡ 3

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 杖を魔法で弓へと変える。 
 建物の影から身をだせば、妖精喰いたちは一斉に僕へ視線を向けた。獲物を捉えた獣のように奴らは低く唸る。妖精喰いの目線に合わせるため、片膝を地面につく。呼吸が荒くなり、弓を構える手が震える。額はじんわりと汗が滲んだ。 

 落ち着け。集中するんだ。ゆっくりと深呼吸で息を整える。 
 矢は一発のみ。失敗は許されない。大丈夫。きっと大丈夫だ。 

 腕に精一杯の力を入れれば弓の弦は湾曲する。イメージするのは魔力を矢に流すこと。
 飛んだ矢が妖精喰いに命中すること。妖精喰いは狙いを定め、一歩また一歩と着実に距離を詰め寄ってくる。 

 僕はシャーウッドの森へ向かう道中での蔵さんとの会話を思い返していた。 


***** 


人工妖精ホムンクルスってどうやって造るか、わかるか?」 

 蔵さんの問いに僕は少し考える。 

「……特殊な材料が必要なんでしょうか。もしくは血とか……」 

 高度な魔法には血や肉を使用することが多い。僕のなんとなくの感覚だが、自分の血を使ったりするのだろうと考えた結果だ。 

「そんな簡単なモノだと良いがな」と言う蔵さんの声はワントーン低くなっている。

「新生体さ」

「しんせいたい……?」 

 聞きなれぬ単語に僕の頭には疑問符が浮かぶ。 

新生仔しんせいじのことだ。テレビなんかでも見たことあるだろ。産まれたての動物の赤ちゃん。魔法界隈では人工妖精ホムンクルスに使う新生仔を新生体しんせいたいって呼んでる」 

 想像したのは、動物番組で流れていた産まれたてのマウスやウサギの姿だ。産まれて直ぐは毛もなく肌がピンク。手のひらにおさまるほど小さな体。それは一つの命だ。 

「そんな馬鹿な……生きている動物を妖精にするんなんて……」 

 あまりにも衝撃的な事実だった。 

「だから人工妖精ホムンクルスってのは、本来は妖精と呼べるレベルものじゃないのさ。完全な妖精を創ることは不可能だ。そもそも魔法はあらゆる法則を度外視した行為だが、生命を生み出すのはそれ以上さ。自然の摂理から逸脱している。だから不可能な筈なんだが……新生仔を使って妖精を生み出しちまった」 

「どうしてそんなことを……」 
「人間の探究心ってやつかな。今でも人工妖精ホムンクルスは物議を醸す話題だ。俺たちが追っている妖精喰いも、新生体で生み出した個体だろう」


*****


 何もかも人間の身勝手だ。小さな命を使い人工妖精ホムンクルスを生み出し、その人工妖精ホムンクルスは妖精喰いとなった。更には人間にも被害が及ぶ結果に。そして人間はそれを始末しようとしている。 
 例え恐ろしい獣でも、もとは一つの命だ。殺したいんじゃない。

 僕は救いたい。

 妖精喰いは地を蹴り、僕を目掛けて一直線に走ってきた。
 傷つける魔法は僕には必要ない。僕は僕のやり方で、僕にしかできないやり方がある。 
 全ては決められていたのだと。生まれた時から運命は揺るがないと大人たちは言う。

 それでも──────

「運命を決めるのは僕自身だ!」 

 矢を放つ。青白い光をまといながら妖精喰い目掛けて飛んでいった。 

 矢は直撃し、青白い光は妖精喰いをたちまち包み込む。妖精喰いはその中でもがいた。徐々に青白い光と同化してゆく。
 光はやがて蝶の形を成し、蝶の群れが夜空へむかって飛び立ってゆくのだった。 


 僕は顔を上げて飛び立つ蝶を呆然と眺めた。真っ暗な夜に無数の青白い蝶は辺りを照らしながら舞う。
 妖精喰いを包んだ光がなくなった後。妖精喰いの姿は忽然こつぜんと消えており、僕は急いでその場に駆け寄った。
 道端に転がる小さなそれを手にとる。僕の両手におさまってしまうほどに身体は小さく、酷く冷たい。

 仔犬の新生仔だ。 
 手が震える。悲しみと怒りが僕の中で渦巻いていた。 

「よく頑張ったな」 

 僕の肩に鳥羽さんの手が触れる。首を横に振った。 

「いいえ。結局、命までは救えなかった……戻せなかった……」 

 鳥羽さんは僕の隣へしゃがみこむ。そしていつにも増して柔らかな声で言うのだ。

人工妖精ホムンクルスを造る際に使う新生仔はな、動物の死骸だ。屍を妖精に変えて動かしているにすぎない。いくら君の魔力でも命亡きものを甦らせることは不可能だ。私や雪なら。けれど君は蝶にのだな」 

 鳥羽さんは星が瞬く夜空を仰ぐ。

「君の魔法は美しい」 

 僕は目を見開いた。

「美しい」と語った彼の顔を、僕はずっと頭から離れないでいた───


 蔵さんは広げたハンカチの上に新生仔を並べ始める。 

「何するんですか?」 

 僕は覗き込んだ。

「妖精喰いを造った奴を突き止めるのさ」 
「でも妖精喰いは僕が消してしまったし、新生体はもう…………」 
「いや、これでいいんだ」

 蔵さんが横たわる新生仔に合掌をするのに習い、僕と鳥羽さんも手を合わせた。 
 それから蔵さんは杖を取り出した。横向きに、して杖の柄を握りしめ、並べられた新生仔と平行に掲げる。 

『流れる血潮 巡る追憶 海より深く 潜れ 潜れ 辿れや深淵しんえん』 

 蔵さんの詠唱だ。そして目を閉じてじっと動かないままだ。 何かに集中しているようにみえる。

「これはなにを?」と隣にいる鳥羽さんに耳打ちした。 
「あれは記憶を見ている。新生体の記憶を覗いて妖精喰いの犯人を突き止めるつもりだろう。私なら死骸や死者の記憶を覗こうなんか思わないがな」 
「どうしてですか?」 
「そりぁ、死に際の記憶も見ることになるからな」 

 その一言に僕の身の毛がよだつ。確かに死に際の光景は、見て心地がいいものでは決してないだろうな。
 
 記憶を探ったり、改ざんや消去する魔法は類まれな魔法なのだそうだ。
 高度な魔法というのも理由の一つだが、魔法をかけた相手の脳に支障をきたす可能性もあるのだという。そして魔法を使用した自身にも悪影響を及ぼすこともあるそうだ。頭や精神を扱う魔法は極めて困難であり危険を伴う。

 暫くすると蔵さんは掲げていた杖を下ろし立ち上がった。眼鏡のブリッジを押し上げながら僕と鳥羽さんに体を向ける。

「居場所がわかった。急ぐぞ」 

 僕たちはこの一件に終止符を打つべくむかうこととなった。
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