魔導師の弟子

ねこうちココ

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第一幕

第19話 妖精喰い3

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***** 


 蔵の魔法によりイングランドの自宅へ強制送還された鳥羽。リビングに突然現れた鳥羽を見た春鈴は、危うく手に持っていたグラスを落とすところだった。 

 口をへの字に曲げて直立している鳥羽へ声をかける。 

「どうされたんですか?」 
「支度をしたら直ぐに出る」 

 2階の階段へ急ぐ鳥羽。 

 春鈴はグラスをテーブルに置くと彼の後を追う。 

「帰ってきたばかりなのに? 真帆くんは? 」 
「雪と一緒だ。あいつがいるなら心配はないだろうが、してやられたな」 
「説明してください! 何がなんだか………」 

「妖精喰いの妖精は人工妖精ホムンクルスだった。魔力を求めて彷徨い、妖精を日々喰らっている化け物だ。人工妖精ホムンクルスを造った人物は不明、目的も不明だ。しかし魔力を欲しているのは明らか。それが妖精喰いの生きる糧なんだ」
 
 鳥羽が自室に入れば、春鈴も連れたって部屋の中へ。クローゼットを開きトレンチコートを羽織る鳥羽。
 
「それで、あなたは何をするつもりなの?」 
「雪と仔犬くんを追う。次いでに人工妖精を造った奴のことも調べておく。君は家に残れ」 
「わたしも同行します!」 

 鳥羽は振り返ると春鈴を指さす。 

「家にいるんだ。ここには妖精喰いから逃げてきた他の妖精達がいるからな。空き家にするわけにはいかない。君とクレオがいればここは守られる。いいか、君はこの家を守ることが最優先だ」 

 春鈴が言い返す間もなく、支度を終えた鳥羽は慌ただしく家を出て行った。 

「レディを一人にするなんて酷い男ねェ」

 春鈴の足元でケット・シーのクレオは呆れている。 

「せっかくマーマレードを焼いたのに。いいわよ一人で食べちゃうから」 

 春鈴は頬を膨らませ、焼きたてのマーマレードを頬張った。 
 テーブルの上にあがったクレオはヤケ食いをする春鈴の様子をみると、やれやれと首をふる。


*****


 僕は蔵さんとロンドン市内へ来ていた。実はロンドンに訪れたのは初めてで。少し観光気分に浸っていた。 
 喫茶店の出入口から蔵さんが出てくる。 

「日暮れまでは情報を集めておくか」 

 蔵さんからアイスココアが入ったカップを受け取りながら、疑問に思っていたことを口にする。 

「イギリスにも魔導師がいるんですよね。その方たちに聞いた方が詳しいんじゃないでしょうか」 

 アイスココアはホイップクリームも入っている。口にすると濃厚なココアの味と風味が広がる。蔵さんはアイスコーヒーだった。 

「欧州は欧州で、独自に魔導師の組織があるんだが………俺はどうも苦手でな」 

 苦笑をながらアイスコーヒーに刺してあるストローに口をつけた。 
 蔵さんはかなりフレンドリーな人だ。嫌味がなく明るい人。そんな蔵さんに苦手と言われるのだから欧州の魔導師はかなり癖のある集まりなのだろうか。 
 そういえば蔵家は由緒ある一族だと言っていたっけ。 

「日本にも魔導師の組織はあるんですか?」 
「組織というのは無いな。日本では蔵家の他にもうひとつ九十九家という由緒ある魔法使いの家系がある。そのふたつが日本では魔導師の二大勢力と呼ばれる有名な魔導師の一族だ。どちらも多くの弟子を抱えていて、魔導師も多い」 

 そう語る蔵さんは何故か暗い面持ちだった。話題を変えるために本来の目的について聞くことにする。 

「妖精喰いの情報はどうやって集めるつもりで?」 
「こういうのは人間より適任者に聞くが早いだろう」 

 杖を取りだした蔵さんは「着いてこい」と路地裏に歩き出す。 

 細い道を通り、袋小路の階段を降りる。突き当たりには古びた木製の扉が1枚あるだけだ。 
 杖の持ち手でリズムよく扉を叩けば、扉の向こうからガチャリと鍵が開く音がした。蔵さんの手により扉が開けば、中から賑やかな声と音楽が聞こえてくる。 
 どうやらBARらしい。ノスタルジックな雰囲気とジャズの音楽。カウンターの前にはお酒の瓶が大量に陳列されている。
 一般的なBARと違うのは、ここに来ているのは人間だけじゃないこと。殆どが
 異様な雰囲気に飲まれながら蔵さんの後ろを着いていく。 

「魔法使いのお兄さん、いらっしゃい」 

 カウンター席から声をかけてきたのは肌の白い綺麗な女性だ。耳が長く、とても整った顔立ちをしている。恐らくエルフだろう。僕は間近で見たのは初めてだ。 

「可愛い坊やも連れているのね。人間の子どもにはまだ早いんじゃない?」 

 カウンターチェアに座るエルフの女性は髪をかきあげ、手元のカクテルに口をつけながら蔵さんを意味ありげに視線をおくる。
 
「可愛い弟だろう。キミを前にして緊張してる」 
「あなたが遊びに来たんじゃなくて? 弟に悪い遊びでも教えにきたのかしら。私はどちらの相手をしてあげてもいいけれど」 
「悪いね。実は妖精喰いについて調べていてさ。なにか知らないかと思って」 

 するとエルフの女性は立ち上がる。蔵さんを見定めるように上から足元まで眺めた。 

「ふ~ん……妖精喰いねぇ………知らないわァ。興味ないもの。それより人間の坊やはどう?お姉さんと遊びたくなぁい?」 
「えっ!? い、いや、僕は」 

 しどろもどろになりながら首を振った。 

「おいおい。お姉さんじゃないだろう。ババアだよお前は」 

 僕たちの傍に現れた男にエルフの女性はムッと睨みつける。 

「失礼ね。人狼じんろうが口を挟まないでくれる?獣臭くて鼻がおかしくなりそう。二度はないわよ」 

 男は人狼だったのか。見た目が人間そのままだから気が付かなった。 

「これだからエルフの女ってのは、おっかねぇや。お前たち、妖精喰いを調べてるんだって? あれは妖精なんてもんじゃないぞ」 
「知っている。人工妖精ホムンクルスなんだろう。あれを造った人間を探したい」 

 エルフの女性と人狼の男は顔を見合わす。二人とも首を傾げた。

「知らねぇな。ここにいるヤツらはこの街に住み慣れた奴らばかりだ。妖精喰いは森にでることが多い。森の主に聞いた方がいいんじゃないか?」 

 親切な人狼はそう答えてくれる。 

「なんだ。またの話をしているのか」 

 下から声が聞こえる。僕たちは視線を下げた。そこには真っ白な髭を生やした背の低いヒトがいる。特徴的な身長と髭、彼はドワーフだ。 

?」 
「ワシらはそう呼んでいる。人間が創り出した愚かな産物よ」 
「だからこそ造った人間を突き止めたい。このまま状況が悪化すれば妖精と人間の間に亀裂が入りかねないからな。俺たちは少しでも情報が欲しいんだ」 

 ドワーフは髭を撫でながら唸る。 

「森にいた妖精たちはグリムを恐れて街へ避難している。その妖精たちを追うようにグリムもまた街に現れるようになってきた。人間が襲われるのも時間の問題だろうが、人間が成した罪だ。受け入れろ」 

 ドワーフの言葉に僕も蔵さんも口を閉ざしてしまう。確かに問題の根本は人間であり、妖精からすれば悪は妖精喰いよりもソレを生み出した人間だ。責められても反論はできない。 
 けれど、このまま放っておくわけにもいかないじゃないか。 

「この状況を作ったのは人間です。だからこそ僕たちが解決するんだ。妖精が安心して森で暮らせるように。人が危険にさらされないように。それが僕たちの責任と義務です」 

 しばらく沈黙したドワーフは目を閉じ「そうか」と決意を固めたように呟く。
 瞼を開けると僕を見上げた。 

へ行け。そこに森を守護するケンタウロスがいる。ドワーフのダムに言われ来たと伝えろ。ワシの名だ。アイツなら知っていることがあるかもしれない」 

 僕と蔵さんはダムに礼を言い、BARを出ることに。 

「待て、オズの子よ」 

 彼らとの去り際。僕を引き止めたのはダムだ。 

「僕のことを知っているんですね」 
「知らぬ者はいない。そのオズの魂、ひと目見てわかる」 

 ダムは僕の右手をとると、皮の厚い両手で包んだ。ごつごつとした指の節があり、少ししわくちゃで、おじいちゃんの手のようだった。手の温もりが伝わってくる。 

「オズの子よ。名前はなんといったか」 
「マホ・シンドウです」 
「マホ。オズヴァルトの魂は無垢で美しい。その魂を穢さぬようにな。気をつけて行けよ」 

 ダムの手が離れてゆく。 
 蔵さんに催促され、BARを出た。 

 ドアを閉める前にBARの中を振り返る。そこにはダムがじっと僕を見つめ、エルフの女性は微笑んで手を振り、人狼もドアが閉まるまで佇んでいた。 

 ギィと立て付けの悪い古びたドアが彼らの姿を隠してゆく。隙間なく閉じられれば、鍵が掛かる音がした。
 不思議な感覚だ。ほんの数分の出来事なのに現実離れしたような夢心地だった。 
 しかし僕たちはこれで終わりではない。 

 目指すはシャーウッドの森。
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