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写真撮影

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 お風呂から上がり、パジャマに着替える。まだ寝る時刻じゃないのにすごく眠い。慣れない環境で緊張しっぱなしで疲れていたからだ。

「寝るかい。眠そうだよ」
「うん……」

 こくっとうなずいたら、身体がフワリと浮いた。

「お父さんがベッドまで連れて行ってあげる」

 その人の腕が私を抱き上げたのだ。抱かれて移動しながら、重いまぶたが降りてくる。眠くて目を開けていられない。

 優しい声が聞こえた。

「おやすみ。美沙は……ものだ」

 ……今、なんて言ったのかな。

 そこまでだった。私は吸い込まれるように眠りに落ちていった。



 目が覚めたら朝になっていた。父が寝かせてくれたらしいベッドから降りる。

「おはよう美沙」
「おはよう……ございます」

 その人……微笑んでいる父へ、ぎこちない挨拶をする。

「よく眠れたかい」
「あ、はい」
「朝食ができたから、おいで」
 
 父のあとからキッチンへ行くと、そこに知らない女の人がいた。

 お母さんよりも若い、と思った。大きな目で私を見ている。感情の読み取れない目だった。

「この子が?」
「そうだ」
「ふうん」
「もういいよ」

 その女の人と父が短い会話を交わす。それだけで、その人は何も言わずにキッチンから出ていった。玄関のドアが開いて閉まる音が聞こえた。

 ……今のは誰だろう。

 当然の疑問を抱いている私へ、

「さあ、食べようか」

 父が明るく言った。説明してくれるつもりは無いらしい。

 テーブルの上にはトーストと卵焼きにポテトサラダが用意されていた。椅子に座り、父と向かい合って、それらの朝食を食べ、急に気がついた。

 この朝食はあの女の人が作ってくれたのだ。そうに違いない。するとあの人は。

「今日は美沙に妹たちに会ってもらう」

 私の確信を裏付けるように、父が言った。

「私の……妹?」
「そうだよ」

 私に妹はいない。母の子は私だけだ。だから父の家族の……だからあの女の人はきっと。

 父に聞きたいことはいっぱいあった。
 
 どうしてこの家には誰もいないのか。
 なぜ急に私に会う気になったのか。
 今まで母と私を放っておいたくせになぜ?

 どうして……離婚したのか。

 聞けなかった。
 聞くのが怖かった。

 今まで信じていた自分の世界が、母と過ごした穏やかな生活が崩れてしまいそうで怖かったのだ。


 
 朝食を終えると、写真を撮ると父が言い出した。買ってもらった服を着た私を撮りたいのだと言う。

「かわいい美沙を残しておきたいんだ」

 昨日から何度もかわいいと褒められたら悪い気はしない。

 服だけでなく、下着まで新しいものをつけるように言われ、戸惑いながらも寝室に戻り、パジャマと下着を脱いで、下ろしたての新しい服に着替えた。レースとリボンの飾りが付いた白いブラウスと水色のプリーツスカートに。女の子っぽい服だ。

 窓に白いカーテンが掛かった、家具が置いていない、椅子がポツンとあるだけの広い部屋へ、その部屋の真ん中に立たされた。

「いいよ。すごくかわいいよ」
 
 褒めまくる父からの指示でポーズをとる。三脚に載せたカメラで父が何枚も写真を撮る。

「その椅子に座って。さあ」

 まるでファッションモデルにでもなったような気分で、言われるままにさまざまなポーズをとった。

「そうそう。かわいいね。美沙は美人だ」

 自然に笑みが浮かぶ。もっとかわいく見えるように首を傾げたり、頬杖をついてみたりする。

 けれど、舞い上がっていた気分も、父の一言で凍りついた。

「服を脱いで」

 顔が引き攣るのがわかった。固まっていたら、

「服を脱ぎなさい」

 父がまた命じた。思わず、

「いやっ。恥ずかしい」

 拒否した。買ってくれた新しい下着をつけろと言われた理由がわかった。

「父さんは美沙のすべてを残しておきたいんだよ」
「でも、いやよ」
「今まで会えなかったから、こんなに大きくなって、かわいい美沙を、父さんの美沙を」
「だったらなんで……私とお母さんを捨てたの?」
 
 込み上げてきた激情に駆られ、言いたくても言えなかった疑問をぶつけた。

「それは、お母さんが美沙に会わせないようにしていたからだよ」
「……お母さんが?」
「うん。美沙の養育費を受け散るのも断られた」

 告げられた意外な事実に愕然となった。

「大変だったね。つらかったよね。ごめんよ美沙」

 近づいてきたその人にぎゅうっと抱きしめられた。

「愛してる。美沙。ああ美沙」

 温かい腕の中で、何度も何度も名前を呼ばれた。顔を上げたら、おでこにその人の唇が、そっと触れた。

「美沙はお父さんの大事な存在なんだ。だから」
「……うん」

 ……写真を撮られるなんて嫌だけど。

 緊張と恥ずかしさで手が震えていた。その震える手でブラウスを脱ぎ、スカートを脱いだ。

「ああ、かわいいよ。すごくかわいい」

 下着でたたずむ私へ、かわいいと繰り返しながら父が写真を撮る。

「横を向いて。そうだ。今度は後ろを向くんだ。そう、少し足を開いて。美沙はかわいいね」

 命じられたとおりに。
 私は人形だから。
 かわいいお人形だから。

 前を向いたり横向きになったり、後ろを向いたり、恥ずかしいのは変わらないけれど、だんだん慣れてきた。手の震えも止まった。緊張も薄れてきた。そんな私を、カメラのレンズを覗き込んだ父が撮影する。

 少し疲れてきたころ、カメラから顔を上げた父がこう言った。

「それじゃあ、下着も脱いじゃおうか」

 イヤと言いそうになり、唇をギュッと噛んでこらえた。

 きっとそう言われるだろうと思っていたので、服を脱ぎなさいと命じられたときほどには驚かなかった。

「父さんは、かわいい美沙のすべてを見たいんだ。残しておきたい」
「すべてを……?」
「そうだよ。大好きな美沙をね」
「……うん」

 小さくうなずく。また手が震えていた。その手で下着を脱いでいく。

 ……恥ずかしいけれど……私はお人形だから。

「かわいいよ美沙。肌が白くてとても綺麗だ。大きくなったらきっとすごい美人になるよ」

 レースのカーテン越しに差し込む朝の日差し。灯りをつけなくても部屋の中は明るい。その明るい部屋の真ん中、服も下着もぜんぶ脱いで裸になった。胸と大事なところを手で覆い隠し、少し背中を丸めて立つ。こちらを向いているカメラのレンズの前に、かすかに震えながら。けれど……。

「手をどかしなさい。美沙のすべてを見たいと言っただろう。手を下ろして背筋をまっすぐに、胸を張りなさい」

 父の声は穏やかだった。しかしその命令には逆らえない。命じられたとおりに、身体を隠していた手をゆっくりと下ろす。

 エアコンの効いた明るい部屋の中で、私の恥ずかしい姿を隠してくれるものは何もない。

 裸になった私を父は写真に撮った。何枚も。いろいろなポーズをとらされた。私は大人しく従った。


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