上 下
4 / 10

土蔵の中へ

しおりを挟む

(なぁ、 旬ちゃん)

(うん?)

(メルカリに出したら、これって売れるんやろか)

(売れんでもないだろうけど、なんで?)

(うん・・・)

(けど、どれぐらい売れてないの、これ?)

(阪神大震災のあくる年に入って来たもんやから。そうやなぁ、かれこれ・・)


喜寿に手をとどこうかというじいさんがメルカリを知ってるのにまずは驚いた
彼にとってもこういう商いをしていく上ではもう欠かせないワードなんだろう。
江戸末期から続く骨董屋の三代目として生き抜いてきたその半生を俺は知らない。
けどその物を見抜く真贋としての目利きはこの世界でも名はそこそこ通っているらしい。そんな人がネットという力を借りて、この二十数年前に手に入れた、等身大の蔵で埃を被っている人形を世に出そうとしている。

(なんで今さら?それになんでメルカリ?)

(うん、別にメルカリやなくてもええやんけど、その方が手っ取り早いんやないか思てな)

(何でそんなに急ぐわけ?何か訳あり?)

(うん、まぁな)

(なんか歯切れ悪いなぁ。じいさんらしくないよ、いつもの)




「きっとなにかがあったんだろうな、あの時、じいさんとあの人形の間に」


ボォーン、ボォーン・・・ボォーン

いつもの壁に掛けられた古時計の音が違って聞こえた。
店の土間の真ん中にずっと居座る等身大の布袋さんの銅像。
天井からつるされた竜の張りぼて。信楽焼きの大小さまざまな狸の置物達。
誇りを被って鈍い恨めしそうな輝きを放つ鎧兜の行列。
物言わぬものたちが放つ、時の重さの見えない圧が今にも押し寄せてくるようだった・・・。





☆☆





「もうこんな時間か」

旬兄さんの大きな手が私の背中をこつんとつつく。

 

「それじゃあ初のご対面といくか?沙羅陀」

「・・・・」

「見たこともないんだろ今まで」

小さく頷く。ふんともうんともつかない声が軽く開いた口のすき間から漏れた。

「ただ、果たして元のところにもどっているのかどうか」

「もーーっ、あのねーーー」





見たところ鍵はしっかりと掛かっているみたいだった。

居間からひょいと顔を覗かせれば通り庭の向こうに中庭を挟んで土蔵の大きな苔むした扉が見える。年代物の赤錆びた大きな南京錠はいかにもな顔をこちらに向けて音羽屋のお宝を守ってくれているようにも見えた。

「鍵は?」

「持ってる」

「持ってるって?ずっと?」

「うん」

家の鍵とお店の鍵と学校のロッカーの鍵、そしてひときわ大きい南京錠の黒光りする鍵。四つの鍵がぶら下がったもふもふの狐の尻尾のキーホルダーをリュックから取り出す。



「土蔵の鍵はじっちゃんと私だけなんだよね持ってるのは」

音羽屋は今までは土蔵のスペアキーは造らないのが常だった。
それを私の為だと言ってじっちゃんは作ってくれた。
自分が死んだら一つは捨てろと言って。


「認めてんだよなぁ、雅のことを・・じいさんは」

手のひら一杯に広がる古びた鉄のひやりとした感触。じっちゃんからこの鍵をもらったことが私のこれからの夢の大きな支えとなっているのは確かだ。

外はまだ薄明かりが残っていた。
縦長の畳六畳ほどの中庭は真ん中が苔で覆われ、こんもりした小さな丘に人の背丈ほどの南天が二本、頭を垂れながら赤い実をこちらに向けている。両端にはLEDの電飾が埋め込まれた灯篭が一本ずつ、妖しい光を灯している。


「開けてくれる?」

いつもとは違う私の弱っちい声に旬兄さんの端正な横顔が相好を崩す。

「なかで歩き回ってたりしてな、あいつ」

土蔵の規模はそれほど大きくはない。京の洛中に店を構える他の老舗の店に比べると小振りなほうに入るらしい。広さは十畳ほどで頭上には今で言うところのロフトがひろがっているという話だ。


子供の頃から遠目に伺うだけで決して足を踏み入れることがなかったその空間。
前へ行く旬兄さんの後を追ってそろりと片足を中へと滑らせる。


「カビ臭いなぁ」

「ううん、でも良い匂い」

しっとりと辺りを覆い被すような深くて重い空気。
この匂い・・・
ここに入るのは初めてだけど京町界隈の何処の蔵のなかも同じ匂い。
それは私が大好きな匂いだ。

不思議だった。
その匂いに反応したように萎んで萎えていた私の心が動き出す。
見てみたい、この目で確かめてみたい。その子はどんな子なのか。
怖い気持ち悪い、ずっとそう思い続けていた気持ちがこの土蔵に足を踏み入れて
その空気感に身を委ねた途端、押さえきれないほどの好奇心が私の中の弱気の虫を打ち負かしていく。

「奥だよ、きっと」

はやる心を抑えきれず、ついつい体が前のめりになる。

「おいおい、なんだよ急に勇気づいちゃって」

微かに天窓から差し込む明かりを頼りに天井からぶら下がっている紐に手を伸ばす。カチンとしたしっかりした手応えとともに辺りが柔らかな裸電球の色に染められる。






「あれか・・・」

旬兄さんが指した指のその先にその子はいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

サブローみたいに

早稲 アカ
ライト文芸
今夜、ぼくは父ちゃんと、シェイカーズのプロ野球の試合に行く予定だから、すごくウキウキしていたはずなんだけど・・・ぼくと父ちゃんの物語。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...