サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【葵編】4話-5

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 ベッドに仰向けになって倒れ、脱力する。よく考えたら、里美先生だってあの頃のことは思い出したくないかもしれない。万が一、犯人の仲間という可能性があるけれど、その低い可能性を考慮して疑ってかかったら失礼だ。

 ほどなくして、着信音が鳴った。驚いてびくつき、画面を見る。先ほどかけた番号からだ。まさか、こんなに早く折り返してくるとは思わなかった。

「……もしもし」

 起き上がり、おそるおそる出る。少し沈黙が流れ、静かな電話口から遠慮がちな声が聞こえてきた。

『葵君?』

 里美先生だ。電話越しの声では懐かしさなど感じないが、その呼び方と、声の柔らかさが、一気にあの頃の感覚を呼び起こそうとしてくる。

「葵です。里美、せんせい?」
『うん、そうだよ。久しぶりだね、びっくりしちゃった』

 あの頃よりも少し、しなやかな喋り方になった気がする。いや、あの快活さは、保育士としてのものだったのかもしれない。プライベートの彼女を見たことはない。

『よくこの番号が分かったね』
「あ、えっと、知り合いが、先生のこと知ってて」
『知り合い?』
「昔の、知り合い。今はほとんど会ってないんだけど」

 福本のことを言うのは止めておこう。まだ、数パーセントほどの可能性が残っている。

「先生、俺、高二になったよ。十六歳だよ。兄ちゃんなんて、二十八だよ。すごくない?」

 ふふ、と息が漏れるような笑い声が聞こえてくる。

『本当に葵君なの? ずいぶん変わったね』
「え? あ、声?」
『違うよ。声もだけど、喋り方とか、雰囲気が全然違う』

 幼い頃の自分は、あまり喋らなかったらしい。それはもう、成長を心配されるほどに。四歳の頃と比べられても、違うのは当然だ。そう思いながらも、まるで遠い親戚のように懐かしみ、変わった、と言う里美先生の言葉が、とてもむず痒かった。

『葵君、会いたいな』

 呟くように、そう言った。

『話したいって、留守電で言ってたよね。せっかくだし、会って話さない?』
「うん、俺も会いたい」
『よかった。おうちって、まだあの辺? 私、引っ越しちゃったんだけど、今日たまたま近くまで来てるの。急だけど、これから会えないかな』

 驚いて言葉に詰まった。今、これからとはさすがに急すぎる。けれど、そんな無理を言うということは、住んでいる場所は相当遠いのだろう。また日を改めて時間を作ってもらうのも、大変かもしれない。

「いいよ」
『ほんと? よかった』

 一時間後、十六時頃に会う約束をした。始終穏やかで、嬉しそうに話す里美先生に、事件のことを引きずっている様子は見られない。少し違和感を覚えながらも、安心した。

『お互い会っても分からないと困るから、人が多くないところで待ち合わせしようか』

 そう言った先生の声は、心なしか弾んでいた。

『じゃあ、保育園の前で待ってるね』

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