サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】5話-5

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 時折小走りになりながら、公園のある道を戻る。ビニールシートの周辺は、先ほどと様子は変わっていない。数人の野次馬が、少し離れた場所から眺めている。

 保育園の手前で道を曲がった。携帯画面を覗いても小さくてよく見えないので、黙って父について行く。さらに角を曲がり、しばらく歩いてから父が立ち止まった。

「この辺りみたいだけど」

 狭い路地だ。車が一台、ぎりぎり通れるほどの道幅を挟み、家々が並んでいる。暗い夜道を街灯が照らしているが、人影はない。

「まさか、家の中か?」
「ちょっと見せて」

 携帯を奪うようにして父の手から取った。GPSで現在位置を表示させながら歩いてきたようだ。居場所を示す二つの点が重なっている。携帯を返し、今度は自分の携帯を取り出す。何度もかけた日野の発信履歴から、電話をかけた。静かな空間に、どこからか電子音が聞こえてくる。

「どこだ?」

 父が周囲を見回した。コールは鳴り止まず、やはり出ない。携帯を耳から外して、ゆっくりと歩き出した。音の聞こえてくる暗闇へ、一歩一歩と進んでいく。

 数メートル先で、小さい光が見えた。音のリズムと連動するその点滅は、携帯電話の着信を知らせるものだ。街灯から外れた横道に落ちている。

 慌てて駆け寄って拾い上げた。画面には僕の名前が表示されている。発信を止めて周囲を見たが、日野の姿は無かった。

「友達の携帯か?」
「うん。なんで、こんなところに……」

 父が手に何かを持っている。紙袋だ。膨らみで中に何かが入っているのが分かるが、それ以上に嫌でも目に付くのは、表面に付いた赤黒い染みだ。

「そっちに落ちてた」

 道の反対側を指差した。

「あいつのだ」

 血に染まったキャラクターの絵柄に、思わず顔を俯かせた。父が何かを言ったが、よく聞き取れなかった。

 なんでこんなことになったのだろう。ただいつも通りの一日になるはずだったのに。誕生日に何かを望んだわけでもない。悪いことをしたわけでもない。なのに、なんでこんな仕打ちを受けなければならないのだ。

「しっかりしろ」

 肩を大きく揺さぶられた。

「まだ分からないだろ」
「何が? 二人がどうなったか? その血、誰のだよ、そんなふざけた紙袋、あいつしか持たないよ。葵を探して、そんな怪我をしたなら、葵だってどうなってるか分からないだろ」

 肩に痛みを感じた。父の手に力が入り、食い込んでいる。

「絶対助ける。俺が何とかする。葵も、お前の友達も」

 僕に向けられた必死な顔は、すぐに背けられた。どこかに電話を掛け、強い口調で話している。

 全身から力が抜け、ただ呆然と立ち尽くした。手から携帯が落ちそうになり、そういえば持っていたのだと握りなおす。使い慣れていない彼女の携帯はとても綺麗だったのに、地面に落ちたせいか、ところどころが割れていた。

 父の大声を聞きながら、暗闇の先を見た。頼りない街灯の光が、奥へと連なっている。

 手前の街灯に照らされた地面に、何かがあった。紙くずかと思ったが、近づいて見るとそれは飴玉だった。包装フィルムの両端を捻って止める、可愛らしいタイプの飴玉だ。以前、日野が出して見せたものに似ている気がする。

 しゃがんで拾うと、すぐ先にもまた落ちているのに気づいた。数歩進んだ先で拾い、また先に落ちているのを見つける。吸い寄せられるように飴玉を拾って歩き、暗闇の中を進んで行った。

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