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お泊り会
041 降りるや降りざるや
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鼻息荒く麻里がトランプを叩きつけ、ようやく安眠をかけたギャンブルが幕を開けた。人権をはく奪されたくなくば、この鎖で雁字搦めになった世界を生き延びなくてはならない。
カードは『A』が最強であり、それからは数字の大きい順。ジョーカーは例外であり、数字の札全てに勝利する。
悠奈の黒髪に提示された番号は、『3』。まず、切り捨てて良い。
次いで、麻里が分散したカードを引いた。ぶつくさ文句を垂れつつも、渋々カードの表面を公開した。
……おいおい、悪運だけは強いんだからよ……。
彼女のクラスハイジャック計画は、虫食い穴でまともに理解できない作戦であった。物品を配り歩いて弱者を引き込めなければ、イジメのターゲットが麻里に移ってしまう恐れがあった。
思い描いたストーリーは無事完結なされたのだが、一歩足を踏み外せば奈落の底。高校三年間は、脚にヘドロを付けて這うことになっていただろう。
麻里の背中には、悪戯神が降臨している。彼女の手に何か魔力を封じ、健介たちの混乱を栄養分に成長しているのだろうか。
掲げられたトランプは、ヨーロッパでの姿である悪魔だった。尻尾がとんがって、温和に場を収めさせない強い意志を感じさせる。
突如出現した絶対的な存在、ジョーカーが場をかき乱していた。
「健介くんは、降りた方がいいんじゃないかな? 多田ちゃんの手作りを食べさせられたくなかったら、大人しく降参して欲しいんだけど……」
「……私を攻撃の材料にするの、やめてよ……。これでも、結構気にしてるんだから……」
やり玉に挙げられた悠奈の上まぶたが、自然と下がっていく。
化粧無しでハッキリとしたアイラインなのだから、SNSに顔写真を投稿すれば一躍人気者になるのも夢ではない。大した努力をしなくとも、女で視聴者を釣りたいテレビ番組に呼ばれるかもしれないのだ。
……悠奈、名声は興味無さそう……。
しかし、だ。悠奈が名誉や勲章を追い求めるのなら、過去の武勇伝を事細やかに好調へ直訴している。目立ちたがり屋では、一匹狼を保てない。
権力を持つことで内部から腐敗していった人間は、ネット上の石ころになっている。何気ない検索ワードでも、自己を過大評価した『元』時の人が負け遅みを記事にしているのだ。
正義に反する事案に、悠奈は加担しない。彼女はそうすることによって、アイデンティティを手で握っているのだから。
「……悠奈は、どう思った? 麻里に散々言われ放題だけど……」
単純な強弱勝負に持ち込まれると、健介の勝率は消滅する。
先刻見事な手腕で植物を復活させた、日本語の扱いに手慣れたお方の意見を仰いでみた。
「……マリちゃんは、まず勝てないかな。自分のカードで戦わないなら、そんな逃げ腰の人に運は付かない」
勝利宣言の魔王は、言葉巧みな誘導師の威力までも取り去ってしまった。最良でも引き分けしか見込めないのでは、駆け引き要素も少ない。心理戦に持ち込もうとしても、麻里に拒絶されるだろう。
ギャンブルの必勝法は、長期的な見だ。一試合ではたまたま負ける現象を排除し切れないが、長期スパンで平均すると勝ち分を増やせる。
……悠奈も、やらかしたな……。
悠奈は、勝負形態を一ポイントマッチにしてしまった。これなると、強運の者が勝つつまらない競技に成り下がるのだ。
「……勝てない!? やっぱり、トランプに仕掛けを……」
「さっき、麻里も確認しただろ? ジョーカーは増殖しない」
「健介くんも、多田ちゃんに洗脳されちゃったんだね。……待ってて、私が潜在意識を取り戻してあげるから……」
健介の頭をかち割って、プログラムを書き換えようとする麻里。ゲームシステムの崩壊を防ぐべく、健介は腕を軽く払った。
家の構造が古いと隙間風も入ってくるようで、室内がにわかに蒸し暑くなってきた。
この和室に、壁に長方形の冷房機器が付いていない。長い長い灼熱夜を、悠奈はどう乗り切ってきたのだろう。
……イカサマしてるなら、悠奈に『3』のカードは行かないんだよ……。
作為的に銃弾を並べておいて自らにプラスチック弾を配分する主催者は、馬鹿の称号が与えらえる。任意ではなく、強制だ。
悠奈の二つ名とくっつけてみると、『天才正義馬鹿ヒーロー』なる意味不明な形容詞が誕生する。
長考でぷかぷか浮いていた麻里が、手をパンと打ち付けた。机のカードが浮き上がり、危うくカンニングで失格になるところであった。
「そうだ、全員が一斉にカード交換したらいいんじゃないかな? ………もしかして、私って頭良いのかな?」
「定期テストで上位常連なんだから、そりゃそうだろ」
「……健介くんに、褒められた! アンコール、アンコール!」
数字が弱い悠奈がいて、カードシャッフルを自ら唱えてくるとは。悪運は持っていても、自分で手放すタイプだったようだ。歌手でもなんでもない健介へのアンコールくらい、お茶の子さいさいである。
ジョーカーを引きずり降ろさなければ、勝負は決まってしまう。悠奈も、もちろん深くうなずいた。
「……マリちゃん、命拾いしたね……」
あくまで、気が変わらないよう演技を続行している。唇の端をかみしめていて、表情もグッドだ。
麻里の掛け声に合わせ、全員でカードを地面に落とした。
「……あれ、多田ちゃん? 健介くん?」
はずだった。
トランプ交換に応じたのは、言い出しっぺの麻里だけだった。
自身のカードについて全く情報が落ちず、強いか弱いかも分からない。自滅した上流階級の娘がカード交換を提案する時点で、少なくとも健介は平均以上だと予想するよりない。
めくられたカードを一目見るなり、麻里の口調が荒ぶるかに思われた。
「ジョーカーだったんだ……。こんなことしなくても勝ててたのか……」
手のひらの上で盤面を転がされている。そう健介たちか感づいた時には、もうボタンが押されていた。
麻里に、カード交換をさせてはいけなかった。二パーセント未満の確率でも、ジョーカーを保持している線に賭けるべきだったのだ。
ゆっくりと、交換後のカードが額へ昇っていく。
そのカードには、油性マーカーで、こう手書きされていた。
『むてきかーど これを所持する者は、試合に即勝利する』
カードは『A』が最強であり、それからは数字の大きい順。ジョーカーは例外であり、数字の札全てに勝利する。
悠奈の黒髪に提示された番号は、『3』。まず、切り捨てて良い。
次いで、麻里が分散したカードを引いた。ぶつくさ文句を垂れつつも、渋々カードの表面を公開した。
……おいおい、悪運だけは強いんだからよ……。
彼女のクラスハイジャック計画は、虫食い穴でまともに理解できない作戦であった。物品を配り歩いて弱者を引き込めなければ、イジメのターゲットが麻里に移ってしまう恐れがあった。
思い描いたストーリーは無事完結なされたのだが、一歩足を踏み外せば奈落の底。高校三年間は、脚にヘドロを付けて這うことになっていただろう。
麻里の背中には、悪戯神が降臨している。彼女の手に何か魔力を封じ、健介たちの混乱を栄養分に成長しているのだろうか。
掲げられたトランプは、ヨーロッパでの姿である悪魔だった。尻尾がとんがって、温和に場を収めさせない強い意志を感じさせる。
突如出現した絶対的な存在、ジョーカーが場をかき乱していた。
「健介くんは、降りた方がいいんじゃないかな? 多田ちゃんの手作りを食べさせられたくなかったら、大人しく降参して欲しいんだけど……」
「……私を攻撃の材料にするの、やめてよ……。これでも、結構気にしてるんだから……」
やり玉に挙げられた悠奈の上まぶたが、自然と下がっていく。
化粧無しでハッキリとしたアイラインなのだから、SNSに顔写真を投稿すれば一躍人気者になるのも夢ではない。大した努力をしなくとも、女で視聴者を釣りたいテレビ番組に呼ばれるかもしれないのだ。
……悠奈、名声は興味無さそう……。
しかし、だ。悠奈が名誉や勲章を追い求めるのなら、過去の武勇伝を事細やかに好調へ直訴している。目立ちたがり屋では、一匹狼を保てない。
権力を持つことで内部から腐敗していった人間は、ネット上の石ころになっている。何気ない検索ワードでも、自己を過大評価した『元』時の人が負け遅みを記事にしているのだ。
正義に反する事案に、悠奈は加担しない。彼女はそうすることによって、アイデンティティを手で握っているのだから。
「……悠奈は、どう思った? 麻里に散々言われ放題だけど……」
単純な強弱勝負に持ち込まれると、健介の勝率は消滅する。
先刻見事な手腕で植物を復活させた、日本語の扱いに手慣れたお方の意見を仰いでみた。
「……マリちゃんは、まず勝てないかな。自分のカードで戦わないなら、そんな逃げ腰の人に運は付かない」
勝利宣言の魔王は、言葉巧みな誘導師の威力までも取り去ってしまった。最良でも引き分けしか見込めないのでは、駆け引き要素も少ない。心理戦に持ち込もうとしても、麻里に拒絶されるだろう。
ギャンブルの必勝法は、長期的な見だ。一試合ではたまたま負ける現象を排除し切れないが、長期スパンで平均すると勝ち分を増やせる。
……悠奈も、やらかしたな……。
悠奈は、勝負形態を一ポイントマッチにしてしまった。これなると、強運の者が勝つつまらない競技に成り下がるのだ。
「……勝てない!? やっぱり、トランプに仕掛けを……」
「さっき、麻里も確認しただろ? ジョーカーは増殖しない」
「健介くんも、多田ちゃんに洗脳されちゃったんだね。……待ってて、私が潜在意識を取り戻してあげるから……」
健介の頭をかち割って、プログラムを書き換えようとする麻里。ゲームシステムの崩壊を防ぐべく、健介は腕を軽く払った。
家の構造が古いと隙間風も入ってくるようで、室内がにわかに蒸し暑くなってきた。
この和室に、壁に長方形の冷房機器が付いていない。長い長い灼熱夜を、悠奈はどう乗り切ってきたのだろう。
……イカサマしてるなら、悠奈に『3』のカードは行かないんだよ……。
作為的に銃弾を並べておいて自らにプラスチック弾を配分する主催者は、馬鹿の称号が与えらえる。任意ではなく、強制だ。
悠奈の二つ名とくっつけてみると、『天才正義馬鹿ヒーロー』なる意味不明な形容詞が誕生する。
長考でぷかぷか浮いていた麻里が、手をパンと打ち付けた。机のカードが浮き上がり、危うくカンニングで失格になるところであった。
「そうだ、全員が一斉にカード交換したらいいんじゃないかな? ………もしかして、私って頭良いのかな?」
「定期テストで上位常連なんだから、そりゃそうだろ」
「……健介くんに、褒められた! アンコール、アンコール!」
数字が弱い悠奈がいて、カードシャッフルを自ら唱えてくるとは。悪運は持っていても、自分で手放すタイプだったようだ。歌手でもなんでもない健介へのアンコールくらい、お茶の子さいさいである。
ジョーカーを引きずり降ろさなければ、勝負は決まってしまう。悠奈も、もちろん深くうなずいた。
「……マリちゃん、命拾いしたね……」
あくまで、気が変わらないよう演技を続行している。唇の端をかみしめていて、表情もグッドだ。
麻里の掛け声に合わせ、全員でカードを地面に落とした。
「……あれ、多田ちゃん? 健介くん?」
はずだった。
トランプ交換に応じたのは、言い出しっぺの麻里だけだった。
自身のカードについて全く情報が落ちず、強いか弱いかも分からない。自滅した上流階級の娘がカード交換を提案する時点で、少なくとも健介は平均以上だと予想するよりない。
めくられたカードを一目見るなり、麻里の口調が荒ぶるかに思われた。
「ジョーカーだったんだ……。こんなことしなくても勝ててたのか……」
手のひらの上で盤面を転がされている。そう健介たちか感づいた時には、もうボタンが押されていた。
麻里に、カード交換をさせてはいけなかった。二パーセント未満の確率でも、ジョーカーを保持している線に賭けるべきだったのだ。
ゆっくりと、交換後のカードが額へ昇っていく。
そのカードには、油性マーカーで、こう手書きされていた。
『むてきかーど これを所持する者は、試合に即勝利する』
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