上 下
8 / 49
裏バレンタインデー

008 人生そんなに甘くない

しおりを挟む
 バレンタインデーの波に世間が乗っていた頃、健介はどう過ごしていただろうか。テストに向けて机にかじりついてはおらず、能天気に青空をかみしめていたような気がする。

 話題の渦となるチョコレートは、ついぞ一個も受け取れなかった。本命と義理を合わせて、である。学校へのチョコ持ち込み禁止ルールで、イケメン男子群も軒並みゼロを出していたことがせめてもの幸いであった。

 ……お返しも、あるわけなかったし……。

 悠奈が告白を受け入れてくれていたら、とイフストーリーを妄想で並べてしまうのは健介の悪い癖だ。分岐した道の将来をいくら妄想しても、その世界が現実となって帰っては来ない。

 窓から下界を俯瞰すれば、入学生を迎えてくれていた桜の木が一様に散り始め、グラウンドは桃色の海となっている。バレンタインデーは、十か月も先のイベントへ変貌してしまっていた。

「……なあに、そんなに落ち込んで……」
「……チョコレート食べたい……」
「お金出してくれるなら、今からコンビニに買いに行ってくるけど……」
「授業合間の休み時間に、学校を抜け出すつもりなのかよ……」

 麻里に規則を遵守する意識を根付かせられたらノーベル賞ものだ。学校が蓄えてきた基金を全て贈呈してもお釣りがくる。

 これは美学の問題になってくるのだが、バレンタインデーとなるとどうしても手作りチョコを想像してしまう。売店で買った板チョコを『本命』だと言い張られても、そこに愛情が含まれていなさそうで手を付けられない。
 料理が壊滅的だったとしても、自家製チョコの方が頑張りを感じやすくていいのだ。

 ……来年の俺は、彼女が出来てるかな……。

 社会にあふれている青春小説に憧れていた中学校が懐かしい。高校に入ってしまえば輝かしい学校ライフが始まる、と夢見心地だった自分をぶん殴ってしまいたくなる。

 無難に生活を送っているだけで、恋が寄ってくるはずが無かった。部活絡みの『青春』がしたくとも、帰宅部では交流が生まれない。

 山も谷も訪れない平凡な平野を、ただ歩んでいくことになるのだろうか。姿勢を良くしろと耳にタコが出来るまで教えられたのだが、肩や胸を垂らさずにはいられなかった。

「……偽でもいいから、甘い経験してみたいな……」
「そういうことなら、私が何か作ってあげても良いんだよ?」
「……故意に異物を入れてきそうだから……」

 健介は、麻里から余ったクッキーを貰ったことがある。中央部分が砂利のようにザラザラしていて、とてもレシピを見て作った物では無かったことは忘れられない。

 ……気持ちをコントロールする方法、誰か麻里に教えてやってくれ……。

 感情に正直に日々を過ごす彼女は、誤った選択を採ってしまうことが多発する。派閥員が全員イエスマンなものだから、彼女はその重大なミステイクに気付けない。
 女子で麻里を咎められるのは、鎖に縛られない悠奈くらいか。

「いつまで外に意識を持っていかれてるの? ……人生を嫌になっちゃダメだよ」
「……人生ハチャメチャで、むしろスリルを楽しんでたいくらい」

 青春という分野では、健介の日常に地殻変動が起きてくれない。地面を掘って金鉱を探し当てようとしても、岩盤に阻まれては手詰まりだ。

 ……もっと、俺の今をフラットに考えたら……。

 ただ、高校生になって女友達を作ることの難易度は高い。羞恥心の欠片も無かった小学校入学時ならまだしも、性の話題がキャッチボールされるようになる成人一歩手前となると、だ。
 悠奈はズタボロの縁が延長されているだけなので除外するとしても、新しく麻里との交流が生まれたことは珍しいのではないだろうか。

 『付き合い下手』と貶されても困る。派閥のトップを牛耳っている彼女と関係を持とうとした男は数えきれないが、ほぼ全てが撃墜されていた。お付き合いなど夢のまた夢、対話すら拒まれていたのだ。

 帰宅部の健介には、人脈が無い。純粋に、(麻里にとって親しみやすかったとしても)自らの手でつかみ取った関係と言えるだろう。

「……健介くんはさ、多田さんのことはどう思ってるの? 去年の春に振られた、っていうところまでは聞いたけど」
「……痛いところをほじくり返してくるなぁ……」

 完全に治癒していない古傷が、チクチクと刺激される。

 一年前の健介が同意義の質問をぶつけられていたら、きっと保健室のベッドで寝込んでしまっていた。アキレス腱に躊躇なくメスを入れてくるのも、好奇心に体を操られている麻里の性質を感じる。

 ……あの時は、自分が全く悪くない思考でロックしてたけど。

 ほどけかけていた糸の結び目を縛り直して迎えた、一年生の生活。悠奈との接触回数が増えるにつれ、心の潮位が上がっていったのをこの胸が記憶している。

 あの日、健介は手紙に文面をしたためて下駄箱に入れた。自身が好意を贈ったのだから相手も報いようとするだろう、と好意の交換が成立する前提で。

 結果は、甘い展望を斜め上から壊すパンチとなって返ってきた。

「……正直ショックも大きかったけど、今はそんなに気にしてない。俺だって、悠奈の心情を読み取れてたわけじゃなかったし」
「ふーん……。健介くんの国語が悪いのは、それのせいかな?」
「……そうかも」

 ホワイトボードに文字おこししてみれば、事の全貌が把握できる。

 勝手に期待し、落ち込み、憎み、絶交寸前まで進んだ。この自己中心な人物は、被害者妄想をしていた健介である。

 ……恋愛にまで絆が進化しなかった。それだけのことだろ……。

 未だに踏ん切りが付かないのは、砲弾に空けられた穴が大きすぎたからだろうか。

「……麻里だって、一度経験してみれば分かる。推しのアニメ最終回より、足に力が入らなくなって立ち上がれない」
「……それって、失恋しろってこと?」
「……言葉の選び方を間違えた」

 麻里が、号令を出す一段階後ろまでやってきた。赤いフラッグが下に下された瞬間、健介の身体は宙を舞っているであろう。独裁者を怒らせると、どうなるか予測できたものではない。

 打ち付けられた楔が、前向きな発想を妨害している。物事と正対することを極端に忌避させて、都合のいい方へ籠らせてくる。

 ……責任をなんでも人に押し付けるの、良くないぞ……。

 法律で定められていない限り、シロクロは付けられない。柔軟な対応力が求められるのだ。

 麻里を一方的に『クラスの独裁お嬢様』とキャラ付けして、適当な理由で彼女のせいにしていないか。健康診断が必要なようである。

 窓の外を眺める健介と、覗き込むようにして顔色を窺う麻里。二人の距離感は、魔法で一定距離のまま変わっていない。

 授業再開のチャイムが、もうすぐ鳴ると言うところで。

「……お二人さん、何してるの? ここからいくら目を凝らしても、東京スカイツリーは見えないよ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

白雪姫症候群~スノーホワイト・シンドローム~

紫音
恋愛
 幼馴染に失恋した傷心の男子高校生・旭(あさひ)の前に、謎の美少女が現れる。内気なその少女は恥ずかしがりながらも、いきなり「キスをしてほしい」などと言って旭に迫る。彼女は『白雪姫症候群(スノーホワイト・シンドローム)』という都市伝説的な病に侵されており、数時間ごとに異性とキスをしなければ高熱を出して倒れてしまうのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ

みずがめ
恋愛
 俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。  そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。  渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。  桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。  俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。  ……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。  これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。

処理中です...