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乱入者
003 カツアゲ
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無謀な悠奈の突撃は、まだ謎を含んだまま残存している。健介の感情の何処に突破口を見出したのか、今すぐにでも呼び出して問い詰めたいところだ。
策略を張り巡らしていたかどうかは、誰にも知る由はない。彼女の恋心を突き返す冷酷な対応も、もしかすると手のひらで泳がされているだけなのかもしれないのだ。
「……ボーっとしすぎだよ、健介くーん? また、空想の彼女でも作ってるの?」
「常日頃から俺が現実逃避してる、みたいな印象にするなよ……」
四限のチャイム音が校舎という校舎に響き渡った後、人の流動は直接目にしなくとも予測できる。
廊下にあふれ出す学生の九割がたはトイレか学食に直行するのである。
健介は、同級生であり親友でもある麻里(まり)と、昼飯を共にするための座席を創作しているところなのだ。
お世辞にも面積が大きくないこの高校の食事スペース。理論上敷き詰められるだけ机が密集しているのだが、全校生の半分も収まる気配がない。
自宅から弁当を持参する生徒も数多くいるので、単純計算で差し引きするのならば座席は埋まらない。身近に寄り添ってくれない教職員も、基本的な四則演算はカバーしている。
「……案の定だけど、やっぱり空席が無いよな……。特に、二席連続となると……」
「ノートと参考書を広げてる人は、教室ですればいいのに……。ここ、静寂が包んでるわけでもないのにね」
キャパシティーを奪った正体は、用途外利用の多さだ。
そこらの駐車場に設置されてある看板は、注意事項として『用途外使用を禁ず』という一文を載せてある。あくまでサービス提供は自施設へ来店するカモネギ用であり、近所へ足を繰り出す部外者はお呼びで無いのだ。
呪符を勉強勢に張り付けそうだった麻里をなだめ、健介たちはどうにか横長の定員三人に収まることが出来た。トレーを持って迷走している姿を上空からお嘆きになって、邪魔をする障壁を取り除いてくれたのかもしれない。
健介たち二人組に対して、三脚の椅子では過剰供給。あと一枠を適当な人間に売り払う手もあるが、麻里が努力を水の泡にされて平気だとはとても思えない。
結果、見るからに不自然な隙間が二人の間にポッカリと空いてしまった。
「これ、誰か座ってきたらいやだなぁ……。何のために健介くんを呼んだのかが分からなくなっちゃう」
「心配しなくても、お喋りしてる男女の仲に割って入るなんて、凡人には出来っこないから」
伊藤健介なる平凡な人種に、カップル模様を呈している男女に水を差す無謀な勇気は生まれてこない。その他大勢も、きっと根底の思考基盤は違わないはずだ。
本来の目的を見失わせようと誘惑する、カツの盛られた丼。高カロリーのにおいが、鼻と言わず腹にまで漂ってきた。
他方、謎の空間を隔てている麻里のプレートには、どう見積もっても小学生の分量しか料理皿がない。
……ダイエットしてるかどうか、なんて尋ねられるわけないんだよな……。
食事の役割には、エネルギー補給とは別の任務が充てられている。すなわち、気分の変化だ。
満腹中枢を働かせることが健介の仕事だとすれば、麻里は腹五分目で食欲を抑制させることが仕事になる。
……麻里は、食事量足りてるのかよ……。いくら動かないとは言っても……。
小食傾向を責める気は毛ほども無いが、ベースが通常量の半分となると彼女の健康に疑問符が連打されるのは真っ当な思考である。
残念ながら、基礎代謝を満たしているのかどうかは栄養士の先生に聞いてみなければ分からない。
「健介くんも、健康管理はきっちりしないとね! 毎日茶色に染まっちゃダメなの、知ってた?」
「……お茶を禁じられたら、脱水症状で間違いなくくたばるけど……?」
「揚げ物の衣のことだって、健介くんも分かってるくせにー……。ほら、そのかつ丼だって」
「……目の検査に行った方が、もっと生活が楽になるんじゃないか……?」
「卵の黄色は含まない!」
リラックスできるはずの学食で、栄養学の講義が始まってしまった。最大の問題点は、講師が基本のきも海馬に記憶されていなさそうなことである。
曲がりなりにもペーパー受験戦争を通過した、選ばれし人間にのみ許可される高校入学。健介も麻里も、引き合いに出すならば悠奈も、一定の学力を担保されて校門を通ったのだ。
IQが低い会話が展開されるのは、神経細胞が機能を停止しているだけなのであって、備え付けのコンピュータレベルが鍛錬されていないわけでは無い。
……学力って、残酷なまでに差がつくよな……。
スタートラインが似通っていても、月日が経つにつれてグラフの変動は火を見るより明らかになっていく。
入学してしばらく、健介は地蔵になりきっていた。慈悲の心をゴミ箱に投げ捨てた男は、仏になったのだ。
教科書の不明瞭な箇所を撥ねては、低頭な態度で天才クンに情報収集をしに行く。嘲笑の嵐に巻き込まれても耐え続けた過去は、悠奈への地獄告白と並んで繰り返したくない黒歴史に登録されている。
「……健介くんは、こうやって女の子が隣にいるの、平気なの?」
「隣は空席なんだけどな……」
斜めに腕を伸ばしてみたが、人間の体を掴むことは叶わなかった。
……不用意だったな……。
ショート動画より容量が小さい麻里の堪忍袋。爆発されては、爆風で健介まで被害を受けてしまう。
未だ、先週の悠奈を消し去れていない。冗談を翻訳機でキャッチボールしてくれる彼女と麻里が、溶解して混ざってしまっている。
……悠奈がここまでしがみついてくるなんて……。
振って振られて同士討ちした女友達が、麻里とチャットをする合間にもなだれ込んでくる。
空気が積まれていた空間に、突如ブーメラン型の不満顔が出現した。平常時のエンカウント率は高めに設定されており、一日中付き合うと二、三度は拝見するご尊顔である。
「……なんだよ、欲求不満な顔して……。駄々こねても、お父さんはゲームソフト買ってあげませんよ?」
「健介くん、わざとやってる……? 私が冗談好きじゃないこと、知ってるよね……」
「……カツ半切れ渡すから、それで示談してくれないか……」
「それなら許してあげよう」
なんとも現金な取締官だ。揚げ物は健康に良くないと正論で斬り込んでおきながら、自身は抜け道から禁止事項を破る極悪人である。
組織ぐるみの集団強盗で、まずトカゲのしっぽに選ばれるのは麻里で動かない。
「私には、全てお見通しなんだよ! 健介くんがそっぽを向くのは、他のことを考えてるとき!」
「示談成立したのは幻だったのか?」
「それは冗談の制裁金だよ。契約書は、中身まで見ないと騙されちゃうよ?」
「だます方が悪徳な気がするけどな」
見え見えの詐欺広告を作る者と、浅はかな知識で足を躓く愚か者。匿名書き込みサイトでは軒並み後者を叩く風潮があるが、社会一般には法律を犯した詐欺師に天秤が傾く。
被害者の会代表の健介が偽講師の麻里に慰謝料を支払っている、いびつな関係。専属弁護士を雇っていなかったのが運の尽きだ。
カツを押収する成果を挙げたことに舌なめずりして、調査員麻里は帰って行った。危機は去ったのだ。
癖を見抜き心理を暴く千里眼も、一度も口にしたことが無い悠奈への考え事を当てることは不可能だったようだ。
「……後だと逃げられて困るから、カツは今ちょうだいねー」
「逃げたら絶交されるんでしょうね……」
「うーん、百点満点」
花丸を直々に贈られて嬉しくなかったのは、今日が初めてである。
なけなしのカツを箸でつまみ、ブラックホールと化した麻里の皿へと投げ入れようとした健介。
その動作が行われる一秒前。
「……健介、ここ、あいてる?」
黒髪をゴムで強引に括りつけた腐れ縁幼馴染が、領土の空白地帯を指差していた。
策略を張り巡らしていたかどうかは、誰にも知る由はない。彼女の恋心を突き返す冷酷な対応も、もしかすると手のひらで泳がされているだけなのかもしれないのだ。
「……ボーっとしすぎだよ、健介くーん? また、空想の彼女でも作ってるの?」
「常日頃から俺が現実逃避してる、みたいな印象にするなよ……」
四限のチャイム音が校舎という校舎に響き渡った後、人の流動は直接目にしなくとも予測できる。
廊下にあふれ出す学生の九割がたはトイレか学食に直行するのである。
健介は、同級生であり親友でもある麻里(まり)と、昼飯を共にするための座席を創作しているところなのだ。
お世辞にも面積が大きくないこの高校の食事スペース。理論上敷き詰められるだけ机が密集しているのだが、全校生の半分も収まる気配がない。
自宅から弁当を持参する生徒も数多くいるので、単純計算で差し引きするのならば座席は埋まらない。身近に寄り添ってくれない教職員も、基本的な四則演算はカバーしている。
「……案の定だけど、やっぱり空席が無いよな……。特に、二席連続となると……」
「ノートと参考書を広げてる人は、教室ですればいいのに……。ここ、静寂が包んでるわけでもないのにね」
キャパシティーを奪った正体は、用途外利用の多さだ。
そこらの駐車場に設置されてある看板は、注意事項として『用途外使用を禁ず』という一文を載せてある。あくまでサービス提供は自施設へ来店するカモネギ用であり、近所へ足を繰り出す部外者はお呼びで無いのだ。
呪符を勉強勢に張り付けそうだった麻里をなだめ、健介たちはどうにか横長の定員三人に収まることが出来た。トレーを持って迷走している姿を上空からお嘆きになって、邪魔をする障壁を取り除いてくれたのかもしれない。
健介たち二人組に対して、三脚の椅子では過剰供給。あと一枠を適当な人間に売り払う手もあるが、麻里が努力を水の泡にされて平気だとはとても思えない。
結果、見るからに不自然な隙間が二人の間にポッカリと空いてしまった。
「これ、誰か座ってきたらいやだなぁ……。何のために健介くんを呼んだのかが分からなくなっちゃう」
「心配しなくても、お喋りしてる男女の仲に割って入るなんて、凡人には出来っこないから」
伊藤健介なる平凡な人種に、カップル模様を呈している男女に水を差す無謀な勇気は生まれてこない。その他大勢も、きっと根底の思考基盤は違わないはずだ。
本来の目的を見失わせようと誘惑する、カツの盛られた丼。高カロリーのにおいが、鼻と言わず腹にまで漂ってきた。
他方、謎の空間を隔てている麻里のプレートには、どう見積もっても小学生の分量しか料理皿がない。
……ダイエットしてるかどうか、なんて尋ねられるわけないんだよな……。
食事の役割には、エネルギー補給とは別の任務が充てられている。すなわち、気分の変化だ。
満腹中枢を働かせることが健介の仕事だとすれば、麻里は腹五分目で食欲を抑制させることが仕事になる。
……麻里は、食事量足りてるのかよ……。いくら動かないとは言っても……。
小食傾向を責める気は毛ほども無いが、ベースが通常量の半分となると彼女の健康に疑問符が連打されるのは真っ当な思考である。
残念ながら、基礎代謝を満たしているのかどうかは栄養士の先生に聞いてみなければ分からない。
「健介くんも、健康管理はきっちりしないとね! 毎日茶色に染まっちゃダメなの、知ってた?」
「……お茶を禁じられたら、脱水症状で間違いなくくたばるけど……?」
「揚げ物の衣のことだって、健介くんも分かってるくせにー……。ほら、そのかつ丼だって」
「……目の検査に行った方が、もっと生活が楽になるんじゃないか……?」
「卵の黄色は含まない!」
リラックスできるはずの学食で、栄養学の講義が始まってしまった。最大の問題点は、講師が基本のきも海馬に記憶されていなさそうなことである。
曲がりなりにもペーパー受験戦争を通過した、選ばれし人間にのみ許可される高校入学。健介も麻里も、引き合いに出すならば悠奈も、一定の学力を担保されて校門を通ったのだ。
IQが低い会話が展開されるのは、神経細胞が機能を停止しているだけなのであって、備え付けのコンピュータレベルが鍛錬されていないわけでは無い。
……学力って、残酷なまでに差がつくよな……。
スタートラインが似通っていても、月日が経つにつれてグラフの変動は火を見るより明らかになっていく。
入学してしばらく、健介は地蔵になりきっていた。慈悲の心をゴミ箱に投げ捨てた男は、仏になったのだ。
教科書の不明瞭な箇所を撥ねては、低頭な態度で天才クンに情報収集をしに行く。嘲笑の嵐に巻き込まれても耐え続けた過去は、悠奈への地獄告白と並んで繰り返したくない黒歴史に登録されている。
「……健介くんは、こうやって女の子が隣にいるの、平気なの?」
「隣は空席なんだけどな……」
斜めに腕を伸ばしてみたが、人間の体を掴むことは叶わなかった。
……不用意だったな……。
ショート動画より容量が小さい麻里の堪忍袋。爆発されては、爆風で健介まで被害を受けてしまう。
未だ、先週の悠奈を消し去れていない。冗談を翻訳機でキャッチボールしてくれる彼女と麻里が、溶解して混ざってしまっている。
……悠奈がここまでしがみついてくるなんて……。
振って振られて同士討ちした女友達が、麻里とチャットをする合間にもなだれ込んでくる。
空気が積まれていた空間に、突如ブーメラン型の不満顔が出現した。平常時のエンカウント率は高めに設定されており、一日中付き合うと二、三度は拝見するご尊顔である。
「……なんだよ、欲求不満な顔して……。駄々こねても、お父さんはゲームソフト買ってあげませんよ?」
「健介くん、わざとやってる……? 私が冗談好きじゃないこと、知ってるよね……」
「……カツ半切れ渡すから、それで示談してくれないか……」
「それなら許してあげよう」
なんとも現金な取締官だ。揚げ物は健康に良くないと正論で斬り込んでおきながら、自身は抜け道から禁止事項を破る極悪人である。
組織ぐるみの集団強盗で、まずトカゲのしっぽに選ばれるのは麻里で動かない。
「私には、全てお見通しなんだよ! 健介くんがそっぽを向くのは、他のことを考えてるとき!」
「示談成立したのは幻だったのか?」
「それは冗談の制裁金だよ。契約書は、中身まで見ないと騙されちゃうよ?」
「だます方が悪徳な気がするけどな」
見え見えの詐欺広告を作る者と、浅はかな知識で足を躓く愚か者。匿名書き込みサイトでは軒並み後者を叩く風潮があるが、社会一般には法律を犯した詐欺師に天秤が傾く。
被害者の会代表の健介が偽講師の麻里に慰謝料を支払っている、いびつな関係。専属弁護士を雇っていなかったのが運の尽きだ。
カツを押収する成果を挙げたことに舌なめずりして、調査員麻里は帰って行った。危機は去ったのだ。
癖を見抜き心理を暴く千里眼も、一度も口にしたことが無い悠奈への考え事を当てることは不可能だったようだ。
「……後だと逃げられて困るから、カツは今ちょうだいねー」
「逃げたら絶交されるんでしょうね……」
「うーん、百点満点」
花丸を直々に贈られて嬉しくなかったのは、今日が初めてである。
なけなしのカツを箸でつまみ、ブラックホールと化した麻里の皿へと投げ入れようとした健介。
その動作が行われる一秒前。
「……健介、ここ、あいてる?」
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