上 下
18 / 25
三章 再会

恭平 CHAPTER8

しおりを挟む
----------恭平視点(純 CHAPTER11のつづき)----------



「恭くん、好きだよ」

 涙が頬を伝っていながらも眩しい笑顔をした純は直後、虚空に消えた。完全に消滅した。

「……純ちゃん」

 呆然としていた恭平は、一歩づつ前へと踏み出し、ついさっきまで純がいたはずの空間へ腕を伸ばす。人の感触は微塵も感じられず、ただほのかな温かみだけがそこに残留していた。

 自分の夢の中に純が一度ならず二度までも目の前に姿を現したことには驚きを隠せないが、一度目と二度目では根本的に違う点がいくつもある。

 まず、一度目は悪夢らしき状態で、とてもではないが純の意識が介入した痕跡が無かったこと。それに対して二度目は、はっきりと純に意志が感じられたこと。嫌に純が話していることに現実味があったこと。感覚的なことも含めれば、無数に存在する。

「ほんとに、消えちゃった……」

 恭平の脳が純についての断片的な記憶を夢に持ってきたという可能性を除けば、恭平か純のどちらかがどちらかの夢に割って入ったということだ。もしそうだとするならば、受け身になっていた恭平より純の方が、乱入してきた可能性が高い。

 そして、そんなことが起こったのならば、奇跡と言っていい。

 だが、それは同時に『純の死』という決定的なものももたらす。揺るぎのない、決して超えることのできない壁がそびえたつことになる。

(嫌だ)

 さっきまでは手を伸ばせば届くくらいの近くにいたはずの純との距離が、急激に離れていくように恭平は感じた。マリアナ海溝に迫るぐらいの幅広く底なしの溝が、現在進行形で広がっていく。純の姿がどんどん霞んでいく。

 『夢でもいいから、元気な純ちゃんに会いたい』……。あてもなく白い空間を歩いていた時に純を見つけたとき、願いがかなったことも忘れて、ただそばにいたい一心で走った。願いが叶ったことは、物事が全て終わった後に気付いた。天から『もうかなえてやったから、これでいいだろう』と聞こえる。

 だが、『もう一度会いたい』という自分は心ではちきれんばかりに膨らんでいく。神が本当にいるのならば、『自分勝手で図々しい』と思うのかもしれない。それでも、祈ってしまう自分がここには居る。

(純ちゃんはもうどこにもいない、のか……)

 恭平は、観念した。純は、あのなんでも面倒を見てくれて、それでいて癒しにもなっていた幼馴染はもうこの世から去ったのだ、と。そう無理やりにでも冷静にならなければ、この空間自体が消滅してしまうような気がしたのだ。

 過去の選択への後悔は不思議と出てこなかった。きっと、今までに出尽くしたのであろう。あるのは、自分の心構えへの後悔だけだ。

 『当たり前は当たり前じゃない』、『今のその一時を精一杯に楽しむ』……。どれも一度は言われたことがあるような言葉ばかりだ。その時その時では気付かなくても後になって気付くものもある、ということを今更ながら知った。

(なら、せめて純ちゃんが悲しまないように)

 恭平の自分勝手で純を困らせたことは一度や二度ではない。小学校時代から、口喧嘩やら約束をすっぽかすやらで何度迷惑をかけてきたのかは分からない。この夢の中ですら、一人で勝手に心の奥へと逃げようとした。傷つく人がいるとも知らずに。

 純を悲しませない為に、恭平がやってはいけないこと。それは、恭平が『自分』という殻に閉じこもってしまうことだ。自死することなどは論外、自分の手で未来を壊してはダメなのだ。

 天国や地獄、あの世があるのかさえも分からないがもしあったとして、純が恭平の行動をすべて見ることが出来るとするのならば。恭平がもしも先ほどのような『鬱で引きこもる』ようなことがあれば、きっと純は自分に責任を感じてしまうだろう。

(純ちゃんは何も悪くない。だから、純ちゃんが責任を感じちゃうような生き方はしちゃだめだ)

 純なら、きっと恭平にこう言うだろう。『私のことは気にしないで、恭くんだけにしか歩めない人生を生きて。ずっと、見守っていてあげるから』と。

 確かに、『純がいない』という事実は、恭平に重くのしかかる。心にポッカリと穴を開けるには十分すぎるほどのダメージになる。

 しかし、そのダメージを乗り越えなければ、未来は永遠にやって来ない。そこで嫌気が刺して道を踏み外したとしても、だれも得にはならない。『死んでしまった人はもう何もすることはできないのだから、自分も同じようになりたい』というただの自己満足にすぎない。

 とはいえ、純が一切の未練も無かったかと言うと、それはないだろう。いきなり事故に巻き込まれ、死んでしまうのだ。未練が無い方がどうかしている。

(純ちゃんにとっての未練って、なんだろう)

 未練は、『やり残したこと』だ。日常生活についてのことは、恭平には分かりっこない。それは、永遠に謎のままだ。

(純ちゃんの視点から考えれば、何か分かるかもしれない)

 純の目線に立って考えてみる。純が恭平に伝えたことから推測するに、何かしらあってこの空間に来た。そして、恭平と会って、何かの手段で手に入れた『自分が死ぬ』という情報を伝えた。しばらくして、自分の身体が消えていくのを指摘されて、告白の言葉を……。

 そこまで来て、恭平は一つのことに気付いた。

(純ちゃんが一方的に伝えただけで、自分は何も答えてない)

 告白をされた時はそれどころではなかったので忘れていたが、よくよく考えれば重要なことだ。軽はずみに告白などしようはずがない。つまり。

(ほ、……本気)

 あれが冗談や嘘なわけがない。そこまで考えたとき、恭平は胸に何か熱いものを感じた。心の奥底で眠っていたマグマが、一気にこみ上げてくる。

 恭平は気付いていなかったが、恭平のほっぺたの部分は赤みを帯びたピンク色に変わっていた。

(じ、自分のどこが好きだったんだろう。もうそれが分かることはないだろうけど、とにかく純ちゃんに自分が呆れられてなかった、っていうのが嬉しい)

 小さな幸福が、恭平を満たしていた。

(届くかな、告白への答え。……いや、きっと届く。どれだけ離れていようと、人を想う気持ちが強ければ、きっと)

 一秒間を空け、それから恭平は生涯で一番大きいであろう声を出し、己の想いを純がいた空間に向かって叫んだ。

「俺も好きだよ、純ちゃん……」

 最後の言葉の口調が下がってしまったが、恭平の想いを乗せた紙飛行機は、確かに純の元へと一直線に飛んでいた。

(『好き』って意味が、いまいちわからないけど。性格的な『好き』なのか、愛情表現の『好き』なのか)

 でも、どちらの意味だっていい。恭平の『好き』は、両方なのだから。

 恭平の脳内には、純との思い出の数々が繰り返し再生されていた。『純に半ば強制的に連れていかれた小学一年生の夏祭りの屋台の景色』、『小学校の修学旅行で入浴後、ろくに案内を見なかった恭平が女子部屋に間違って入り、たまたま部屋に一人純がいてこっぴどく怒られたこと』……。

(結局自分は、純ちゃんに頼ってばっかりだったな。こんな自分でも面倒を見てくれた純ちゃんは、すごいな)

 恭平と純がもし逆の立場ならば、途中で離れていく自信がある。それぐらい、恭平がやらかしていることが色々と多いのだ。

(もう会えないかもしれないけど、……。今までありがとう、純ちゃん)

 『お疲れ様』は言えなかった。心の奥ではまだ、純が死ぬかもしれないことにおびえている自分がいる。生きていることを全否定するような言葉はまだ自ら発したくはない。

 全身から力が抜け、恭平は下へへたり込んだ。気付かないうちに体力を相当消耗していたらしい。

(ずっとここにいたい。もう、現実に戻るのが怖い)

 無理矢理冷やした頭も、再び感情的になっていた。客観的な目線から自分自身の目線に戻り、視点変更に脳が困惑する。

(自分の言葉、伝わったかな……)

 恭平の意識は薄れてゆく。暗い闇が体のすぐそこにまで近づいていた。

 『恭くん……。私、今の気持ちをなんて言葉で表現したらいいか、分からないよ……。それぐらい、嬉しい』

 幻聴なのか、純の声が耳元で聞こえた気がした。

 闇は、恭平を飲み込んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

伯爵令嬢と公爵令息の初恋は突然ですが明日結婚します。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ユージン・オーマンディ公爵令息23歳イケメンでお金持ち爵位公爵で女性にも持てるが性格は傲慢。 シュリー・バーテンベルク伯爵令嬢、17歳美少女だが家が貧乏なので心の何処かのネジ曲がっている。 * ユージン・オーマンディ公爵令息23歳、俺はもてるが、女性には冷たく接するようで、たぶん身分が公爵で財力もその辺の王族より富豪でイケメン頭が良いから会社を設立して笑いが出る程、財を成した。 そんな俺が結婚なんて無理だと思っていたら彼女に出会い恥ずかしながら初恋だ。 彼女伯爵令嬢だが調べると貧乏で3年新しいドレスを買って無いようだ。

GAOにえもいわれぬ横臥

凛野冥
ミステリー
催眠術師の荻尾央、改造人間の郷義吟、霊媒体質の天亜愛の三名からなる、移動型探偵事務所GAO。大都会にやって来た彼らに舞い込んだ依頼は、一人暮らしの女子高生が自宅で殺害された事件の調査だった。手掛かりは、大流行のスイーツ〈もんぜるっぜ〉が現場から持ち去られたという一点のみ。それでも荻尾の催眠術や義吟の分析力、亜愛の心霊術を駆使すれば解けない謎はない……はず! しかし事件はあまりに異常に増殖していく。大都会ではなんでも起こる。一緒に心霊スポット探索をした知人が次々と不幸に見舞われている地下アイドル。荻尾がダイニング・バーで運命的に知り合った女性と入ったホテルで出くわす正体不明の死体。悪魔的儀式を模した最悪の連続殺人。それらの裏に潜む、悪魔主義を掲げる犯罪集団〈悪魔のイケニエ〉と、怪しい心霊主義団体〈死霊のハラワタ〉。その中心にGAO!一体全体、どう収集をつけてくれるんだ!? そしてすべての答えが明かされるとき、その結末は必ず読む者の想像を超える。これぞ新時代の探偵神話。陰惨ポップなハードロマンス・アーバンミステリ、開幕。 (小説家になろう、エブリスタにも掲載中)

転生したら乙女ゲームのヒロインの幼馴染で溺愛されてるんだけど…(短編版)

凪ルナ
恋愛
 転生したら乙女ゲームの世界でした。 って、何、そのあるある。  しかも生まれ変わったら美少女って本当に、何、そのあるあるな設定。 美形に転生とか面倒事な予感しかしないよね。  そして、何故か私、三咲はな(みさきはな)は乙女ゲームヒロイン、真中千夏(まなかちなつ)の幼馴染になってました。  (いやいや、何で、そうなるんだよ。私は地味に生きていきたいんだよ!だから、千夏、頼むから攻略対象者引き連れて私のところに来ないで!)  と、主人公が、内心荒ぶりながらも、乙女ゲームヒロイン千夏から溺愛され、そして、攻略対象者となんだかんだで関わっちゃう話、になる予定。 ーーーーー  とりあえず短編で、高校生になってからの話だけ書いてみましたが、小学生くらいからの長編を、短編の評価、まあ、つまりはウケ次第で書いてみようかなっと考え中…  長編を書くなら、主人公のはなちゃんと千夏の出会いくらいから、はなちゃんと千夏の幼馴染(攻略対象者)との出会い、そして、はなちゃんのお兄ちゃん(イケメンだけどシスコンなので残念)とはなちゃんのイチャイチャ(これ需要あるのかな…)とか、中学生になって、はなちゃんがモテ始めて、千夏、攻略対象者な幼馴染、お兄ちゃんが焦って…とかを書きたいな、と思ってます。  もし、読んでみたい!と、思ってくれた方がいるなら、よかったら、感想とか書いてもらって、そこに書いてくれたら…壁|ω・`)チラッ

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

彼との最後の恋をします

まったり
青春
ずっと好きだった彼 でも彼は学校に来なくなりました。 先生から入院してるらしいからと言い、お見舞いをお願いされました。 病室に入るといつもの元気はなく外を眺めている彼がいました。 そして私は言われました。 「僕の最後の彼女になってください」

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

処理中です...