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三章 再会

純 CHAPTER9

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「ちょっと先生に報告してきます。体調に何かあったら、ベッドのとなりに付いている紐をひっぱって下さい。数分で戻ってくるので、心配しなくていいですよ」

 そう言い残して、看護師の人は部屋から出て行った。扉は自然と閉まる仕組みになっているので、数秒後には扉が閉まった。先生とは、たぶん医者の人のことなのだろう。部屋には、純ただ一人だけとなった。

(今、何時ぐらいなんだろ)

 ふと時間が気になり、時計を探す。日差しが部屋に差し込んできているが、具体的な時刻は分からない。

 掛け時計は頭側の壁にかかっていた。短針がほぼ4を、長針が1と2の間を指していた。確か登校中が八時ぐらいだったので、かれこれ八時間ほど意識がなかったことになる。

 純の脳内に再び、夢のことが蘇る。だが、さっき考えたところとはまた別のことだった。

(あれ、そういえば私の恭くんへの告白、失敗しちゃってない?)

 別に声が小さかったわけでもなかったので、恭平に告白の声は届いていたはずだ。実際は恭平がおかしかったので参考にならないが、仮に普通だったとしても失敗していたのではないかと考える。

(成功したかどうかは分からなかったけど、もし失敗してたとしたら……。自分の夢なのに……)

 テンションはどん底に落ちた。自分自身で見る夢だと、だいたいは自分に都合がいい夢を見るものだ。純は悪夢で、しかも鮮明に覚えるほどの衝撃があるものを見させられたのだから、不運と割り切っていいだろう。

(でも、見方を変えれば)

 しかし、とらえ方によっては『予行演習』なるものが出来たということにもなる。通常告白の予行演習などというものは、一人でイメージして練習することはあっても相手を目の前に言うことはないのだから。

(とにかく、次。次、現実に恭くんに想いが伝えられればいいんだから)

 夢と現実は違うと割り切り、気持ちを立て直す。

 独りというのはヒマなもので、先刻『報告しに行く』と言っていた看護師も一向に戻ってこない。いったん考えるネタが無くなると、孤独感が一気におしよせてくるものだ。

(恭くんも、あと数分長く留まっててくれてたらなぁー)

 恭平は純が意識を取り戻す数分前にこの病室から出て行った、と看護師の人から聞いている。『たられば』を言ってもしょうがないが、恭平があと少しでも長くこの部屋に留まっていれば、今頃会話が盛り上がっているだろう。

 さらに、だんだんと暑苦しくなってくる。酸素マスクらしきものは依然として装着されたままで、窓も開放されているためモロに外気が侵入してくる。意識が覚醒しているのに酸素マスクらしきものをずっとつけている意味があるのか、と純は思う。

(もう、このマスクみたいなものを外したいけど、流石に勝手に取ったらだめだよね? 必要あるのか、って正直思っちゃうけど)

 純が、体を伸ばそうと体を緊張させたときだった。

(いっ……!)

 猛烈な痛みが頭を襲った。『頭を打った』や『インフルエンザに罹った』などの頭痛とは比べ物にもならない。そして、痛みの度合いは一瞬毎に倍増していく。咄嗟に手で頭を押さえるが、それでも痛みは収まらない。

 純は右腕を辛うじてベッドの右に出し、説明があった紐に向かって伸ばした。しかし頭痛があまりにも酷く、あと少しのところで右手が空を掻いた。

 最早痛みだけで意識が飛ぶのではないか、と思ってしまうほど痛みは強かったが、時間の流れがいきなりゆっくりになった。

(あ、これ、トラックに轢かれた時とか、夢の中で恭くんにナイフで刺されそうになった時と同じだ……)

 トラックに轢かれそうになった時はパニックになっていてほかのことを考える余裕はなかったが、確かにゆっくり時間が流れているように純は感じていたのだ。
 
 そして、今も。

 純の頭の中に、膨大な量の記憶が流れ込んできた。小学校の入学式、恭平と初めて出会った時のこと、楽しかった学校行事、恭平が助けてくれたこと……。別の意味で頭が痛くなる。まるで頭に何か大きいものを無理やり詰め込まれたような感覚がした。

 (あ……、私、今度こそ死ぬのか……)

 三度目は流石に死んでしまうだろう。純は覚悟を決めた。今までの二回にはなかった『記憶が一気に脳内を廻る現象』が起きたこともある。

 人が死ぬ間際には、何とか生き延びようとして脳の情報処理の速度が速くなるらしい。なので、あたかも時間がゆっくりと流れているように感じるのだ。もちろん、現実世界で流れている時間の速度は変わらないし、本人も現実のスピードでしか動けない。

(でも、せめて本当の恭くんに、私の想いを伝えたい! 夢でもいいから、恭くんにもう一度会いたい!)

 今日見た悪夢の中に出てきた恭平でもいいから、会って想いを伝えたい。純の本心から出た言葉だった。

(それで、『さよなら』って、伝えさせて……)

 せめて死ぬなら最期に別れの言葉の一つでも言いたい。

 (恭、くん。私、もうだめ、なのかな。尋常じゃないぐらい、激痛が走ってて。あ、だんだん、意識が遠のい、て……)

 それが、純が最期に思ったことだった。時間の流れが次第にもとに戻っていく。

 純の意識は無くなった。力が抜けた腕が、『トン』と白いシーツの上に落ちた。
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