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三章 再会

純 CHAPTER8

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----------純視点(純 CHAPTER7のつづき)



「あれ……、ここは……?」

 純の口から、疑問文がこぼれた。

 純の目に映っていたものは、一面真っ白な部屋の中に置かれている装置らしきものと、その隣に立っている看護師の人だった。

(だって私は、さっき恭くんにナイフで刺されて……)

 先ほどのことが現実ならどこかに痛みがあるはずだが、全く感じない。

「永島さん、自分の名前、分かる?」

 何を言っているのだろうか。分からないはずがない。純は口に息を吸い込もうとし、そして気付いた。

 自分の口に、ドラマで見るような酸素マスクが付いていることを。

 自分が置かれている状況に困惑しながらも、純は答える。

「永島純です。なんでそんなこと聞くんですか? あと、酸素マスクみたいなやつは何ですか?」
「運びこまれた時点では呼吸が完全に回復していなかったから、付けられていただけですよ。それから、記憶がないようなので話しますが、永島さん、あなたは今朝トラックに轢かれて重症だったんですよ」
「えっ……?」

(確かに、トラックに轢かれたような記憶もあるけど、そのあと目が覚めて、トラックは夢だって……)

 トラックに轢かれたということが事実なら、今まで見てきた数々の光景はすべて悪夢だったということになる。

 純は混乱した。トラックに轢かれたのが夢だったのか、それとも恭平が襲い掛かってきたことが夢だったのか、あるいは今が夢の中なのか……。純自身で区別をつけることは出来なかった。

 とりあえず、今が現実だということにした。あんなおかしな恭平が現実だとは思いたくない。

「あ! そういえば、恭くん、浦前恭平って言う人も入院してたりしませんか?」

 女の看護師の人は少し考え、首を横に振った。

「そんな子は入院してないですよ。でも」

 しかし、付け足しがあった。

「その子なら、つい数分前までお見舞いに来ていましたよ」

(ってことは恭くん、トラックには巻き込まれてはなかったんだ)

 幼馴染が巻き込まれていないことを知り、安堵する。

 だが、恭平が少なくとも純が事故に巻き込まれるところを目撃したのは確かだ。純の目線から恭平が見えていたのだから、それは揺るがない。

 それに、恭平が見舞いに来た時は、純はドラマにあるような瀕死状態に見える格好だったはずだ。かなり心配をかけていることだろう。

 それにしても、先ほどまで純が見ていた光景が夢だというのも信じられやしない。いやに鮮明だったからだ。

(現実世界で恭くんがああなってたら、私は死んでたのかな)

 恐らく、死んでいただろう。

(ナイフを持って襲い掛かって来て、裏門は鍵がかかってて、なすすべもなく追いつかれて……)

 恭平のあの吸いこまれそうな暗い目が忘れられない。

(必死に言葉訴えかけたけど、届かなくて……)

 そこで、いったん思考が中断される。

 あの場面では、生存率という観点では、言葉で訴えるより必死に抵抗するなり大声をだすなりして周りに気付いてもらう方が高かった。抵抗が失敗した場合はほぼ確実に殺されてしまうが、言葉で訴えたところで行動が詰まる可能性は確かに低かった。

(それでも、私は恭くんに思いとどまってほしかった)

 恭平が思いとどまっても、抵抗が功を奏して脱出できたとしても、普通なら結末は同じになる。それならば、抵抗した方が得。それなのに、純が抵抗しなかった理由。

(どどのつまり、私は恭くんのことがやっぱり好きだったんだなぁー……)

 恭平が行動を思いとどまった時の一つの利点。それは、当事者以外にはナイフのことがばれないということだ。

 ナイフがばれないということは、誰も何が起こったかが分からないということだ。たとえ1%の可能性に懸けても、恭平が我に返り、元通りの日常が流れることを夢見たのだ。

(あれは夢だったけれど、現実で起こりえないことはないんだよね……)

 もしかすると、夢の中と現実世界が逆転した世界線があったのかもしれない。

(……)

 夢とはいえ、一時的にでも最も信頼していた人に裏切られたダメージは残る。純は、頭の中から悪夢のことを振り払った。強制的に思考を別のことに切り替える。

 恭平が数分前に見舞いに来たということは、その時純はまだ悪夢を見ていた可能性が高い。それも、最後の方の場面でだ。

(私が泣いちゃったところ、恭くんに見られたのかな……?)

 夢と現実世界がリンクしていた、ということはたまにある。寝言がまさにそうだし、勝手に起き上がってしまうという症状もある。涙ぐらいなら、現実で目から流れ出していてもおかしくはない。

 目の付近を指で伝ってみるが、もともと流れていなかったのか乾いてしまったのか、湿ってはいなかった。否定はできないが、夢の中と現実がリンクしていたという可能性は低くなった。

(自分の弱いところ、なるべく見せたくないな)

「ふぅー」

 純は、深いため息をついた。視線は白い天井を向いていたが、純の実際の意識ははるか向こうへ飛んでいた。
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