上 下
9 / 25
二章 絶望との葛藤

恭平 CHAPTER3

しおりを挟む
「えー、永島がまだ来てないな。誰か、連絡が来てる人はいるか?」

 まだ、純が事故に巻き込まれたことは学校に届いていないようだった。救急車が純を乗せて発車してからすでに5,6分が経過している。その間に連絡出来なかった、ということだ。

 担任のクラス全体への問いかけに、恭平はゆっくりと腕を上に伸ばし、挙手した。

「永島さんなら、今朝学校に行く途中……」

 恭平は、長く重苦しい話の一部始終を語った。






----------






 時は、救急車が到着したころにまで遡る。

 あの何度も聞いたことがある、だがしかし絶対にお世話にはなりたくない音が恭平の耳に入った。ドップラー効果でサイレンが低く聞こえる。赤色のランプが辺りを照らした。

 救急車は止まるや否や、救急隊の面々が赤と白で塗られた扉からぞろぞろと出てきた。

「状況を一通り教えてくれるかな?」
「後ろから何かがいきなり背中にぶつかって、それで道路にはじき出されて……」

 一通り話し終わると、その救急隊の人はすぐに純のところへと走っていった。その純はというと、別の救急隊員が心臓マッサージをしていた。

「あの、純ちゃんは……。純ちゃんは、死んだりなんかしませんよね?」
「ああ、この子のお友達かな? 大丈夫、死んだりなんてしないから」

 そういう救急隊員の口調は、かなりぎこちなかった。

 純が担架に乗せられ、救急車の中へと消えていった。まだ心臓マッサージをされているあたり、呼吸が止まったままになっているに違いない。

(経過時間的に、もうまずいんじゃ……。それに、助かったとしてももしかしたら……)

 考えるだけでも怖いことが、次々と脳内にポップする。

「どこの学校?」
「錦川中学校です」
「錦川中学校ね……。すぐそっちの方に連絡されるとは思うけど、君からも先生に伝えておいてね」

 伝えたかった事項は伝えきったのだろう、救急隊員全員が救急車に乗り込んだ。サイレンを周囲にけたたましく鳴らしながらその後部の姿が小さくなっていった。

 恭平もついていきたかった、というのが本心になる。本当は離れたくない。意識を取り戻すまで、ずっとそばで見守っていたい。だが、状況がそれを許さない。

 どこの病院にあの純を乗せた救急車が向かうのかを聞き忘れたことに気付いたが、おおよその見当はつく。周辺にある大規模な病院は、一棟しか該当しない。

(学校が終わったら絶対お見舞いにいくから、純ちゃんも頑張っててよ)

 学校へと向かう途中、歩行者用信号が赤信号になっていた。この信号付近の車の通行量は、事故が起きた交差点とあまり変わらなかった。

(いっそのこと、俺も飛び出せば……)

 一時浮かんだその危険な考えを、必死に霧散させる。ここで恭平が純と同じようなことになっても、誰も喜んだり得をしたりはしない。逆に、純に迷惑をかけてしまうだけだ。

(俺がすべきことは、きっとこんなことじゃない……はず)

 恭平は、その後学校に到着するまで何も考えることが出来なかった。






----------






「……」

 担任は、声を失ったかのように何も言葉を発さない。クラス内は凍り付いたかのような硬直状態になった。

「本当だろう、な」
「……なら、先生は俺が嘘をついているとでも?」

 確認の意味で聞いてきたとは脳では理解できるのだが、『なぜ疑問形がここで飛んで来るのか』と考えている疑心暗鬼な自分も同時に出てきてしまった。

「いや、……。ちょっと全員待ってて」

 いうなり、担任は教室を飛び出して行ってしまった。

 早すぎる展開に、恭平を除くクラス全員が付いていけなかったのだろう。沈黙がもうしばらく続いた。

「浦前、お前は悲しいだろ?『純ちゃん』なんて呼び名をしてたからどこまで進んでいるのかと思えば、もうそんな関係まで……」

 沈黙を破ったそのヘラヘラとした声に、恭平の頭に血が上るのに、そう時間はかからなかった。

 イジリがたまに来るのはいつものことだった。が、いかんせん今回は実際に事故が発生してしまっている。それをイジるのは論外だ。

 恭平は、爆発した。

「あのなぁ、本当に幼馴染が事故に巻き込まれたんだから、気持ちが落ちるのは当たり前だろ? それとも、お前が実際に純になってみるか、え? イジリは論外だろ!」

 普段ほとんど見せない恭平のドスの効いた声に、そのいじった男子がひるんだ。

「お前、何マジになって怒ってんだよ……」
「マジになるだろ、普通! 目の前で事故ったのを見て心にポッカリ穴が開いているところをいじくられたら、怒るのも当然だろ?」

(純ちゃんをあざ笑うような言い方しやがって……。そんなに純ちゃんが事故に巻き込まれたことが売らしいのかよ!)

 暗に『ざまあみろ』の意図が含まれていることに、恭平が気付かないはずもない。互いの呼び名が確かに周りとはかなり異なっていたとはいえ、冷やかしを今言うのはお門違いだ。

 クラス全員の白い目がそのイジリをした男子に注がれる。

「……いやあ、ごめん、ごめん」

 最初の勢いはどこへやら、その男子は自分の席でしぼんでしまった。だが恭平には、自分のしたことを反省する様子が口調からは全く汲み取れなかった。

 殴りたい衝動にも駆られたが、それは自力で遮断する。手をだしてしまっては、たちまち恭平側が悪くなる。世の中、手を先に出してしまった方の負けだ。

 恭平のいじられたことに対する怒りは、通常授業が始まってからもしばらくは収まらなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

伯爵令嬢と公爵令息の初恋は突然ですが明日結婚します。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ユージン・オーマンディ公爵令息23歳イケメンでお金持ち爵位公爵で女性にも持てるが性格は傲慢。 シュリー・バーテンベルク伯爵令嬢、17歳美少女だが家が貧乏なので心の何処かのネジ曲がっている。 * ユージン・オーマンディ公爵令息23歳、俺はもてるが、女性には冷たく接するようで、たぶん身分が公爵で財力もその辺の王族より富豪でイケメン頭が良いから会社を設立して笑いが出る程、財を成した。 そんな俺が結婚なんて無理だと思っていたら彼女に出会い恥ずかしながら初恋だ。 彼女伯爵令嬢だが調べると貧乏で3年新しいドレスを買って無いようだ。

GAOにえもいわれぬ横臥

凛野冥
ミステリー
催眠術師の荻尾央、改造人間の郷義吟、霊媒体質の天亜愛の三名からなる、移動型探偵事務所GAO。大都会にやって来た彼らに舞い込んだ依頼は、一人暮らしの女子高生が自宅で殺害された事件の調査だった。手掛かりは、大流行のスイーツ〈もんぜるっぜ〉が現場から持ち去られたという一点のみ。それでも荻尾の催眠術や義吟の分析力、亜愛の心霊術を駆使すれば解けない謎はない……はず! しかし事件はあまりに異常に増殖していく。大都会ではなんでも起こる。一緒に心霊スポット探索をした知人が次々と不幸に見舞われている地下アイドル。荻尾がダイニング・バーで運命的に知り合った女性と入ったホテルで出くわす正体不明の死体。悪魔的儀式を模した最悪の連続殺人。それらの裏に潜む、悪魔主義を掲げる犯罪集団〈悪魔のイケニエ〉と、怪しい心霊主義団体〈死霊のハラワタ〉。その中心にGAO!一体全体、どう収集をつけてくれるんだ!? そしてすべての答えが明かされるとき、その結末は必ず読む者の想像を超える。これぞ新時代の探偵神話。陰惨ポップなハードロマンス・アーバンミステリ、開幕。 (小説家になろう、エブリスタにも掲載中)

転生したら乙女ゲームのヒロインの幼馴染で溺愛されてるんだけど…(短編版)

凪ルナ
恋愛
 転生したら乙女ゲームの世界でした。 って、何、そのあるある。  しかも生まれ変わったら美少女って本当に、何、そのあるあるな設定。 美形に転生とか面倒事な予感しかしないよね。  そして、何故か私、三咲はな(みさきはな)は乙女ゲームヒロイン、真中千夏(まなかちなつ)の幼馴染になってました。  (いやいや、何で、そうなるんだよ。私は地味に生きていきたいんだよ!だから、千夏、頼むから攻略対象者引き連れて私のところに来ないで!)  と、主人公が、内心荒ぶりながらも、乙女ゲームヒロイン千夏から溺愛され、そして、攻略対象者となんだかんだで関わっちゃう話、になる予定。 ーーーーー  とりあえず短編で、高校生になってからの話だけ書いてみましたが、小学生くらいからの長編を、短編の評価、まあ、つまりはウケ次第で書いてみようかなっと考え中…  長編を書くなら、主人公のはなちゃんと千夏の出会いくらいから、はなちゃんと千夏の幼馴染(攻略対象者)との出会い、そして、はなちゃんのお兄ちゃん(イケメンだけどシスコンなので残念)とはなちゃんのイチャイチャ(これ需要あるのかな…)とか、中学生になって、はなちゃんがモテ始めて、千夏、攻略対象者な幼馴染、お兄ちゃんが焦って…とかを書きたいな、と思ってます。  もし、読んでみたい!と、思ってくれた方がいるなら、よかったら、感想とか書いてもらって、そこに書いてくれたら…壁|ω・`)チラッ

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

彼との最後の恋をします

まったり
青春
ずっと好きだった彼 でも彼は学校に来なくなりました。 先生から入院してるらしいからと言い、お見舞いをお願いされました。 病室に入るといつもの元気はなく外を眺めている彼がいました。 そして私は言われました。 「僕の最後の彼女になってください」

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

処理中です...