上 下
4 / 25
一章 何か、おかしい

純 CHAPTER4

しおりを挟む
「ん……」

 ついに中学校卒業式が行われる日。純は、突き刺してくる朝陽で、目を覚ました。

「あれ、目覚まし鳴ってない」

 昨日の晩、純はきちんと7時ごろに目覚まし時計をセットした、はずなのだが。何か嫌な予感が純を襲い、純は恐る恐る目覚まし時計の時間を確認する。

「し、7時40分……」

 本来起きたい時間より40分もオーバーしてしまっていた。家族は普段この時間にはもう家を出てしまってるので、純が自力で起きなければいけない。いざというときの保険が効かないのは辛い。

 これくらいの時刻なら、まだ小走りで行っても十分間に合う。学校には。

(これじゃ、恭くんといつもの待ち合わせの時刻に間に合わない!)

 素早く制服に着替えて朝食は食パンをくわえていく、という選択肢もあるにはあったが、走りながら食パンを完食できるとは到底思えない。それは漫画の中のテンプレであって、現実世界でやるべきことではない。

 時間があるときはは自炊をしている純だが、今日は自炊をしているヒマは無い。ひとまずは食パンをトースターに突っ込む。

 そして、自らは急いで制服に着替えようとする。が、こういう時に限ってブレザーの下に着るカッターシャツのボタンがなかなか閉まらない。強引にしようとすればするほど、余計に時間がかかる。

「チーン」

 トースターの音が鳴るが、純はボタンに悪戦苦闘していたせいか、音に気付かなかった。

 しばらくして、ようやく純はボタンをはめると、超特急でトースターへと向かった。

(うっ、焦げ臭い)

 煙は出ていないが、焦げているようなにおいがトースターから漂ってくる。そのにおいを裏切らず、トースターの中には真っ黒な四角い物体が鎮座していた。完全に炭化、とまではいっていないものの、食べられる代物ではない。

 時間は事情にお構いなしに流れていく。しかし、朝食抜きも辛いといえば辛い。純は、心に決意を固めた。

(もう、食パンをくわえて行くしかない)

 『漫画かよ』と突っ込まれても仕方がない。そういう状況なのだから。

 純は食パンを口にくわえたまま、ダッシュで家から飛び出した。忘れずにカギ閉めもきちんとしている。

 今の純の状態と漫画の遅刻でよくあるシーンとの相違点とすれば、トーストではなく焼いていないただの素の食パンだということである。

 むろん、普段よりかなり遅れている純を恭平が待ってくれているはずはなく。

(やっぱり、恭くんは行っちゃったかあ)

 遅刻ギリギリの時刻、近くに駅があるわけでもないので、幸いにも人の目は少ない。純は、ほとんど誰にも自分の姿を見られることなく、学校につくことができた。食パンは無理やり完食した。

 最後の朝のHR終了後、教室には『卒業』と『受験』の漢字二文字の熟語がひっきりなしに飛び交っていた。なにせ、純たちは今から1,2時間後には卒業証書を校長先生から受け取ることになるのだから。受験も、一週間後にはやってくる。

「恭くん、ごめん!目覚ましを寝過ごしちゃって……」
「そういうことか。気を付けてくれよ、まったく」

(また、言い方がキツイなぁ)

 恭平の言い方に違和感がある。昨日もそうだったように、何か違う。

「でも、ついに卒業だね」
「そうだね。今日が終われば、もうそれでバラバラ」
「恭くん、受験大丈夫なの?」
「そっちこそ、どうなの?」

 たわいもない話が続く。肝心の想いを、いつぶつけるかに迷う。

「私は、一応受験勉強はしてるし、何回も模擬テストを受けてるから、絶対とは言えないけど大丈夫だと思う」
「俺は……。勉強は一日に何時間もしているから、大丈夫」
「ふーん」

(恭くんって、そんなに勉強してたっけ?)

 三年生の初めから恭平から勉強の話は何十回もしているが、『何時間も勉強をしている』とは聞いたことがないような気がする。確証はないので、理由としては弱い。

 そして、そんなことよりも、純には今恭平に伝えておきたいことがある。

「そ、それよりも」
「何?」
「……恭くん。きょ、今日、卒業式が終わったら、私と一緒についてきてくれない?」

 純は恭平に、ストレートに話題をぶつけた。というよりかは、そうすることしか出来なかった。ここで回りくどく自分の想いを伝える術を、純は思いつけなかったからだ。

 そして、返答が来る。

「なにかは分からないけど、いいよ」

(よし、第一関門突破!)

 純は、心の中で小さく、『よし』と発した。

 恭平がここで『NO』と言ったら、当然ながら計画はつぶれる。その時はその時で別の方法を考えるつもりだったのだが、それは杞憂となった。

「ギュグルルルルルルー」

 さきほどまで一種の緊張感に襲われていた純。今、緊張感が少し緩んだ故に、脳が恭平のこと以外も認識し始める。何を認識するかというと、自分の体の異常だ。

(お腹が痛い!)

「……大丈夫?」

 様子を見てもおかしいのがわかるのだろう、恭平が心配してくれる。が、

(恭くんのことで勝手に緊張して、勝手にお腹を壊したなんて、口が裂けても言えない)

「卒業式前でちょっと緊張しちゃったみたい。トイレに行ってくる」

 腹痛の理由をごまかした純は、全速力でトイレに向かっていった。こんなときも、廊下はきちんと走らずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...