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4日目

021 ガンマン

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 細かな粒を拾い集めるのは、苦難の道だった。砂場で砂山を作る作業とはケタが違う。
鷲掴みにして適当に運ぶのではなく、掴みにくい滑らかな球体を箱に入れて行かなくてはならないのだ。

 部屋の主は、ベッドの上で高みの見物。床面に散らばったBB弾が減ったところで、追加業務を課してくる。無償で働かされては、体が壊れてしまう。

 ……いつか、仕返ししてやろうかな……。

 陽介の家に彩を招き、そこで散乱した大量のカード類を片付けさせるのはどうだろう。持ちやすい形状をしていても、長時間従事させられる。苦痛を味合わせるには十分だ。手の内がバレてカウンターパンチを食らいそうではあるが。

「……やるよ……」
「ねぎらいの言葉の一つでも無いんですかねぇ……」

 自らの過失を、陽介に擦り付けた近所の年下女の子。何処からともなくエアガンを二丁取り出してきて、エア射撃練習をしている。照準が陽介に合わせられているのは気のせいなのだろうか。

 努力の結晶が詰まったBB弾の箱は、机の上に置かれている。一粒も残さず収納した成果で、足の裏に痛みを感じることは無い。これから弾がまた散乱することを思うと、心が複雑骨折する思いだ。

 陽介は、手のひらサイズより大きいエアガンを受け取った。本格的な猟銃の重みは無いが、手に馴染んで相棒になってくれている。狙いの付け方はよく分からない。

「……的、出すね……」

 マネキンが本棚の裏に潜んでいるのかと身構えたが、猟銃もエアガンも人を狙う武器ではない。一部の道を踏み外した人たちのイメージが先行して、彩を危険人物扱いしてしまった。最大級の謝罪で許してもらえるかは怪しい。

 彩が漫画棚の後ろから転がらせてきたのは、点数の書いてあるボードだった。緑と赤の領域に分類されており、中心は二重円になっている。BB弾の大きさなら、得点判別はスローモーション判定で確認できそうだ。

 表面は凸凹しており、もしかすると弾が隙間に挟まるのかもしれない。円の外側の数字は、そのラインに当たった弾の得点を表すのだろう。

 どこかで見たことのある、このボード。

「……ダーツの的だろ、これ。どう見ても射的に向いてないだろ」
「……これしか……、ない……」

 力強い指が、ダーツのボートを示していた。強調されたところで、手抜き感が出ているのは否めない。

 他競技からルールを流用することは、危険な行為だ。サッカーのルールをハンドボールに適応すれば、全員ハンドで退場だ。審判が数人グラウンドに残り、呆れ声で没収試合を宣告する。

 先っぽが細長い矢を打ち込みたくなる円盤のタイルが、壁にぶら下がっている。エアガンの先端は突き刺さらないに違いない。

 文句を彩に付けても、状況は改善しない。BB弾をエアガンに装填し、引き金を引いてみた。ど真ん中に狙いを定めて、銃口も水平に設置して。

 弾の軌道は、予測した通りにはいかなかった。大幅に上に逸れ、最低点数の一点にヒットしたのだ。いい所を見せたい奢りが、手ブレとなって結果に表れた。

 隣で人間観察をしていた彩が、笑いをこぼした。最高得点を狙って真逆の結果になる注文通りのオーダーを完遂した陽介がおかしくてならないようだ。

「……へた……!」
「それなら、腕前を見せてくれよ。口先だけじゃないんだろ?」

 顎を突き上げ、彩の実演を催促した。野次馬で勝ち逃げされるのは、癪に障る。銃口を人に向けていいのは、撃たれる覚悟のある者だけだ。

 プラスチック弾で自信を取り戻した彼女だ、初心者ではない。父親に山まで付いていき、鹿を仕留めた後の猛者の可能性すらある。

 クラスに蔓延る『女子高生』は、口喧嘩でトップを争っている。生産性の無い議論を繰り広げ、金や友達の数でカーストを決める。血塗られた戦争の末に得た勝利は、純粋に喜べるものではない。

 この仕組みの外側にいた彩は、気まぐれと嫉妬で蹴落とされた。崖から人を突き落とすためだけに虚言を吐いたことは無いことの裏返しになる。既存のシステムに疑問を持つ心は、いつまでも維持してほしい。

 挑発をタダで勝った彩は、中心にエアガンを据えた。左手を補助的に使って、考え無しに片手で撃った陽介とは大違いだ。経験則と実力で、弾丸の落下距離を計算している。

 ……俺のなんちゃって授業より、集中してるんじゃないのか……?

 陽介が行う『授業』は、教科書を復唱して補足するオーソドックスなもの。刺激に乏しく、家で何度も読み返している彩にはつまらないものに出来上がってしまっている。基礎基本に忠実だからこそ、物足りなさが蔓延しているのだ。

 スタンスを変えるつもりはない。発展や応用を重視する効率至上主義の彼女は、度々基礎を疎かにする。踏むべきステップを飛び越して、次の段階に進んでしまう。

 武器が揃っていない段階で、ラスボスに立ち向かうとどうなるか。なけなしの魔法は役立たずで、一刀両断される。国家の英雄として国葬され、物語は終わるのだ。

 彼女の真っ黒な目は、何者にも惑わされず中心を捉えている。お情けの端数など、眼中に無い。熟練された技術を持っていると、風格も違うことを思い知らされる。

 決して太くはない指が、エアガンの引き金を引いた。よく彩のエアガンに目を凝らしてみると、陽介が手渡されたものより一回り大きい。主催者に不正を行われては、対処不可能だ。

 お辞儀をすることなく飛んでいった弾は、的の中心を逸した。横座標はアジャストしていたのだが、縦方向に大きくズレが生じていた。

「あらあら、手慣れが外したらいけないんじゃないのか?」

 初心者と大差ない腕前で、ピラミッドの頂上を奪うつもりだったのだろうか。甘い考えで生き残れるほど、銃社会は緩くない。

 偽りの実力を披露してしまったにもかかわらず、彩はすまし顔で息を吐き出した。ミッションを完遂した、ハンターの顔だ。

 流用してきたルールを確認しろ、と一瞥する暇も与えてくれなかった。

「……二十点……トリプル。……最高点だけど……?」

 弾が当たった地点は、『20』の数字のやや下側。それも、四角い小さなゾーンにピンポイントで命中させている。

 大半の的当て競技が、中心を赤色で塗っている。それもそのはず、中心を正確に射抜けば最高得点であり、全プレイヤーが狙うポイントだからだ。

 ダーツは、世にも珍しい『中心イコール最高点』の方程式が成り立たないスポーツだ。彩が自慢しているのが正しい。

 ……さっきのは、カモフラージュ……!

 真ん中を敢えて狙うフェイントを入れたことで、陽介の奢りを引き出させる算段だったのだ。思い通りに弾が行かなかった彼女を見て、横の仕返したくてうずうずしている野次馬が口をはさんで来ることを予期して。

 体力は心もとないが、参謀として手駒にしておくには最適の人材。ハローワークで、この優秀な人材をコンビニのアルバイトに取られてはならない。立派な見る目を持った経営者に拾われるその日まで、保護する必要がある。

 一発、二発、三発。彩が連射した弾は、一ずつ得点が低くなるように的を撃ち抜いていた。全て、トリプルゾーンである。アメリカの西部地方に転生しても、美しきガンマンとして全米に名を轟かせることだろう。

 凄技をやってのけても、彼女の表情は明るくならない。目から光を失っているのはいつものことだが、ちっともやる気が感じられないのは異常事態だ。

「……何を、そんなに悩んでるんだよ。BB弾専用の的じゃないと意味がない、とか?」

 能天気で、一年中陽気な気候が続くと考えている問いかけ。どのような流れでBB弾を取り出すことになったのか、完全に失念していた。

 波動を生み出す刃が、陽介の脳を焦がした。

「……高校も……、こんな風に……」
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