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急・やっぱり、わたしのターン!
しおりを挟む三度目ともなるとさすがに学習する。なんでか知らないけれど私はヘンドリックに殺されて二度目の生を終えた。目が覚めて見えた天井に何故か安堵したのは言いようのない不思議な感覚である。
「大丈夫かい?」
たった今大丈夫ではなくなった。その声を聞きながら私は思った。けれどそれを口にすることはなく目だけをそちらに向ける。
相変わらず美しい顔と銀の髪をしたヘンドリックは心配そうに私を見ている。
私にとっては三度目の出会いも彼にとっては一度目だ。前回彼に殺されたことを思い出してうっかり気を失ってしまったけれど彼にはそんなこと関係ない。前回はまた振り出しに戻ってしまったのだから。
しかしどうしたことか。無理やり婚約しても、婚約解消しようとしてもダメだった。私はどうしたら彼を幸せにできるだろうか。今度こそ、その綺麗な顔を無駄に歪ませたくない。
「あの。ヘンドリック様、」
「ん? 何かな」
「あなたの幸せとはなんですか」
「え? どうしたの急に。なんで敬語? それよりも具合はどうだい」
「え、ええ。おかげさまでもう平気、ですけど……それよりも質問に」
「そうかそれなら良かった。僕の幸せなんて今はどうでもいいだろう。強いていうなら君がなんともないことが僕の幸せだよ」
…………おかしい。ヘンドリックはこんなことを言う人ではなかったはずだ。初対面から好感度が高すぎる。ちょっと待って。
「あなた、ヘンドリックよね」
「さっき挨拶したのにもう忘れてしまったのかい?」
「いえ、……そうよね、そう。あの、一つ提案があるのだけど」
「何かな」
「私、さっき気絶して目が覚めて思ったの。この婚約はなかったことにしたいって」
「……へーえ?」
え、何この人怖い。人一人殺したような顔をしているわ。いや前回のことも含めれば確かに一人殺しているのだけど。(つまり私のことだ)
笑えない冗談を頭で浮かべるくらいには混乱している私に続けざま低い声が掛かる。優しい穏やかないつもの声が嘘のように怖い。
「それ、どういう意味? 君がこの婚約を望んだって聞いたけど」
「いや、あの、そうなのだけど、でもちょっと考え直したっていうか」
「実際に会ったら僕は君に値しない男だって思ったの?」
「えーと、そういう訳じゃ……」
「なら、どうして?」
顔は笑っているのに目が全然笑っていない。笑ってないどころか、妙な陽炎が浮かんでいるようにも見える。あれを私はどこかで見たことある。ええ。そうね、自分を誤魔化すことほど無意味なことはないわ。
あれは、二度目の死に際に見た彼の瞳と同じ色。……今度は間違えないようにしなくては。二回も殺されるというのはさすがの私でも遠慮したい。いくら相手がヘンドリックだとしてもだ。
「その方があなたのためかな、と思ったり」
きょとん、と音がしそうなほど呆気に取られた表情。あら、この人普段は凛々しいのにこんな顔もできるのね。かわいい。
「それがどうして僕のためになるの?」
「あ、あの……それは……」
「理由がないのにそんなこと言うの、僕のエリザは」
ちょっと待ってほんとに。僕のエリザって何。ヘンドリックってばどうしちゃったのかしら。え? 悪いものでも食べたの? あ、私のこと? ……なんてね。現実逃避してる場合じゃないわ。えーい、仕方がない。これは負け犬みたいで惨めだから言いたくなかったのだけど、相手が納得しないのなら言うしかなくなった。
「私、知ってるの」
「何を?」
「あなたと、子爵令嬢のこと」
よし、言ってやったわ。これで彼も納得するでしょう。そして円満にこの話はなかったことにして、彼はハッピー、私もハッピー。一番目に想像してたものとは違うハッピーエンドを探しに行こう。見つかるかはわからないけど、きっといつか見つかるわ。
なんだか未来に希望が見えてきた。そうすると不思議とわくわくするような気持ちが湧いてくる。生きていることはこんなに興味深いなんて知らなかった。
「だから?」
「だからって……、あなた、子爵家のええと、カレン様だったかしら。あの方と婚約していたのでしょう? 私はそれをぶち壊してしまったのよね。私、どうしても我慢できなくてそんなことをしてしまったけど、あなたは彼女と結婚したかったかと思ったら申し訳なくなって……」
半分くらいは本当のことだ。ぶち壊してしまったことには申し訳なさを持っていないあたり自分の性格の悪さを感じる。その部分はまあ、建前だ。
「エリザは酷い人だね」
ぴしゃりと冷水を浴びせられたかと思った。今の言葉にどこが酷い部分があったのか、私にぜひ教えて欲しい。
「また、僕を置いていくつもりなの? 僕を捨てて誰と幸せになるつもりなの? 僕はもう君のと未来しか見ていないのに?」
んんん? 幻聴かしら。不思議な言葉が聞こえてくるわ。
「……あのー、一つ質問が」
「今日のエリザは聞きたがりだね。いいよ、なにかな? これに答えたら君も答えてくれよ」
そうか、じゃあこの質問は慎重に選ばなくてはいけない。と思いつつも聞きたいことは決まっていた。疑問は他にもあるけれど知りたいのは一つだけ。
「あなたは、私と幸せになりたいの?」
ヘンドリックは一度目を大きく見開くと、すぐに蕩けそうな顔になって笑った。
「もちろん。君以外のものは何もいらない」
何がどうしてこうなったのか。全然、ぜんっぜんわからないけど。
彼が幸せそうに笑うので、私もつられて笑った。
結局婚約はそのまま成立して私は彼と結婚した。一度目とは違い彼の表情はいつも甘くとけて、なんだか私は鏡を見ている気がした。私もこんな顔をしているのだろう。
ああ、やっぱり彼は素敵な人だわ。こんなことを思うのは彼以外にいない。
思いが通じて私は必要以上に悋気することがなくなった。むしろヘンドリックの方が何かにつけて口を出すようになったくらいだ。でも私はどこに行っても嫌われ者の公爵令嬢だから、そんなに心配することもないのにとは思っている。けど、そういう彼も新鮮で、ますます好きになる。
「エリザベート、はい」
ぎゅっと握られた手のひらの温度が、とても気持ち良くて心地よい。私はこの手をもう二度と離さない。
「愛してるわ、ヘンドリック」
「僕もだ、エリザベート」
──もう、離さないよ。
銀の髪をした男は、そうしてうっそりと笑うのだった。
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