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第六章

色欲の王

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『!!』

当たりをつけていた『三つ頭』の『真名』を口にした途端、大きな目が驚愕から極限まで見開かれた。

『なっ……何故!私の『真名』を!?』

…やはり正解だったみたいだ。

ついさっきまでの慇懃無礼な言動を引っ込め、不快感を露わにする七大君主の一柱、「色欲」を司るアスモデウスからどす黒い瘴気が噴き上がる。

それも当然だろう。『真名』は、黒の精霊悪魔にとって相手の力や地位が下、または拮抗していれば命の主導権イニシアチブを取られかねない重要なものだ。

故に、高位悪魔に対して下位悪魔は不敬にならない様に敬称を口にし、同位悪魔同士は渾名で呼び合うのだ。

魔界以外の者達が悪魔召喚する時も然りで、『格』に見合わない者の場合、召喚の際『真名』を口にすれば、問答無用で殺されてしまったりする。ましてや、うっかり契約前に己の『真名』を告げてしまえば……。

俺がベルを召喚してしまった時が良い例で、「バカで無知で粗忽なお前だから、また同じ事しでかさねぇように」と、以前ベルに聞かされたのだった。

『今の場合は、『王』であるベルの威を借りての暴挙で、召喚もしていないのに不敬にも『たかが人間」が『王』の真名を呼び捨てた……といった所だろうな』

どう考えても瞬殺決定の暴挙だ。本当ならベルの威を借りてでもやりたくなかったが、これ以上この悪魔のセクハラ発言を聞いているのは、精神衛生的に耐えられなかったんだ。すまん。後でしっかり怒られるから、許せベル!

『!そうか……。貴様が私の名を教えたか、『ベリアル』!!』

予期しなかった事態に憤っていたアスモデウスは、俺を睨みながらベルの真名を叫んだ。

すると攻撃を予感したのか、背後からも禍々しいベルの魔力が噴き出したのが分かる。

一触即発。だがここで俺はふと、重要な可能性に気が付き、肌を粟立たせた。

――この激昂っぷり。ひょっとしたら俺達だけではなく、王様達に害を為すかもしれない…!!

もしそうだとしたら、その怒りを俺のみにぶつけるようにしなくてはならない。

多少緊張しながら、俺は怯むものかと強く一つ目を睨み付け、大声を上げてアスモデウスの疑惑を否定した。

「ベルじゃない!俺が目にした事のある貴方の描写、そして『三つ頭』という呼び名で想定したんだ!!」

『……何だと!?』

「それだけじゃない。司る『色欲カルマ』そのものな言動で、間違いないと確信した!」

『!!』

そう、『色欲』を司っていればこその、あのセクハラ発言の数々だよ。未だに鳥肌治らねーもん。

「……非礼なのは承知している。けれど、貴方も俺に非礼を働いていますよね?俺は約束通り姿を見せた。だからもう、貴方も約束を守って魔界にお帰り願います」

アスモデウスの目から視線を逸らさず、俺はキッパリとそう言い切った。

すると、怒りで血走り瞳孔の細まっていた目に驚きの色が浮かんだかと思うと、数秒も経たぬ内に変化した。

眇めた朱紫に浮かんだのは、喜悦……?

『……ふふふ……!成る程ねぇ、これは盲点だった。そうか……君はソロモンが生まれし地球からの『界渡り』だったのか!だからこその、稀有な魂とその『力』……』

「えっ!?」

今度は俺が驚く番だった。何故?何処で前世を言い当てる情報があったのだろうか…と動揺する俺に、巨大な一つ目がきゅう…と更に細まった。

『ふふ……。君の『目』に見つめられながら名を呼ばれるのは、とても甘美だ。まさに得がたき珠玉……!本気で気に入ったよ、麗しき人』

目にも声にも、怒りは跡形もなく霧散している。代わりに、それらは淫雑な欲望に染まって俺に食らいつこうと牙を剥き出した。

「あ……っ!?」

まずい、圧迫感に金縛りにあったみたいに、一つ目から視線が離せなくなって……いや、これは……思考が絡め取られ……!?

『麗しきわが珠玉よ……いずれ、真の姿で相まみえるのを楽しみに……』

「失せろ!!」

アスモデウスの『言霊』を鋭く断ち切ったのはベルの怒声だった。ほぼ同時に放たれた焔の矢が『一つ目』と寄生した鴉のヒナラウルの核を貫き、爆風を巻き起こす。

「べ、ベル!?」

はっと意識がクリアになって、次に突然の攻撃に狼狽する。
だが見上げた俺と目を合わせず、ベルは焔の矢が刺さった場所を睨み付けていた。

「ゲス野郎が……!!逃げ足の早さは相変わらずみてぇだな」

心底忌々しいと吐き捨てるベルの視線を追えば、貫かれたと思った黒い手も黒いヒナも忽然と消え去っていた。

『ふふふ……時間切れの瞬間を狙うとは……。流石はベリアル、えげつない奴だよ』

泡沫のようなアスモデウスの『声』。それが耳からではなく脳に響いてくる。彼の一柱が与える影響を払拭するかのように、ベルは俺を強く抱き締めた。

『ベリアル。今は珠玉を預けておくけれど、いずれ……必ず私が手に入れる。その時が、今から待ち遠しいねぇ……』

不穏な言葉を最後に『声』は唐突にと途切れ、気配も何もかもが消失したのだった。
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