189 / 194
第六章
色欲の王
しおりを挟む
『!!』
当たりをつけていた『三つ頭』の『真名』を口にした途端、大きな目が驚愕から極限まで見開かれた。
『なっ……何故!私の『真名』を!?』
…やはり正解だったみたいだ。
ついさっきまでの慇懃無礼な言動を引っ込め、不快感を露わにする七大君主の一柱、「色欲」を司るアスモデウスからどす黒い瘴気が噴き上がる。
それも当然だろう。『真名』は、黒の精霊にとって相手の力や地位が下、または拮抗していれば命の主導権を取られかねない重要なものだ。
故に、高位悪魔に対して下位悪魔は不敬にならない様に敬称を口にし、同位悪魔同士は渾名で呼び合うのだ。
魔界以外の者達が悪魔召喚する時も然りで、『格』に見合わない者の場合、召喚の際『真名』を口にすれば、問答無用で殺されてしまったりする。ましてや、うっかり契約前に己の『真名』を告げてしまえば……。
俺がベルを召喚してしまった時が良い例で、「バカで無知で粗忽なお前だから、また同じ事しでかさねぇように」と、以前ベルに聞かされたのだった。
『今の場合は、『王』であるベルの威を借りての暴挙で、召喚もしていないのに不敬にも『たかが人間」が『王』の真名を呼び捨てた……といった所だろうな』
どう考えても瞬殺決定の暴挙だ。本当ならベルの威を借りてでもやりたくなかったが、これ以上この悪魔のセクハラ発言を聞いているのは、精神衛生的に耐えられなかったんだ。すまん。後でしっかり怒られるから、許せベル!
『!そうか……。貴様が私の名を教えたか、『ベリアル』!!』
予期しなかった事態に憤っていたアスモデウスは、俺を睨みながらベルの真名を叫んだ。
すると攻撃を予感したのか、背後からも禍々しいベルの魔力が噴き出したのが分かる。
一触即発。だがここで俺はふと、重要な可能性に気が付き、肌を粟立たせた。
――この激昂っぷり。ひょっとしたら俺達だけではなく、王様達に害を為すかもしれない…!!
もしそうだとしたら、その怒りを俺のみにぶつけるようにしなくてはならない。
多少緊張しながら、俺は怯むものかと強く一つ目を睨み付け、大声を上げてアスモデウスの疑惑を否定した。
「ベルじゃない!俺が目にした事のある貴方の描写、そして『三つ頭』という呼び名で想定したんだ!!」
『……何だと!?』
「それだけじゃない。司る『色欲』そのものな言動で、間違いないと確信した!」
『!!』
そう、『色欲』を司っていればこその、あのセクハラ発言の数々だよ。未だに鳥肌治らねーもん。
「……非礼なのは承知している。けれど、貴方も俺に非礼を働いていますよね?俺は約束通り姿を見せた。だからもう、貴方も約束を守って魔界にお帰り願います」
アスモデウスの目から視線を逸らさず、俺はキッパリとそう言い切った。
すると、怒りで血走り瞳孔の細まっていた目に驚きの色が浮かんだかと思うと、数秒も経たぬ内に変化した。
眇めた朱紫に浮かんだのは、喜悦……?
『……ふふふ……!成る程ねぇ、これは盲点だった。そうか……君はソロモンが生まれし地球からの『界渡り』だったのか!だからこその、稀有な魂とその『力』……』
「えっ!?」
今度は俺が驚く番だった。何故?何処で前世を言い当てる情報があったのだろうか…と動揺する俺に、巨大な一つ目がきゅう…と更に細まった。
『ふふ……。君の『目』に見つめられながら名を呼ばれるのは、とても甘美だ。まさに得がたき珠玉……!本気で気に入ったよ、麗しき人』
目にも声にも、怒りは跡形もなく霧散している。代わりに、それらは淫雑な欲望に染まって俺に食らいつこうと牙を剥き出した。
「あ……っ!?」
まずい、圧迫感に金縛りにあったみたいに、一つ目から視線が離せなくなって……いや、これは……思考が絡め取られ……!?
『麗しきわが珠玉よ……いずれ、真の姿で相まみえるのを楽しみに……』
「失せろ!!」
アスモデウスの『言霊』を鋭く断ち切ったのはベルの怒声だった。ほぼ同時に放たれた焔の矢が『一つ目』と寄生した鴉のヒナを貫き、爆風を巻き起こす。
「べ、ベル!?」
はっと意識がクリアになって、次に突然の攻撃に狼狽する。
だが見上げた俺と目を合わせず、ベルは焔の矢が刺さった場所を睨み付けていた。
「ゲス野郎が……!!逃げ足の早さは相変わらずみてぇだな」
心底忌々しいと吐き捨てるベルの視線を追えば、貫かれたと思った黒い手も黒いヒナも忽然と消え去っていた。
『ふふふ……時間切れの瞬間を狙うとは……。流石はベリアル、えげつない奴だよ』
泡沫のようなアスモデウスの『声』。それが耳からではなく脳に響いてくる。彼の一柱が与える影響を払拭するかのように、ベルは俺を強く抱き締めた。
『ベリアル。今は珠玉を預けておくけれど、いずれ……必ず私が手に入れる。その時が、今から待ち遠しいねぇ……』
不穏な言葉を最後に『声』は唐突にと途切れ、気配も何もかもが消失したのだった。
当たりをつけていた『三つ頭』の『真名』を口にした途端、大きな目が驚愕から極限まで見開かれた。
『なっ……何故!私の『真名』を!?』
…やはり正解だったみたいだ。
ついさっきまでの慇懃無礼な言動を引っ込め、不快感を露わにする七大君主の一柱、「色欲」を司るアスモデウスからどす黒い瘴気が噴き上がる。
それも当然だろう。『真名』は、黒の精霊にとって相手の力や地位が下、または拮抗していれば命の主導権を取られかねない重要なものだ。
故に、高位悪魔に対して下位悪魔は不敬にならない様に敬称を口にし、同位悪魔同士は渾名で呼び合うのだ。
魔界以外の者達が悪魔召喚する時も然りで、『格』に見合わない者の場合、召喚の際『真名』を口にすれば、問答無用で殺されてしまったりする。ましてや、うっかり契約前に己の『真名』を告げてしまえば……。
俺がベルを召喚してしまった時が良い例で、「バカで無知で粗忽なお前だから、また同じ事しでかさねぇように」と、以前ベルに聞かされたのだった。
『今の場合は、『王』であるベルの威を借りての暴挙で、召喚もしていないのに不敬にも『たかが人間」が『王』の真名を呼び捨てた……といった所だろうな』
どう考えても瞬殺決定の暴挙だ。本当ならベルの威を借りてでもやりたくなかったが、これ以上この悪魔のセクハラ発言を聞いているのは、精神衛生的に耐えられなかったんだ。すまん。後でしっかり怒られるから、許せベル!
『!そうか……。貴様が私の名を教えたか、『ベリアル』!!』
予期しなかった事態に憤っていたアスモデウスは、俺を睨みながらベルの真名を叫んだ。
すると攻撃を予感したのか、背後からも禍々しいベルの魔力が噴き出したのが分かる。
一触即発。だがここで俺はふと、重要な可能性に気が付き、肌を粟立たせた。
――この激昂っぷり。ひょっとしたら俺達だけではなく、王様達に害を為すかもしれない…!!
もしそうだとしたら、その怒りを俺のみにぶつけるようにしなくてはならない。
多少緊張しながら、俺は怯むものかと強く一つ目を睨み付け、大声を上げてアスモデウスの疑惑を否定した。
「ベルじゃない!俺が目にした事のある貴方の描写、そして『三つ頭』という呼び名で想定したんだ!!」
『……何だと!?』
「それだけじゃない。司る『色欲』そのものな言動で、間違いないと確信した!」
『!!』
そう、『色欲』を司っていればこその、あのセクハラ発言の数々だよ。未だに鳥肌治らねーもん。
「……非礼なのは承知している。けれど、貴方も俺に非礼を働いていますよね?俺は約束通り姿を見せた。だからもう、貴方も約束を守って魔界にお帰り願います」
アスモデウスの目から視線を逸らさず、俺はキッパリとそう言い切った。
すると、怒りで血走り瞳孔の細まっていた目に驚きの色が浮かんだかと思うと、数秒も経たぬ内に変化した。
眇めた朱紫に浮かんだのは、喜悦……?
『……ふふふ……!成る程ねぇ、これは盲点だった。そうか……君はソロモンが生まれし地球からの『界渡り』だったのか!だからこその、稀有な魂とその『力』……』
「えっ!?」
今度は俺が驚く番だった。何故?何処で前世を言い当てる情報があったのだろうか…と動揺する俺に、巨大な一つ目がきゅう…と更に細まった。
『ふふ……。君の『目』に見つめられながら名を呼ばれるのは、とても甘美だ。まさに得がたき珠玉……!本気で気に入ったよ、麗しき人』
目にも声にも、怒りは跡形もなく霧散している。代わりに、それらは淫雑な欲望に染まって俺に食らいつこうと牙を剥き出した。
「あ……っ!?」
まずい、圧迫感に金縛りにあったみたいに、一つ目から視線が離せなくなって……いや、これは……思考が絡め取られ……!?
『麗しきわが珠玉よ……いずれ、真の姿で相まみえるのを楽しみに……』
「失せろ!!」
アスモデウスの『言霊』を鋭く断ち切ったのはベルの怒声だった。ほぼ同時に放たれた焔の矢が『一つ目』と寄生した鴉のヒナを貫き、爆風を巻き起こす。
「べ、ベル!?」
はっと意識がクリアになって、次に突然の攻撃に狼狽する。
だが見上げた俺と目を合わせず、ベルは焔の矢が刺さった場所を睨み付けていた。
「ゲス野郎が……!!逃げ足の早さは相変わらずみてぇだな」
心底忌々しいと吐き捨てるベルの視線を追えば、貫かれたと思った黒い手も黒いヒナも忽然と消え去っていた。
『ふふふ……時間切れの瞬間を狙うとは……。流石はベリアル、えげつない奴だよ』
泡沫のようなアスモデウスの『声』。それが耳からではなく脳に響いてくる。彼の一柱が与える影響を払拭するかのように、ベルは俺を強く抱き締めた。
『ベリアル。今は珠玉を預けておくけれど、いずれ……必ず私が手に入れる。その時が、今から待ち遠しいねぇ……』
不穏な言葉を最後に『声』は唐突にと途切れ、気配も何もかもが消失したのだった。
15
お気に入りに追加
937
あなたにおすすめの小説
異世界転生して病んじゃったコの話
るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。
これからどうしよう…
あれ、僕嫌われてる…?
あ、れ…?
もう、わかんないや。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
異世界転生して、病んじゃったコの話
嫌われ→総愛され
性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…
【本編完結】まさか、クズ恋人に捨てられた不憫主人公(後からヒーローに溺愛される)の小説に出てくる当て馬悪役王妃になってました。
花かつお
BL
気づけば男しかいない国の高位貴族に転生した僕は、成長すると、その国の王妃となり、この世界では人間の体に魔力が存在しており、その魔力により男でも子供が授かるのだが、僕と夫となる王とは物凄く魔力相性が良くなく中々、子供が出来ない。それでも諦めず努力したら、ついに妊娠したその時に何と!?まさか前世で読んだBl小説『シークレット・ガーデン~カッコウの庭~』の恋人に捨てられた儚げ不憫受け主人公を助けるヒーローが自分の夫であると気づいた。そして主人公の元クズ恋人の前で主人公が自分の子供を身ごもったと宣言してる所に遭遇。あの小説の通りなら、自分は当て馬悪役王妃として断罪されてしまう話だったと思い出した僕は、小説の話から逃げる為に地方貴族に下賜される事を望み王宮から脱出をするのだった。
【魔導具師マリオンの誤解】 ~陰謀で幼馴染みの王子に追放されたけど美味しいごはんともふもふに夢中なので必死で探されても知らんぷりします
真義あさひ
BL
だいたいタイトル通りの前世からの因縁カプもの、剣聖王子×可憐な錬金魔導具師の幼馴染みライトBL。
攻の王子はとりあえず頑張れと応援してやってください……w
◇◇◇
「マリオン・ブルー。貴様のような能無しはこの誉れある研究学園には必要ない! 本日をもって退学処分を言い渡す!」
マリオンはいくつもコンクールで受賞している優秀な魔導具師だ。業績を見込まれて幼馴染みの他国の王子に研究学園の講師として招かれたのだが……なぜか生徒に間違われ、自分を呼び寄せたはずの王子からは嫌がらせのオンパレード。
ついに退学の追放処分まで言い渡されて意味がわからない。
(だから僕は学生じゃないよ、講師! 追放するなら退学じゃなくて解雇でしょ!?)
マリオンにとって王子は初恋の人だ。幼い頃みたく仲良くしたいのに王子はマリオンの話を聞いてくれない。
王子から大切なものを踏みつけられ、傷つけられて折れた心を抱え泣きながら逃げ出すことになる。
だがそれはすべて誤解だった。王子は偽物で、本物は事情があって学園には通っていなかったのだ。
事態を知った王子は必死でマリオンを探し始めたが、マリオンは戻るつもりはなかった。
もふもふドラゴンの友達と一緒だし、潜伏先では綺麗なお姉さんたちに匿われて毎日ごはんもおいしい。
だがマリオンは知らない。
「これぐらいで諦められるなら、俺は転生してまで追いかけてないんだよ!」
王子と自分は前世からずーっと同じような追いかけっこを繰り返していたのだ。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました
大森deばふ
BL
ユランは、幼馴染みのエイダールが小さい頃から大好き。 保護者気分のエイダール(六歳年上)に彼の恋心は届くのか。
基本は思い込み空回り系コメディ。
他の男にかっ攫われそうになったり、事件に巻き込まれたりしつつ、のろのろと愛を育んで……濃密なあれやこれやは、行間を読むしか。←
魔法ありのゆるゆる異世界、設定も勿論ゆるゆる。
長くなったので短編から長編に表示変更、R18は行方をくらましたのでR15に。
俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜
明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。
しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。
それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。
だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。
流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…?
エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか?
そして、キースの本当の気持ちは?
分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです!
※R指定は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる