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第六章

やっと入城

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砦である大門を通ると、先ずは人の住まない郊外を抜け、それから小高い場所に建つ見た目オスマン帝国風の宮殿をぐるりと囲うように、これまたオスマン帝国風の城下町が広がっている。

『結構距離あるなぁ』

本来ならば火竜《サラマンダー》で城下町手前まで入り、そこから輿で宮殿まで行く予定だったらしい。

けれど『俺』というイレギュラーが加わった事で、残っていた火竜《サラマンダー》は全て隠され、やむ無く人力になったとバティルが嫌味満載で説明してくれた。

「ここから宮殿までは約一時間ほど掛かる、誰か・・の所為でな。だが、約束は約束。特使殿の『ささやかな条件』を叶える為、先触れとして使い魔を宮殿に飛ばしておいた」

「俺と国王達の謁見を大幅に遅らせない様に、か。殊勝な心掛けだ、褒めてやってもいい」

うぉい!だから嫌味をものともせず、超上から目線ベル様バージョン止めろって!バティルの青筋がヤバい事になってるから!!

兎に角、バティルの輿は先頭、シェンナ姫の輿はその後ろに続いて出発した。俺とザビア将軍は不測の事態を想定して徒歩を選択し、俺達用の輿には侍女達が代わりに乗っている。

少しだけ続いた無人の土地を進むと、土精霊ノームの恩恵か木々や緑が多くなり、地形を上手く使って建てられた王都の街並みが現れる。

黄昏時の空には赤さが残るが、地上には闇が広がっていく。

そんな沈んだ太陽のかわりに、街道に沿って設置されている灯籠が淡い光で道筋を照らしていた。普通に観光客として訪れていたら、幻想的だと感動したかもしれない光景だった。

石造りの家々の前には、オンタリオの住民達が通り過ぎる一行に平伏している。顔を決して上げず、蹲る彼らからは怯えと恐怖が滲んでいて、最初は俺への警戒なのかと思ったが…どうも様子がおかしい。

『姫の輿入れが政略的なものだから、歓迎ムードじゃなくても不思議はないけど。….首都なのに、この澱んだ雰囲気は何だ?』

俺と同じで街の様子に違和感を感じているんだろう。ザビア将軍も顔が益々険しくなっている。異様な空気の中、バティル達と俺達一行は黙々と宮殿へ向かっていった。

『…あ』

空を見上げてみると、陽光に隠れていた月が低い位置に浮かんでいた。残っていた赤を啜り飲んだ様な…大きな満月が。

地球と月の距離が最も縮まる時の…確かこんな満月を「スーパームーン」と呼んでいた。前世では凄い綺麗だな位しか思ってなかったし、深夜過ぎに一番大きく見えて、光も強くなるって聞いた事がある。それだけだった。

けれどこの世界では「月」の意味合いは全く違う。

新月と満月が放つ魔力は真逆なのだと、幼い頃ベハティ母さんに教わった。

地上の生きとし生けるものに良い魔力の影響を与えるのが新月。逆に悪い影響を与えるのが満月なのだと。

『そして、『魔』に連なるモノ全てにおいて、満月は恵みの力となる』

ベルが何の脈略もなく『今夜は満月だ』と言ったとさっきは思ったけど、きっと違う。胸の内にじわじわと広がる不安に、俺は今だけ気づかないふりをした。





一時間程で宮殿に到着した俺達は、一旦バティルと別れる事となった。急遽決まった王達との謁見の準備だから、早くても四、五時間を見て欲しいと告げられ、付けられた案内人と別の場所へ移動する。

そして待機場所として充てがわれたのがここ、奥御殿だった。宮殿の後宮でも更に奥に建てられている場所で、一番下の側室用らしい…とは、一度この国に訪れた事のあるザビア将軍情報である。

「仮にも輿入れした一国の姫に、このような扱いを…!」

案内された場所に気づき、最初は自分の大事な妹を侮られたと憤りを抑えられないザビア将軍だったけど、あくまで仮の措置だし、『俺』って危険分子をなるべく遠くに配置したいんだろうからと怒りの矛を収めてもらった。

今現在使用されていない宮らしいが、清掃も行き届いていて十分に豪奢だし、何より主賓の間には軽食や飲み物が用意されている。更に浴室に続く寝室には、姫の着替えや化粧品等もちゃんと揃えられていた。

けれど、要件を伝えたらすぐ立ち去ると思っていた案内人が「姫の警護として騎士たちを室内に」と言ってきた。

『一体何の警護だよ。監視の間違いだろ!?』

と、俺は心で突っ込みながら「結構だ」と速攻お断りしたのだが、「ならば姫のお世話をする侍女を…」と食い下がってきた。うざかったので、さっさと奥御殿の内側に防御結界を張ってしまった。

悪意を持つものは勿論、隠密スキル持ちの『影』だろうが潜り込めない強固なそれに、扉の前にいた案内人は早々弾かれてしまった。「謁見の時間になったら呼びに来い」と言って扉を閉めると外で何やら喚いていたが、無視だ無視。

ちなみに飲食物は、ベルに毒の類が入ってないか調べて貰って(毒味ともいう)安全を確認してから皆で頂いた。本蛇はゴブレットに注いだ水や酒を舐め、果物軽食を一通り齧った後、『お前の飯の方が旨い』と言って長椅子でトグロを巻いてふんぞり返ってる。

…うん、助かったけどさ…もうちょっとやり方をさ…配慮してくれよ。

そう内心愚痴りつつ、俺はベルが齧ってはペッとして食べ散らかした物を、姫達が手をつける前に責任持って処分した。
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