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第六章

黒い石

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「…っ!」

肩が揺れ、四肢へと緊張が走る。咄嗟に体術の構えをとろうとする本能を、寸での所で留めた。

ぞわり…ずるりと、神経を逆撫でする不快感。この感覚を、俺は知っている。

『アイツの杖…いや、あの黒い石!?』

ただの飾りだと思っていたそれから、いきなり黒い魔力…と言うより瘴気が溢れ出てきたのだ。しかもよく目を凝らしてみれば、感覚だけではなく視覚でもお目にかかったことがある『モノ』と知れた。

そう…グリフォンの身体に絡みついていた、蠢く文字みたいな模様。生命を吸い取る『呪い』にほかならない。

だが、神殿で目にした『モノ』とは比較にならない強大な瘴気だ。黒石から這い出すそれは、沼地に湧く蛭みたいに蠢いている。

正に「発動した」と表現するのがぴったり当て嵌まって、不意に杖を睨んでいたベルの言葉が脳裏に蘇った。

当の本蛇は、未だ沈黙を守って俺の首に巻きついている。が、不愉快そうに杖を睨め付け、シュー…ッと喉で空気を震わせていた。

『そうか…正にアレが、グリフォンに掛けられた『呪い』の根源…!』

どうやら、持ち主であるバティルと俺以外それを可視出来る者は居ないみたいだ。ラシャド達は、あれだけ溢れている瘴気などお構いなしに、纏う空気が鋭くなった俺に全集中し臨戦体制をとっている。

「ふふ…。魅了師殿には『これ』が見えるようだな」

バティルは自分の杖に埋め込まれた黒石を無言でじっと見つめていたが、俺が初めて見せた動揺を目にした途端、ニヤリと嫌な笑いを浮かべた。次いでまたちらと杖の石を流し見てから、わざとらしく首を傾げる。

「今しがた、貴殿は『治す手立てがある』と言ったが…。はて?それはどの様な方法なのか、是非とも教えて頂きたい」

バティルの言葉に呼応して、嘲笑う様に『呪い』の触手がうねる。途端、禍々しさが膨れて漆黒が増したのを感じて小さく息を呑んだ。

『黒石が鼓動している…?』

まるで何かを吸収したかのように。なんだ?今、こいつ何しやがった!?

「おや?少し吸収する勢い・・・・・・をつけすぎたか」

「勢い…」

『呪い』が繋がっている先は、砂漠と山を越えた先にあるカルカンヌ国の...。つまり、グリフォンの生命力をわざと多く吸い取ったと告げるバティルに、腹の中がぐらりと沸たった。

『この、野郎!!』

カルカンヌの神殿で苦しんでいたグリフォンの姿が目の裏に浮かぶ。じわじわと搾り取られる生命力は、『呪い』への抵抗力レジストも低下させている。だから今、どれ程の苦痛が心身を襲ったのかは想像に難くない。

スカしていた目の前の男に、自分の挑発が明確に効いてる。その事実が愉しいのだろう。余裕を取り戻したバティルは、黙ったままの俺に目を細め、楽しそうに喉を鳴らした。

「どうやら聖獣様の寿命もあと僅か。手立ての甲斐なく尽きてしまうだろうかなぁ?魅了師殿」

「…下衆が…!」

知らず、空いている拳を固く握りしめる。コイツの…黒石呪いの所為で、グリフォンは…!

冷静であれ、主導権イニシアチブを奪われるなと頭の片隅で自制が喚いてる。分かってる、分かってるんだ。けれど…。

俺への敵意だったらどうにか出来た。けど、関わりを持った者が目の前で甚振られていて、鋼の冷静さを保てる程俺は強くない。

そうだ。バティルが持つ杖に嵌め込まれた黒石。アレを壊せれば…グリフォンを雁字搦めにしている『呪い』から解き放てるじゃないか。

迷う必要はない。直ぐにでも楽にしてやれる。

俺の視線は真っ直ぐに杖へと注がれる。そして、すうっと人差し指をあげ、ほぼ無意識に攻撃魔法を唱えていた。

『紅の炎よ。全てを焼き尽くす業火を…』

だが、唱えていた詠唱は途切れてしまった。なぜなら突如鋭い痛みが上げた腕に襲いかかったからだ。脳天まで届いた衝撃に息が詰まり、驚きで我に返った俺の目に映ったのは、いつの間にか腕に絡みつき、鋭い牙で噛み付いていた黒蛇ベルだった。

「べ…」

牙を喰い込ませながら、ベルの双眼が戸惑う俺を睨みつけている。それらは『何やってんだ阿呆!冷静になりやがれ!』と能弁に語っていて、ようやく自分がやらかそうとした愚行に気づき、血の気が瞬時に下がった。

『あ、あっぶねー!ほんと、何やってんだよ俺!?』

確かに俺は精神的に未熟だけど、憤る気持ちが膨れ上がって我を忘れかけるなんて、明らかにおかしい。しかも、後先考えずに攻撃しようとか有り得ないだろう。

『……あの禍々しい『呪い』の瘴気に当てられた…誘導された、のか?』

「貴殿の矮小な使い魔は中々に賢い。主を引き留めてくれるとは」

聞こえた声にハッとなって顔を向けると、バティルは心なし青ざめた顔を引き攣らせ、それでも皮肉気に口端を上げていた。ラシャドも顔色は悪いが闘気を保っているし、体の構えも健在だ。

けれど、俺の怒気は部下の何人かを腰砕けにしていた様で、砂上に尻餅をつき、顔面蒼白で激しく震えている。もしかしなくても、感情が昂って『目』の力がだだ漏れていたらしい。

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