上 下
155 / 194
第六章

挑発

しおりを挟む
「…どうやらご不満のようだ」

多分だが、俺が是と言わないと分かっていたのだろう。

動揺する様子もなく(後ろの部下達は違うけど)、貼り付けた微笑はそのままだった。
但し、双眼の発する嫌な魔力は強まったけど。

「それでは、可か否かを決める前にお聞きする。貴殿が姫に随行する目的とは?」

…まあ確かに、伝説級の魅了師である『黒の魅了師』が、わざわざここまでこうしてやってくる事自体、疑問なのだろう。ましてや、言ってしまえば死に体もいい所の国に加担する形で。

「ゲイルガと言う男にも、そこのラシャドとやらにも懇切丁寧に伝えたんだがな。いい加減繰り返すのもうんざりするが…仕方ないか」

俺は苛ついたように杖を砂へ突き刺すと、ふうと溜息を吐いた。

どうでもいいけど、『黒の魅了師』ベルバージョンは唯我独尊の演技しなくちゃだから、気を張るし真面目に疲れる!

あちらはあちらで、俺の態度を見て、自分達が馬鹿にされていると思ったのか、物凄い形相で殺気を放っている。

ってか、馬鹿にしたんじゃなくて、真面目に疲れたんだよ!……と、更に溜息を一つついた。
殺気が更に膨れ上がったが知った事か。

「俺は見届け人だ。但しカルカンヌ王国ではなく、縁あるグリフォンのな」

「ほぅ…。かの幻獣が貴殿を遣わしたと?」

少し驚いた風のバティルに、俺は小さく頷いた。

「そちらの強引な要求を呑む為、カルカンヌの王に依頼され姫を『保護』した際に頼まれた。輿入れに同行し、オンタリオが彼女をどう扱うのかを見極めろと」

「…見極めるとは、どういう意味か」

俺の説明に不穏なものを感じ取ったか、バティルの顔から笑みが消えて眉間にも皺が寄る。
グリフォンの名を出してからこいつの態度が明らかに変わったけど、俺は無関心を装って言葉を続けていった。

「そのままの意味だ。婚儀の前に国王と王太子に、俺からの質疑に答えて貰う。そして俺が満足すれば姫をそちらに委ね、火竜サラマンダーの使役も解こう。だが逆なら、姫の輿入れは取り止め帰還も辞さない」

「なに…!?」

俺から出たとんでもない提示に、冷静を保っていたバティルも流石に唖然となった。

勿論ラシャド達は、殺気と怒気を更に大きくさせ口々に俺を罵っている。さて、挑発もここからが本番だ。

「因みに、火竜サラマンダーだけじゃないぞ。姫にも俺の『魅了』がかかっている。それも特別に強いヤツがな」

「…貴様…っ」

おや、遂に「貴殿」が「貴様」になりましたか。
漸くこいつバティルの本性が出てきたな。俺は更に、ベルと打ち合わせた通りの恫喝を口にした。

「俺が納得しなければ解く事はない。火竜あいつらを使役していた奴では、破るのはまず無理だろうし、より高位の『魅了師』を飼っていたとしても難しいだろうよ」

「っ…!一介の魅了師風情が、黙って聞いていれば…!」

言外に能力を貶められたと感じたのだろう。バティルの身体から薄く陽炎のような魔力が立ちあがり、杖を握っている手の甲に血管が浮き出た。

というか、『黒の魅了師』って、一介の魅了師じゃないよね?自分が魅了師だったら、それぐらい分かっているよね?

ひょっとしてこいつ、根底ではまだ俺の正体、疑っていたのかな?まあ実際、偽物なんだけど…。

『う~ん、こりゃあ相当怒らせたな…。ここまできたら突き進むしかないんだろうけど、マジで心臓に悪い!』

ぶっちゃけると、俺がここまで強気に出ているのは、「姫」という主導権イニシアチブはこちらが握っていると分からせ、交渉権をバティルに握らせない為だった。

そして、あえて遠慮なく挑発するのも「勝てる奥の手があるんだぞ」と匂わせ、攻撃の意思を抑制するって狙いがある。

「グリフォンは不治の病・・・・を得ておりじきに死ぬ身。なのに、一体貴様に何の得があると言うのだ!どんな対価をアレから受けたと…」

バティルの冷静さが抜け落ち、隠せなくなった敵意を剥き出してきた。

俺の方も、「グリフォンが呪いに冒され、死の淵にいるとお前が何故知っている!?」…と、怒鳴りたいのを何とか堪える。

「治す手立てがある…と言ったら?」

そうだ。俺が姫達のお供でここに来たのは、グリフォンを治癒・・する為でもあるのだから。

被せるように放った俺の言葉に、ピクッとバティルの眉尻が動いた。次の瞬間。

『――!?』

バティルの杖に埋め込まれた黒い魔石。其処から唐突に感じたおぞましい悪寒に、俺は全身を粟立たせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

処理中です...