上 下
81 / 194
第三章

こういう所だろうな

しおりを挟む
『いや、ひょっとして試験そのものは口実で、ユキヤの能力を見極めたいだけなのかもしれないな』

だいたい、まだ召喚士どころか魔法を使う事もままならぬ素人同然の子供に、代わりに仕事をさせるなんて、いくらあのウォレンでも普通はさせないだろう。
そもそも失敗したらどうするのか。魅了師の頂点とも称される『黒の魅了師』の名を汚す事になるのに。

…まあ、自分の評判に頓着の無い奴だから、単純にそれはどうでも良いのかもしれない。だが、受けた仕事をキッチリこなすだけの矜持は持っていると思っていたのだが…。

思考の海に身を投じていたベハティだったが、ハタと顔を上げ辛抱強く反応を待っていたウェズレイに問いかけた。

「そういえば、セオドアはどうした?流石にもう帰って来ていると思ったのだが」

「…セオドアは、第一王子ランスロット様のお見舞いで、城に駐留しております」

途端、ウェズレイが苦々し気にそう吐き捨てた。

――ああ、そう言えばそうだった。

第一王子であるランスロットは、『上級悪魔から自分の婚約者候補であるユキヤを庇って攻撃を受け、重傷を負った』とされているのだ。

多分、『息子を庇って大切な王子が傷付いた』事を盾に、未だにセオドアに熱を上げている王族共が、ここぞとばかりにセオドアを帰そうとしないのだろう。

ユキヤ本人から城から逃げた経緯を聞いていたから、自分は真実は違うと知っている。ユキヤがベルと逃げた時、あの王子様はピンピンしていたらしいから、信憑性を高める為に自分自身で怪我を負ったのだろう。

『魔力無しなのを十分承知した上で、身を呈して婚約者を掬おうとした』…と、その噂は瞬く間に国中へと広がった。

我が身を顧みぬ献身っぷりに、元々の人望も相まって第一王子は『悲劇の王子』として民衆から同情と称賛の声が上がっている。

その一方で、貴族達からは「やはり魔力無しではこういう時に役に立たない」という声が多く上がり、第二王子の失態で勢いづきかけた第一王子派を沈黙させる結果となったらしい。

問題は、その『噂』を流したのは『誰なのか』という事だ。

『どこに対しても落し所を作って第二王子の失墜を薄め、互いの立ち位置をほぼ元ある場所に戻した…か。凄まじく頭の切れるお方だ』

しかも魔力無しだなどととんでもない。彼…ランスロット王子はユキヤ同様「魅了」の力を有し、守護天使までいるのだという。

為政者としての視野の広さ。その頭脳。強力な魔力。どれを取っても第二王子などとは比べ物にならぬ王の器だ。

――そこまでの才能を有していながら、なぜ王位を継ぐのを拒むのか。

そこは理解しかねるが、そういった天才肌は得てして一般人とは常識が違うものだ。ひょっとしたらランスロット王子はウォレンと同類なのかもしれない。

「だいたい、そもそもの騒動の発端は、テオノアに懸想したあの第二バカ王子が呼んだ下位悪魔レッサーデーモンでしょう!アレのせいでユキヤは命に関わる大怪我を負った挙句、上級悪魔に連れ去られてしまったんですよ!?なのにいつの間にか第一王子の婚約者に仕立て上げられた挙句、たまたまその場に居合わせて負った怪我をユキヤのせいにし、私の妻を城から返さぬとは…!!何様なんだよ、ちくしょう!!」

ウェズレイの精悍な美貌が殺気に彩られ、迫力が物凄い事になっている。

まあ、さもありなん。目の中に入れても痛く無い程溺愛していた息子の面会にも行く事も出来ず、そうこうしている間にその息子は悪魔に攫われてしまったのだ。
挙句、最愛の妻セオドアも返してもらえないとくれば、切れるのは当然だろう。むしろ謀反でも起こしそうな勢いだ。

「セオドアについては心配なかろう。どう考えてもユキヤは被害者なのだから、いくら王子が負傷したとしても、いつまでもそれを理由に城に留め置く事など出来ん筈だ。それにお前に恥じるような事をあの子セオドアがするとは思えん。自害してでも操は守る。だから安心しろ」

「師匠!自害してどーすんですか!?ぜんっぜん、安心出来ませんよ!!」

「それだけ、あの子がお前を愛しているという事だよ」

その言葉に虚を突かれたように、ウェズレイが口をつぐんだ。

「…そりゃあ…。夫婦なんですし。…当然でしょう」

思わずといった感じに逸らされた顔は薄っすらと赤くなっていて、照れているのが丸分かりだ。

貴族としても男としても超有能なのに、気を許した相手に対しては甘くて非常に分かり易い。

こういう所が、この男の可愛い所なんだよな。セオドアも多分、こいつのこういった所に絆されたんだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

春休みの過ち

くねひと
BL
高校一年の春休み、家に遊びに来たジュンに僕はふとしたことから弱みを握られてしまう。そこからの出来事をジュンは遊びと言うけれど、それは僕にとっては、SMプレイの何ものでもなかった。ジュンにこんなサディスティックな一面があったなんて………。とまどいながらも、僕の心はなぜか妖しくざわめいていく………。

夫が幼馴染と不倫しました

杉本凪咲
恋愛
幸せは長くは続かなかった。 私は夫の不倫を目撃して、彼の両親へと相談する。 返ってきたのは辛辣で残酷な言葉。 「見なかったことにしてくれないか?」

元教え子のS級冒険者(侯爵令息)が溺愛してくるんだが。~めちゃくちゃにしたかったって、どう言うこと!?~

mi
BL
シューデンは魔法を『二属性』持ち将来を期待されながらも、期待に応えれないまま教師となった。 同じく『二属性』でS級冒険者となった元教え子、グレンゼスと数年振りに再会したのだが、記憶のない夜に彼と何かがあったようだ。 『俺たちヤりましたか?』なんて聞ける筈もない! それに無口で無愛想なあいつのそんな姿も想像できない。 美しく、侯爵家の次男で、剣も魔法も最高の腕を持ち、帝国最高の騎士も目指せた彼がなぜ冒険者になったのか? シューデンが事件に巻き込まれながら、彼に溺愛されていくお話。

【BL】超絶ネガティブな僕が異世界で勇者召喚されました。

のがみさんちのはろさん
BL
生きる意味がない。 ずっとそう思い続けていた。 幼い頃からずっと親から虐待され続けてきた少年、降谷ナイはある日突然勇者として異世界に召喚されてしまった。 心に刻み込まれた傷も癒えぬまま、異世界を救ってくれと懇願されるナイ。元の世界にいた時にはなかった期待。生きる理由も世界を救う理由も持たないナイに、その期待は重圧となり彼を苦しめることに……ーーー ※ムーンライトノベルズ・カクヨム・エブリスタ・fujossy・BLoveでも連載してます。 0729、タイトル変更しました。

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

性欲を我慢している恋人にもっと求めてもらうべく一計を案じてみた結果

桜羽根ねね
BL
口の悪い美形魔道士×明るい異世界転移者 ついったXのふぉろわさん100人嬉しいな企画で、入れてほしいプレイをゆるっと募集した結果生まれた作品です♡ 私が勝手にプラスした性癖(プレイ)も含めて、出てくる要素は成分表に載せています。念のために確認するも自由、びっくりおもちゃ箱気分で確認しないのも自由です。 グロやリョナといった私が苦手なものは出てこないので、いつものようでちょっと違うらぶざまエロコメを楽しんでもらえたら嬉しいです! 何がきても美味しく食べる方向けです♡ ♡受け サギリ(22) 黒髪黒目の異世界転移者。一人称俺。凡庸な容姿だけど明るくムードメーカー。攻めに拾われて住み込み店員という形で一緒に住んでいる。最初は口の悪い攻めのことが苦手だったものの、なんやかんやあって大好きになり、告白して両想いに。もっと激しく求めてほしいと思っている。 ♡攻め クラブ(28) 銀髪金目の超絶美形魔道士。一人称僕。魔法薬のお店を営んでいる。客の前では物腰柔らか。受けを拾ったのも、異世界人の体液が高位魔法薬の材料になるからだった。しかし段々と絆されていき、いつしか受けのことを愛するように。抱き潰さないよう性欲を抑えているし、身体を心配して中出しもしない。とても巨根。 ♡あらすじ 両想いになって毎日いちゃらぶな日々を過ごす二人。ヤることヤったある日、夜中に目覚めたサギリは傍にクラブがいないことに気が付く。薄く開いた扉の向こうからは、小さく漏れ聞こえてくる声。そっと声の元を探ると、部屋の外、締め切られたトイレの中から水音とクラブの喘ぎ声が聞こえてきた。どうやら何度もイってボチャボチャと重たい精液を吐き出しているらしい。こんなに我慢していたのかと、雷を受けたような気分になるサギリ。オナニーなんてせずに全部自分に性欲をぶつけろとクラブに伝えるが──……。

うちの拾い子が私のために惚れ薬を飲んだらしい

トウ子
BL
冷血大公と呼ばれる私は、とある目的のために孤児を拾って厳しく育てていた。 一世一代の計画を目前に控えたある夜、様子のおかしい養い子が私の寝室を訪ねてきた。どうやら養い子は、私のために惚れ薬を飲んだらしい。「計画の成功のために、閣下の恋人としてどう振る舞えばよいのか、教えて下さいませ」と迫られ……愚かな私は、華奢な体を寝台に押し倒した。 Twitter企画【#惚れ薬自飲BL】参加作品の短編でした。 ムーンライトノベルズにも掲載。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...