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第一章

お兄ちゃん面させてくれよ

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一見してほっそりとした体躯に仕立ての良い漆黒のローブを纏った青年。

その髪は、ローブと同じように漆黒。だが、ただの黒ではない。サイドを軽く後ろに流し、頸が隠れる程の長さに整えられたそれは艶やかな光を含んでいて、鍛えられた鋼のように煌めいている。

すっきりとした鼻梁、長めの前髪から覗く形良い双眼。輝く瞳はブラックオパールを連想させた。そして、うっすらと薄紅色に染まった厚くも薄くもない唇…。およそ完璧とも言える程に整った怜悧な美貌がそこには在った。

まるで黒百花が咲き誇ったかのような美しさは、確かに噂通り、父親であるセオドアとよく似ていた。
――が、その美しさに言葉では言い表せない独特の雰囲気が加わって、まるで目が離せない。切れ長の黒い瞳は髪と同じく、光を含んで晴れた夜空のように美しく煌めいていた。

水を打ったように静まり返った場に、息を飲む音だけが聞こえてくる。

そんな異様な雰囲気に、青年の顔が僅かにしかめられる。だが、階段を駆け降りてくる人物の姿を捉えると僅かに表情を緩ませた。

「テオ!」

手を上げ、青年がふわりと微笑む。

すると生徒達が次々と膝を着いていく。中には腰から崩れ落ちた者もいて、青年はキョトンと目を丸くした。

「…え~と、なんだこの状況?」

青年…ユキヤは周囲を見回し、戸惑いながらそう呟く。

そして、自分の元にやってくる直前で停止してしまったテオに自分から近付き、なんだかこちらを凝視しながら呆けている顔を見上げ、上気した頬にそっと手を当てた。

「テオ、元気…じゃなさそうだな。なんか痩せちまってるし。ちゃんと飯食ってたか?」

そこでようやく我に返ったテオが、慌てて自分を心配そうに見つめるユキヤに頭を下げた。

「兄上、申し訳ありません!私のせいで、兄上にこのような迷惑を…!」

自分より背の高い弟の、つむじが見える程に深く下げられた頭。それにユキヤは自分の手をポンと乗せ、優しく撫でてやる。

「よせよテオ。お前だって被害者だろが!それにそもそもの原因はあの残念王子様だし、ついでに言えば俺が不甲斐ないせいだ」

「そ、そんな事は…っ!」

バッと顔を上げたテオと視線が重なる。

悲壮な表情を浮かべている愛しい弟に、ユキヤは努めて明るく言葉をかけた。

「だからな、お前は気にすんな。弟を守るのは、兄として当然だし!…なあテオ、たまには俺にもお兄ちゃん面させてくれよ」

そう言って安心させるように微笑んだユキヤに、再びテオの動きが停止した。

「テオ?」

どうしたんだと声をかけようとすると、頬を染めたテオが熱に浮かされたような眼差しをこちらに向け、自分の手を両手で強く握りしめる。

「兄上…俺は貴方を…」

「…うん?」

だが、テオが言葉を言い終わる前にユキヤの服の袖から出てきた黒蛇が、テオに向かってシャーッと牙を剥き、威嚇した。

「うわっ!」

突然の事に反射的に後ずさったテオに、なおも威嚇する黒蛇をユキヤが慌てて抑える。

「おい、ベル!止めろ!何やってんだお前!こいつは俺の弟だぞ!?」

首(?)を掴まれたベルが、鋭い目つきでユキヤを振り向く。

『弟?フン、その割にはお前と同じ血の匂いはまったくせんがな。それに弟だろうがなんだろうが、お前に馴れ馴れしく触れてくる奴は等しく俺の敵だ。それにしても…』

ユキヤをじっと見た後、ベルの真紅の目がスッと細められる。

『俺が抑えててもこれかよ。ったく、お前のタラシ力は呆れるほど末恐ろしいな』

「タラシ言うな!不可抗力だ!」

「あ…兄上、それは一体…?」

戸惑いがちに聞いてくるテオに「ペットだ」と返すが、テオは更に戸惑った様子になった。それはそうだろう。普通は蛇をペットにする奴なんていやしない。

「え~と…だな。こいつはその…とある失敗をやらかした結果というか…」

「失敗?」と首を傾げたテオの顔が途端、険しいものへと変わった。

「テオ?」

「やあ。初めまして。君がテオノアの兄君か」

不意に声がかけられ振り向くと、そこには鮮やかな金髪に翡翠色の目をした美しい少年が後方に沢山の男達を付き従え、不敵な笑顔を貼り付かせていた。
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