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第一章

名付け

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「な何故だ……!何で一つも召喚が成功せんのだ!?」

俺の師匠であり産みの母親のベハティが呆然としている。理由は言葉通り、俺の召喚がまるで成功しないから。

広大な敷地面積を持つアスタール公爵家の敷地内にある森。その中央にある大きな湖のほとりに、今現在俺達はいる。

母のベハティ、父のセオドア、義父のウェズレイ。そして俺……と、俺の腕に巻きついている一匹の小さな黒蛇。

この黒蛇は……あれだ。俺の仮契約の従魔である悪魔が擬態したものだ。

朝、自分のベッドの上で目を覚ました時、あの悪魔とのやり取りは夢だったのか……と一瞬思ったのも束の間。俺の枕の横に、この黒蛇がとぐろを巻いていたのだ。

ビックリして思わず叫んだら、『朝っぱらから叫ぶな』と、頭の中に声が響いた。それじゃあ、昨夜の出来事は夢じゃなかったんだ……とガックリしたのだが、どうやら寝坊していたらしい俺を起こしに来た父さんと母さんに見付かり、ひと悶着あったのだ。

「何だ?!その蛇は!」

どうやら、魔力が強い人が見れば、その蛇が普通では無い事が分かるらしい。

俺は蛇が悪魔な事と契約の内容を伏せ、うっかり召喚の練習をしたら出て来た召喚獣…と、誤魔化した。

「練習は明日からと言っただろうが!変なもんを呼び出したりしたらどうする!?」と母から盛大な雷が落ちたが、それ昨夜のうちに言っておいて欲しかった。

「まあ、大した力も無さそうな下位の魔獣みたいだし、お前に従っているようだからいいが、以後は勝手に召喚したりしないように!」

息子の迂闊さを再確認したからか、重々釘を刺されてしまった。でもお母さん、(心で)何度も言いますが、もう手遅れなんです。ごめんなさい。

それにしても下級の魔物か…。昨夜うっかり召喚した時の魔力を思い出してみる。母さんにそう思わせるなんてこの悪魔、相当力押さえてんな……とジト目になってしまった。

『無用な騒ぎを起こさぬ為、当前の事だ。お前も俺の真名は、おいそれと口にするな』

「名前を知られちゃまずいのか?ひょっとして、名前使って支配されるとか?」

契約する前の俺みたいに。

『全く……。これだから無知な奴は困る。この俺が、召喚士でもない人間ごときに名を知られて不味い事などあるか。さっきも言ったが、無用な騒ぎを起こさぬ為だ。俺はそれなりに有名だからな』

「へーへー、無知で済みませんでしたね!」

確かに、俺だって彼の真名を聞いた時はビックリした。

ゲームやコミックとかで、よく使われてるメジャーな名前だったし。まさかそんな大物が、俺なんかのトコにホイホイ来るなんて思いもしないよ。

でも、前世の世界だけじゃなく、この世界でも悪魔の名前って同じだったんだなって変な所で感動したりして。

そんなこんなで朝食後、大きな魔獣が出て来ても騒ぎにならないような、何があっても対処できる場所へと全員で移動し、召喚の練習が始まった。

まずは、簡単な下位の魔獣を召喚する……失敗。

ならばと、中位の魔獣を召喚…失敗。

ひょっとしたら魔力に見合って無いから召喚に応じないのかもと、一か八かで上位の魔獣を召喚……これまた失敗。

「何故だ!?ユキヤの力なら、上級はともかく中級ならいくらでも召喚できる筈だろう!?」

母さんがすっごく切れてるけど、そんな事俺に言われても「知らんがな」としか……。だけど、失敗続きの原因について俺には心当たりがあった。

「……おい。アレ、お前が邪魔してないか?」

『失敬だな。そんな事するか。ただ、召喚された魔獣が俺の気配を察し、召喚される前に勝手に逃げてるだけだ』

――やっぱ、邪魔してんじゃん!

下位魔獣のフリしているくせに、召喚獣にだけ分かるようにガン飛ばしてやがるのか。お前がいまいち役に立つかどうか分からないから、決闘の時用の召喚獣が欲しいだけなんだ。それが終わったら解放するし……。って、え?一旦召喚獣にしたら、相手が解放に納得しなければ契約を反故に出来ない?俺相手に契約破棄に同意などするものか?じゃあお前も?…あ、そう。仮契約だから自分は自由。だったら契約解除するから、もう帰ってくれないかな?

ドサクサで本音を言ったら、尻尾でビシッと殴られた。蛇だから、尻尾と言って良いのか分からないけど。

『それよりもユキヤ。いつまでも俺の事を『お前』って言うな。ちゃんと名前を付けろ!』

「え~?名付けって、召喚士が召喚獣に付けるやつ?」

『そうだ』

なんでも召喚士は召喚獣に名付けをする事により、魂に縛り付け服従させるのだとか。

最も魅了のスキルを持つ者は、相手を魅了した時点で魂に縛りを入れるから、名付けは不要なのだというが……。こいつの場合、単純に『お前』呼びが不満なんだろう。プライド高そうだしな。

「分かった。じゃあ『ベル』で」

『……安直な名だな』

「いーだろ別に!元の姿はともかく、今の子蛇の姿なら可愛いから似合うぞ」

実際、腕にクルクル巻きついていると、変わったブレスレットにも見える。とてもじゃないけど、あの有名な悪魔には見えない。

『……ふむ。可愛い呼ばわりは不服だが、似合うと言うなら受け入れるか』

おや、なんだか機嫌が良い。チロチロとほっそい舌を出しながら、尾っぽの先を揺らしてる。

実は本当に安直につけた名前なので、もっとごねられるかと思っていたのだが、気に入ってくれたんなら良かった。
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