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第一幕 終焉の物語と殉教者たち
二:②
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「ダイエット効果かなぁ」
遥にとっての“夢”の中で、侵略者たちと思われる壁蝨に似た形状のモノたちを刈り続けてそろそろ五日目の朝。予告された日からは数えの六日目の朝となる。初日は筋肉痛に襲われたものの、慣れてきたのか三日目には特に支障はなくなり、ただ運動をした後の疲労感を朝に覚えるようになって、体重計に乗ったのは、気まぐれだ。実際に身体を動かしていないはずだが、筋肉痛を覚えるし、汗をかいて朝を迎えるから、朝風呂がこの頃の日課だ。今まで様々な夢を見てきたが、それでも実際の身体に影響を及ぼしたのは今回が初めてである。体重計が示した数字を見て、今まで試した減量が嘘のように成功している現実を直視して項垂れる。
(筋肉もついてきているようだし、体重も減っている。・・・・・・こんなことで、夢の内容が現実に影響を与えるものかもしれないなんて、認めたくないなぁ)
思わず屈み込んだまま顔を両手で覆う。
一応身体を休めた扱いなのか、眠気はないから夜の狩りはスムーズといっていい。現在朝の五時だったから、さっさと風呂で汗を流そうと、下着と通勤に着ているカジュアルなシャツ、下はズボンを抱えて風呂場に向かい、シャワーだけを浴びる。
明日が七日目の朝となる。そして、彼らが告げた昼と夜だ。遥はこの六日間は、昼は通常通りの生活をし、夜はこの地球の世界樹の負担を無くすために壁蝨の様な侵略者を刈る生活をしていたが、同居人で大家でもある友香は忙しく抱えている仕事をこなしていた。特別立て込んでいるわけでもなく、今抱えている連載と、企画モノの原稿を同時進行しているようだ。今は調子がいいのか、息抜きに仕事場から顔を覗かせることなく、籠もりっきりで進めている様子で、朝食や昼食を抜くことが多い。だから、何も食べないよりはマシだろうと、自分の弁当を作るついでに、軽食を用意して友香の仕事部屋のサイドテーブルに置いていくのが、ここ最近の日課だ。元々友香が修羅場に突入したら、こうやって差し入れや軽食を作ることが多いが、基本的にそう凝ったものを、短時間で作れるほど料理を熟していないため、朝食用には弁当のおかずのついで、仕事から帰って着ても食堂に友香が顔を見せない時は、冷蔵庫の中を見ながらの、遥が作る適当料理だ。七日目に近づくに連れて、夢の中での敵勢力は増え、戦支度の終えた者たちから次々と参戦して殲滅していく。異国の神様の姿を取る存在も多く見渡す限り、あちこちで戦っていて、中には反撃されて、消滅する存在も居た。
夜明けが近くなり、遥の意識が周囲から引き離されて、気が付くとベットの上の自分の部屋でいつもの起床時間だ。
風呂でシャワーを浴びて、洗面を終えて出てくると、疲れ切った様子の友香と遭遇し、朝の挨拶を交わす。
「おはよ」
友香はあくびをかみ殺しながら、「おはよー」と、返し、二枚の食パンにバターを塗ってトースターで焼く。遥は自分は紅茶を、友香にはコーヒーを入れると、定位置に座った。インスタントのポタージュを暖めた牛乳で溶いて、それぞれの席の前に並べる。いつもの朝の風景だ。
「随分仕事を詰めているね?」
「担当が増えた影響かなぁ・・・・・・」
眠そうな様子で、二度目の欠伸をこぼしながら、雑誌の方で立ち上がった企画の話を語って聞かせる。
「毎年恒例の夏企画。だいたいいつもは人気ランキング上位の三人ほどが書き下ろし短編を担当して、他の人は四コマだったり、イラストだったり、グッズの絵だったりするんだよ。一応短編や四コマ、イラストなどにも大ざっぱにテーマがあるから、それにちなんだ内容だったりするの。今回ちょいわたしの関わる部分が多くて。ナイ・シーの企画もあったし、本誌の連載もあるし。だから、その部分が増えて、まだ締め切りは先なのに、早めに仕上げるよう、言われてさぁ」
「できそう?」
「完全書き下ろしだけど、どうにか。短編は免除してもらって、本誌連載の話とナイ・シーのキャラのコラボ物の四コマを二枚、グッズのカラーを一枚にして貰ったから、助かったんだよね」
「それにしては、凄く眠そう・・・・・・」
「そりゃ、本誌の締め切りと、ナイ・シーの締め切りが重なったんだよ!!」
泣き真似をしながらの、悲鳴のような訴えに、遥は顔をひきつらせる。
「・・・・・・わたしの記憶では、その二つ、それぞれ月を跨いでなかった?」
「夏企画があるから、急いでくれと」
「・・・・・・・友香が一人で原稿書いているから、アシ入れられないのに?」
「そう!」
「あ・・・・・・」
「一応前もって進めていたから、ギリで間に合うかもだけどさぁ、三徹ですよ、今日で」
「クマ何匹飼育しているのって、感じだよ」
遥は目の下を人差し指でなぞると、徹夜特有の体温の高さだ。
「ここに出てきてパン焼いているってことは、脱稿したってこと?」
自分の分を食べ終えると、ポタージュに口をつけながら問いかける。友香は再び欠伸をしながら、手に着いたパン屑を軽く払って、コーヒーを一口口に含んだ。眠気覚まし様に濃いめのソレは余程苦かったのか、僅かに眉間に皺を刻んで、どうにか眠気をちらそうとしながらも、律儀に返した。
「大まかにね。後は総点検して、細かい直しをしたら、完全脱稿。担当編集者に見て貰うんだけど、一発で合格出るかが心配」
「自信のほどは?」
面白半分に、スープカップを掲げてみせると、友香は軽く肩を竦める。
「半々。企画の方は、賑やかしだから、笑いを取れればいいとして、本誌連載のほうはさ、場面的にそう盛り上がるシーンが無いから、好き嫌い分かれるかも。ナイ・シーの方は大丈夫! だって先に仕上げたしね。・・・・・・ま、色々思いついたことを盛り込んだから、時間が掛かってしまって、他に影響与えちゃったんだけど」
「そっかぁ」
友香はぐいとコーヒーを飲むと、空になったマグカップをテーブルに置く。眠たげな顔が、急に座った。
「何、暢気に相づち打ってんの、明日じゃん! 約束の日」
遥はうんと頷く。
「本来だったらもう一週間、余裕があるとこだけど、明日が普通に過ぎるのか、そうじゃないのか判らないでしょ?! 今出来るわたしのせいいっぱいに全力投球しなくてどうするよ。中途半端で明日を迎えて、普通でない日にもしかしてなったとして、原稿を書けるかどうかも、それを提出する先があるかも、何もかも判らないんだよ。書きかけで放り出すのが一番納得いかないし!!」
握り拳を作って主張した友香に、思わず遥は笑って頷いた。どこまでも、真剣に信じて動いてくれる親友に、心が温かくなる。
「もう、何ニヤニヤしてるのよ。“今”出来る精一杯を存分にしておかなくちゃ、後で後悔するって判ってるの? はるちゃん!」
普段は名前の遥呼びだが、感情的でありながら、真剣に訴えてくる時は、学生時代の呼び方である名前の一部をもじってはるちゃんと呼びかけてくる。遥はだから、「うん」と頷いた。
「判っているよ、ともちゃん。・・・・・・けどさぁ、ともちゃんと違って、わたし、これっといって、しておきたいことって無いんだよね。仕事場は工場だから、単調に進むわけだし、食べたい物だって、こう特にコレというのも無いしさ。明日は金曜日で、翌日は仕事休みで二連休。今日は木曜日だから、会社の帰りにスーパーで気になったお肉を買ってくる予定。そういえば、備蓄のお米が無くなり掛かっているから、適当に五キロ買ってくるけど、いい? 指定の銘柄は無かったよね?」
「無いよ。県産米をだいたい口に合うから買っているけど、他の銘柄も美味しいしね。・・・・・・ま、気になる物ははるちゃんが仕事に出たら買っておくよ。特に料理関連は、私が詳しいし。あと、あっても困らないもんも買っていこうかと思う。長期保存が出来るもんとかね? 気分転換に散歩に行くかも。車使うから、重いものでも大丈夫だよ」
友香の返しに、遥は笑う。
「じゃあ、わたしからの、リクエスト」
「なに?」
「野菜の種や、花の種とかランダムに買っておいて欲しいかな?」
「苗でもいい?」
「うん。庭の一角に作った菜園の一カ所が空いていたからそこに植える。葉物は便利だし管理しやすいから、いつものように植木鉢使ってベランダで育てるかも」
「・・・・・・種なら保存も利くし場所とらないけど、苗ならすぐ植えられる系かなぁ。ミニトマトでしょ、キュウリでしょ、葉物はどれでも良かったかな?小松菜や水菜、菠薐草とかしかおもいつかないかも」
思いつく限りの、定番を指折り数えながら上げていく。
「果物系の苗も買っておく?」
「檸檬とか、蜜柑とか、桃や胡頽子、ブルーベリーとか? ・・・・・・葡萄とキウイは去年植えたばかりだから、まだそれほど育ってないんだよねぇ・・・・・・」
「柿とか栗とか、八朔や夏みかん系とか」
友香はニヤニヤ笑いながら、果樹園かよと突っ込みを入れる。
「果物系の苗は安かったら。・・・・・・無理して高いモンを買わなくていいよ。一万円縛りだから」
遥は食べ終え食器を台所に運びながら、ニヤと笑い返す。
「母さんがいってたけど、果物系の苗って、育てるのが難しいっていうよ? 実際実家の檸檬なんか、縦に育っても、まだ一度も実をつけてないんだよねぇ。私たちが植えた苗も、ただの垣根になるかもだけどさ」
食器を手早く洗って拭き上げると、定位置へ仕舞う。通勤に使っているリュックを開けて財布を取り出すと、小さな布製の巾着へ一万円札を中に入れて、友香に放った。ぽとりとテーブルの上に落ちた巾着を、友香は伸び上がるようにしてたぐり寄せる。
「それにしても、今日の買い物は、明日への備え、だよねぇ?それに苗とか種とか関係あるのかな?」
焼いたパンを食べ終え、ちびちびとコーヒーを飲みながらの友香の問いかけに、遥は軽く肩を竦めた。
「・・・・・・意味があるかどうかは、判らないよ。けど、明日がそのまま過ぎて、明後日になって、いつものように、何も変わらない朝を迎えたら、笑えばいいだけだしね? こんなことがあったって、後で家族に話してもいいんじゃない?なにかあったとしても、わたしと友香は、当日、出掛けるでしょ? 天神のモニター前に」
「だよねー。・・・・・・持ち運び出来るのが手持ちだけの可能性もあるけどさ、そもそもどんな状態かもわからないし・・・・・・」
遥はジャケットを羽織ると、洗面所へ向かった。友香はそれを見送りながら、脳内に、遥が今まで話してくれた事を思い出しながら探す。
(遥は、まだまだ疑いを捨て切れてないみたいな雰囲気なんだよねぇ)
目を細めて、遥の両親と、自分の両親をどうにか当日誘い出せないかを脳裏で画策する。
(わたしには見えない“二重の虹”。この数日は寝汗を掻いているのか、朝は風呂に入っている様子。・・・・・・それで、わたしに頼んだ“買い物”)
友香はぐるぐると思考を巡らし、脳裏に過ぎった、遥に聞いた様々な“夢”物語がふと引っかかる。
(読み返してみよう。・・・・・・んでもって、今回の遥の買い物理由が判るかも)
苗が手には入らなければ、刺し穂でも構わないはずだ。料理に必要な物も、ちょっとした予備じゃなく、業務用を検討した方がいいのではと、日持ちしそうな調味料や香辛料を多めに、料理に使えそうな酒類も予備で。
(直接食べ物に直結しないけど、花類の刺し穂や苗木も見繕っておこう)
そんなことを色々考えていると、遥は洗面を終えて、通勤に利用しているリュックを手にして「いってきます」と。笑って出掛けていった。
友香は、少し視線を中空にさまよわせると、明日、ホームページの告知を信じて行動しそうな同僚に、判断を相手に任せる形で、備蓄と苗の収集を勧めてみる。勿論、自分で面倒が見れる範囲でだ。思いついたら直ぐとでも言わないばかりに、メールで伝える。兎に角、十時になって店が開店する時間を目標に、友香は準備を始めた。
遥にとっての“夢”の中で、侵略者たちと思われる壁蝨に似た形状のモノたちを刈り続けてそろそろ五日目の朝。予告された日からは数えの六日目の朝となる。初日は筋肉痛に襲われたものの、慣れてきたのか三日目には特に支障はなくなり、ただ運動をした後の疲労感を朝に覚えるようになって、体重計に乗ったのは、気まぐれだ。実際に身体を動かしていないはずだが、筋肉痛を覚えるし、汗をかいて朝を迎えるから、朝風呂がこの頃の日課だ。今まで様々な夢を見てきたが、それでも実際の身体に影響を及ぼしたのは今回が初めてである。体重計が示した数字を見て、今まで試した減量が嘘のように成功している現実を直視して項垂れる。
(筋肉もついてきているようだし、体重も減っている。・・・・・・こんなことで、夢の内容が現実に影響を与えるものかもしれないなんて、認めたくないなぁ)
思わず屈み込んだまま顔を両手で覆う。
一応身体を休めた扱いなのか、眠気はないから夜の狩りはスムーズといっていい。現在朝の五時だったから、さっさと風呂で汗を流そうと、下着と通勤に着ているカジュアルなシャツ、下はズボンを抱えて風呂場に向かい、シャワーだけを浴びる。
明日が七日目の朝となる。そして、彼らが告げた昼と夜だ。遥はこの六日間は、昼は通常通りの生活をし、夜はこの地球の世界樹の負担を無くすために壁蝨の様な侵略者を刈る生活をしていたが、同居人で大家でもある友香は忙しく抱えている仕事をこなしていた。特別立て込んでいるわけでもなく、今抱えている連載と、企画モノの原稿を同時進行しているようだ。今は調子がいいのか、息抜きに仕事場から顔を覗かせることなく、籠もりっきりで進めている様子で、朝食や昼食を抜くことが多い。だから、何も食べないよりはマシだろうと、自分の弁当を作るついでに、軽食を用意して友香の仕事部屋のサイドテーブルに置いていくのが、ここ最近の日課だ。元々友香が修羅場に突入したら、こうやって差し入れや軽食を作ることが多いが、基本的にそう凝ったものを、短時間で作れるほど料理を熟していないため、朝食用には弁当のおかずのついで、仕事から帰って着ても食堂に友香が顔を見せない時は、冷蔵庫の中を見ながらの、遥が作る適当料理だ。七日目に近づくに連れて、夢の中での敵勢力は増え、戦支度の終えた者たちから次々と参戦して殲滅していく。異国の神様の姿を取る存在も多く見渡す限り、あちこちで戦っていて、中には反撃されて、消滅する存在も居た。
夜明けが近くなり、遥の意識が周囲から引き離されて、気が付くとベットの上の自分の部屋でいつもの起床時間だ。
風呂でシャワーを浴びて、洗面を終えて出てくると、疲れ切った様子の友香と遭遇し、朝の挨拶を交わす。
「おはよ」
友香はあくびをかみ殺しながら、「おはよー」と、返し、二枚の食パンにバターを塗ってトースターで焼く。遥は自分は紅茶を、友香にはコーヒーを入れると、定位置に座った。インスタントのポタージュを暖めた牛乳で溶いて、それぞれの席の前に並べる。いつもの朝の風景だ。
「随分仕事を詰めているね?」
「担当が増えた影響かなぁ・・・・・・」
眠そうな様子で、二度目の欠伸をこぼしながら、雑誌の方で立ち上がった企画の話を語って聞かせる。
「毎年恒例の夏企画。だいたいいつもは人気ランキング上位の三人ほどが書き下ろし短編を担当して、他の人は四コマだったり、イラストだったり、グッズの絵だったりするんだよ。一応短編や四コマ、イラストなどにも大ざっぱにテーマがあるから、それにちなんだ内容だったりするの。今回ちょいわたしの関わる部分が多くて。ナイ・シーの企画もあったし、本誌の連載もあるし。だから、その部分が増えて、まだ締め切りは先なのに、早めに仕上げるよう、言われてさぁ」
「できそう?」
「完全書き下ろしだけど、どうにか。短編は免除してもらって、本誌連載の話とナイ・シーのキャラのコラボ物の四コマを二枚、グッズのカラーを一枚にして貰ったから、助かったんだよね」
「それにしては、凄く眠そう・・・・・・」
「そりゃ、本誌の締め切りと、ナイ・シーの締め切りが重なったんだよ!!」
泣き真似をしながらの、悲鳴のような訴えに、遥は顔をひきつらせる。
「・・・・・・わたしの記憶では、その二つ、それぞれ月を跨いでなかった?」
「夏企画があるから、急いでくれと」
「・・・・・・・友香が一人で原稿書いているから、アシ入れられないのに?」
「そう!」
「あ・・・・・・」
「一応前もって進めていたから、ギリで間に合うかもだけどさぁ、三徹ですよ、今日で」
「クマ何匹飼育しているのって、感じだよ」
遥は目の下を人差し指でなぞると、徹夜特有の体温の高さだ。
「ここに出てきてパン焼いているってことは、脱稿したってこと?」
自分の分を食べ終えると、ポタージュに口をつけながら問いかける。友香は再び欠伸をしながら、手に着いたパン屑を軽く払って、コーヒーを一口口に含んだ。眠気覚まし様に濃いめのソレは余程苦かったのか、僅かに眉間に皺を刻んで、どうにか眠気をちらそうとしながらも、律儀に返した。
「大まかにね。後は総点検して、細かい直しをしたら、完全脱稿。担当編集者に見て貰うんだけど、一発で合格出るかが心配」
「自信のほどは?」
面白半分に、スープカップを掲げてみせると、友香は軽く肩を竦める。
「半々。企画の方は、賑やかしだから、笑いを取れればいいとして、本誌連載のほうはさ、場面的にそう盛り上がるシーンが無いから、好き嫌い分かれるかも。ナイ・シーの方は大丈夫! だって先に仕上げたしね。・・・・・・ま、色々思いついたことを盛り込んだから、時間が掛かってしまって、他に影響与えちゃったんだけど」
「そっかぁ」
友香はぐいとコーヒーを飲むと、空になったマグカップをテーブルに置く。眠たげな顔が、急に座った。
「何、暢気に相づち打ってんの、明日じゃん! 約束の日」
遥はうんと頷く。
「本来だったらもう一週間、余裕があるとこだけど、明日が普通に過ぎるのか、そうじゃないのか判らないでしょ?! 今出来るわたしのせいいっぱいに全力投球しなくてどうするよ。中途半端で明日を迎えて、普通でない日にもしかしてなったとして、原稿を書けるかどうかも、それを提出する先があるかも、何もかも判らないんだよ。書きかけで放り出すのが一番納得いかないし!!」
握り拳を作って主張した友香に、思わず遥は笑って頷いた。どこまでも、真剣に信じて動いてくれる親友に、心が温かくなる。
「もう、何ニヤニヤしてるのよ。“今”出来る精一杯を存分にしておかなくちゃ、後で後悔するって判ってるの? はるちゃん!」
普段は名前の遥呼びだが、感情的でありながら、真剣に訴えてくる時は、学生時代の呼び方である名前の一部をもじってはるちゃんと呼びかけてくる。遥はだから、「うん」と頷いた。
「判っているよ、ともちゃん。・・・・・・けどさぁ、ともちゃんと違って、わたし、これっといって、しておきたいことって無いんだよね。仕事場は工場だから、単調に進むわけだし、食べたい物だって、こう特にコレというのも無いしさ。明日は金曜日で、翌日は仕事休みで二連休。今日は木曜日だから、会社の帰りにスーパーで気になったお肉を買ってくる予定。そういえば、備蓄のお米が無くなり掛かっているから、適当に五キロ買ってくるけど、いい? 指定の銘柄は無かったよね?」
「無いよ。県産米をだいたい口に合うから買っているけど、他の銘柄も美味しいしね。・・・・・・ま、気になる物ははるちゃんが仕事に出たら買っておくよ。特に料理関連は、私が詳しいし。あと、あっても困らないもんも買っていこうかと思う。長期保存が出来るもんとかね? 気分転換に散歩に行くかも。車使うから、重いものでも大丈夫だよ」
友香の返しに、遥は笑う。
「じゃあ、わたしからの、リクエスト」
「なに?」
「野菜の種や、花の種とかランダムに買っておいて欲しいかな?」
「苗でもいい?」
「うん。庭の一角に作った菜園の一カ所が空いていたからそこに植える。葉物は便利だし管理しやすいから、いつものように植木鉢使ってベランダで育てるかも」
「・・・・・・種なら保存も利くし場所とらないけど、苗ならすぐ植えられる系かなぁ。ミニトマトでしょ、キュウリでしょ、葉物はどれでも良かったかな?小松菜や水菜、菠薐草とかしかおもいつかないかも」
思いつく限りの、定番を指折り数えながら上げていく。
「果物系の苗も買っておく?」
「檸檬とか、蜜柑とか、桃や胡頽子、ブルーベリーとか? ・・・・・・葡萄とキウイは去年植えたばかりだから、まだそれほど育ってないんだよねぇ・・・・・・」
「柿とか栗とか、八朔や夏みかん系とか」
友香はニヤニヤ笑いながら、果樹園かよと突っ込みを入れる。
「果物系の苗は安かったら。・・・・・・無理して高いモンを買わなくていいよ。一万円縛りだから」
遥は食べ終え食器を台所に運びながら、ニヤと笑い返す。
「母さんがいってたけど、果物系の苗って、育てるのが難しいっていうよ? 実際実家の檸檬なんか、縦に育っても、まだ一度も実をつけてないんだよねぇ。私たちが植えた苗も、ただの垣根になるかもだけどさ」
食器を手早く洗って拭き上げると、定位置へ仕舞う。通勤に使っているリュックを開けて財布を取り出すと、小さな布製の巾着へ一万円札を中に入れて、友香に放った。ぽとりとテーブルの上に落ちた巾着を、友香は伸び上がるようにしてたぐり寄せる。
「それにしても、今日の買い物は、明日への備え、だよねぇ?それに苗とか種とか関係あるのかな?」
焼いたパンを食べ終え、ちびちびとコーヒーを飲みながらの友香の問いかけに、遥は軽く肩を竦めた。
「・・・・・・意味があるかどうかは、判らないよ。けど、明日がそのまま過ぎて、明後日になって、いつものように、何も変わらない朝を迎えたら、笑えばいいだけだしね? こんなことがあったって、後で家族に話してもいいんじゃない?なにかあったとしても、わたしと友香は、当日、出掛けるでしょ? 天神のモニター前に」
「だよねー。・・・・・・持ち運び出来るのが手持ちだけの可能性もあるけどさ、そもそもどんな状態かもわからないし・・・・・・」
遥はジャケットを羽織ると、洗面所へ向かった。友香はそれを見送りながら、脳内に、遥が今まで話してくれた事を思い出しながら探す。
(遥は、まだまだ疑いを捨て切れてないみたいな雰囲気なんだよねぇ)
目を細めて、遥の両親と、自分の両親をどうにか当日誘い出せないかを脳裏で画策する。
(わたしには見えない“二重の虹”。この数日は寝汗を掻いているのか、朝は風呂に入っている様子。・・・・・・それで、わたしに頼んだ“買い物”)
友香はぐるぐると思考を巡らし、脳裏に過ぎった、遥に聞いた様々な“夢”物語がふと引っかかる。
(読み返してみよう。・・・・・・んでもって、今回の遥の買い物理由が判るかも)
苗が手には入らなければ、刺し穂でも構わないはずだ。料理に必要な物も、ちょっとした予備じゃなく、業務用を検討した方がいいのではと、日持ちしそうな調味料や香辛料を多めに、料理に使えそうな酒類も予備で。
(直接食べ物に直結しないけど、花類の刺し穂や苗木も見繕っておこう)
そんなことを色々考えていると、遥は洗面を終えて、通勤に利用しているリュックを手にして「いってきます」と。笑って出掛けていった。
友香は、少し視線を中空にさまよわせると、明日、ホームページの告知を信じて行動しそうな同僚に、判断を相手に任せる形で、備蓄と苗の収集を勧めてみる。勿論、自分で面倒が見れる範囲でだ。思いついたら直ぐとでも言わないばかりに、メールで伝える。兎に角、十時になって店が開店する時間を目標に、友香は準備を始めた。
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