上 下
18 / 27

18話

しおりを挟む
 あの時に何が不審だったのかと誰かに聞かれても、これといって明確な理由は説明できなかったと思う。ただ、そこにその馬車があることに何となく違和感を覚えたと言うのだろうか。とはいえ実際に何か怪しいことをしているのを目の当たりにした訳ではない。イーディスとレナードにできたことは、近くにいた警備の者に「念のため警戒しておいて欲しい」と伝えることくらいだった。
 イーディスは町まで迎えの馬車に来てもらうことになっていたため、レナードとはそのまま町で別れた。レナードとしてはわざわざディーン家の馬車を呼ばなくとも家まで送るのに、だそうだがそこまでしてもらうのも悪い。ただ、そう言えば「悪いどころか僕がそうしたかったのに!」とため息をつかれた。
 ディーン家の馬車に乗り、走行中外を見ていると気になる店を見つけて、イーディスはとめて欲しいと従者に頼んだ。

「ごめんね。ちょっとあの店を見てきたいの。少しだけ待っててもらってもいい?」
「もちろんです、お嬢様。よろしければ私が店まで付き添いますが」
「あなたにそんな仕事までさせられないよ。大丈夫。すぐそこだし危なくないよ。ここで待ってて。それにもし買いたいものが見つかってもそんなに荷物にはならないだろうしね」

 普通ならば誰も付き添わせずに外を歩くなんて由緒正しい令嬢としてもってのほかなのだろうが、目と鼻の先という距離でわざわざ誰かを呼びつけるほうがどうなのかとイーディスとしてはつい思ってしまう。それもこれもなまじ前世の記憶があるからなのだろうが、一人でうろうろしていたとバレたらまたエレンに優しくではあるが、叱られそうだ。
 苦笑しながら店へ向かい、店内を満喫した。自分の屋敷にいくらでもあるだろうが、とても綺麗な細工がされたケーキサーバーを見つけたのでとりあえずそれだけ買う。
 お気に入りのマイ道具がまた一つ増えた、とホクホクとしながらまた今度ゆっくりと見に来ようと考えた。待ってもらっている馬車へ戻る途中、ふと先ほど気になっていた馬車をまた見かけた気がした。先ほどの場所から移動していることになるが多分間違いない。
 どうしても気になり、イーディスはそっとその馬車に近づいた。そしてこっそり様子を窺っていると、どこからか赤子を抱えた女性がやってきた。そして馬車の中の男性に見せている。女性は貴族に仕える侍女のような感じに見えるし男性もどこかの貴族風なのでおそらくは赤子の父親といったところだろうか。普通に考えると母親から預かってきた赤子を父親に預ける使用人といった感じなのかもしれない。
 だがどうにもしっくりいかない。女のどこかおどおどとした表情や、慈しむような雰囲気が感じられない男──やはり絶対に何かおかしい。
 確信がある訳ではないし、ここで自分一人が突っ込むのはあまりに無鉄砲過ぎる。とりあえずこの町の衛兵に伝えたほうがいいかもしれない、とイーディスはこの場からこっそり立ち去ろうとした。
 だが背後から誰かに襲われた。強く殴られるような衝撃を受けた後、イーディスは意識を手放した。



 一方、王宮内では密かに騒ぎになっていた。
 レナードが戻った時点でバタバタとして落ち着きのない雰囲気がそこら中に漂っている。

「何かあったのか」

 側近であるランスはイーディスとの買い物の間も近くに控えていたためにレナードと同じく事情を知らない。とりあえず部屋に戻り、手などを洗うための水を持ってきたメイドにレナードは聞いた。

「それが……先ほどからレリアード殿下とその侍女の姿が見当たらなくて……」
「えっ?」

 ある程度の年齢になると同性の側近がつくが、赤子の時は面倒が見やすいであろう女性を側につけている。その侍女ともに見当たらないらしい。

「散歩をしているとかでもなくて?」
「はい。もちろんご存じでしょうが、レリアード殿下の身の回りでもスケジュール通りに動きます。そんな予定はございませんでしたし、それでも一応念のため庭園なども今くまなく探しているようではあるのですが……」
「それはちょっと深刻だね……」

 メイドが去った後、レナードはランスを連れて王の元へ向かった。だがやはり何も新しい情報は入ってきていないようだ。

「……そういえば」

 ふと、レナードは先ほどイーディスと共に見かけた、これといって何かあったわけではないが気になる馬車があったのを思い出す。少しでも不審なものは調べるに限るだろう。レリアードは王位継承権第一位であるだけでなく、レナードの大切な弟でもある。
 現王である父親やその側近、兄であるジュードにもその話を告げ、不審な馬車の捜索が即開始された。だがとりあえずの報告は早かった。その馬車は既に離れた後のようだった。
 そちらの馬車についても念のため調べを続けさせながら、レリアードの捜索は続けられた。ただし事が事だけに大っぴらにはできない。外に漏れないよう緘口令を敷いて秘密裏に捜索された。

「レリアード……一体」
「レナード、お前はどう思う?」

 項垂れるレナードにジュードが静かな声で問いかけてきた。顔を上げ、レナードは少しジュードを見る。

「……、……申し上げにくいですが……多分兄上を支持している派の貴族が仕掛けたことではないかと僕は何となく思っています」
「奇遇だな、俺もそう思う。こんな王宮で簡単に王子が行方不明になるはずがない。いくら平和でもそこまで警備も緩くない。多分綿密な計画が立てられていたんじゃないかと思うんだ。不審な馬車はかなり怪しいが、たまたま君たちが馬車を見かけて覚えていただけで普通町の住民ならば貴族の馬車なんてどれも同じだろうし見かけても近寄らないに越したことはないくらいにしか思わないだろうしな」
「……でも、もし本当にそうなら……レリアードの命が危ない」

 レナードは絞り出すように口にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

処理中です...