王子とチェネレントラ

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33話

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「そいやなるってこうして見るとなるのお父さん似だよなー」

 期末試験も無事終えたある日、教室で中学から同じ学校だった成光がしみじみと言ってきた。かなりそばでジッと見てきている。隼が微妙な顔でそっと窺うと案の定、聖が視線だけで殺傷能力がありそうな表情で隼を見ているのに気づいた。

 ……そんなに心配ならこいつを縛っとけばいいのに。

 雅也があまりにペットを彷彿とさせるせいか、隼は最近、ついそんな一見物騒なことすら思ってしまう。
 片やもう一人の中学の頃から同じだった泉生は隼を最初は妙に警戒していたようだが、早々に隼が成光にとって安全な存在だと察知したのか気にしていないようだ。

「黒月が怖いからもうほんと離れてくれ」
「ええ? 何で聖? 何かさーだって何か」
「何かじゃないし」
「へえ、鳴海くんってお父さん似なのー? 綺麗だからお母さん似かと思ってた」
「私もー」

 呆れつつ成光を遠ざけようとしているとそこへ女子数名がやってきてニコニコ言ってきた。
 雅也に一度、周りの生徒について「態度すげぇ変えられたってのに腹立たねえのか?」と聞かれたことがある。答えは「否」だ。
 腹が立つのはその分親しみがあったり信じていたりするからであり、隼は元々クラスメイトと親しくないし自分自身それで別に構わないと思っていたので、そもそも立つ腹が無い。あと、中学の頃はもっと色々疲れていた気がすると思ったのだが、多分これは凪のおかげかもしれないと悔しいながらに隼は思っている。
 氷聖から、凪が周りの生徒に「あまり構ってやるな、なるべくそっとしといてやれ」と言ってくれていたらしいと聞いた。ある意味凪たちのせいでこうなった感は拭えないものの、そう言ってくれていたのかと思うと、色々と疑問だらけではある人だがやはりいい人なのだろうなと改めて隼は思った。

 ……俺のもの宣言はやめて欲しいけど。

 俺様で余計なことばかり隼に言ってくるくせに、それに関しては「言ってやったぞ」と主張してこないところも凪らしいのかもしれない。そう思えるくらいには、あの意味のわからない先輩たちを何となくだがわかってきているのかもしれない。
 こうして他の生徒と多少だが話をすることもさほど嫌ではないと今は思っている。それも凪の言葉が緩やかに効いているのかもしれないと思うと、隼はやり悔しい気分になる。

「学校は勉強するだけの場じゃねえ」

 今でも勉強するために自分はここにいるのだとは思っている。

 思ってはいる、けれども……。

「違うんだよなーそれが!」

 隼はハッとなった。成光が隼にぎゅうっと抱きつきながら何故か得意げに、集まってきた女子にニコニコ言っている。

「なるのお父さんってお医者さんでさー俺見たことあるけどすげえ美少年なんだぜ!」

 ……何言ってんのこいつは。

 呆れつつ隼が成光を退けようとしたらその前にいい加減痺れをきらしたのか聖がやってきてニッコリ微笑みながら成光を隼から剥がした。

「何でせーちゃんが得意になってるんだよ。それに人の親に少年って表現どうなの」
「えーだってあの人は美少年って言うしかないだろ? ていうか猫つかむみたいにしてくるなよ」

 成光が抗議するも聖は人のよさそうな顔のまま「はいはい」と笑みを浮かべつつ、成光を隼から遠ざけるように連れていく。

「黒月くんカッコいいよね」

 ぼそりと女子の群からそんな声が聞こえてきた。

 確かに顔はとてもいいけど……性格ヤバいと思う。

 隼はそっと思いつつ「鳴海くんのお父さん美少年なんだ!」「見てみたいー!」と言ってくる女子に少し引きつった顔で「その前に黒月が言ったように言い方おかしいと気づいてくれ」と言うしかできなかった。
 もうすぐ夏休みになる。寮にいても追い出されることはないが、やはり一度は帰省しなくてはいけないだろうなと隼はそっとため息ついた。
 期末試験は同好会だけでなくとりあえず凪のおかげもあってか、中間よりもさらにいい結果を出した。この成績ならドヤ顔をして帰ってもいいくらいかもしれない。こうしてここへ来てこんな結果を今出しているんだ、と。それでも浮かぶのは当然だといった風な父親の顔だった。

「……。……ぶ」

 ただ今回は成光や他の女子が言った「美少年」という言葉のせいで父親の顔が浮かんだ瞬間笑いがこみ上げてきた。

「鳴海くんが笑った!」
「かわいいー」

 そんな言葉が聞こえてきて何を言っているのだろうと今度は微妙な顔になったが、父親の顔が浮かんでも笑えたことには少し感謝してもいいかもしれないと隼はそっと思った。
 とりあえず学校が終わったら、面倒だけれども帰らないとだなと隼はその夜実家へ連絡入れた。



「隼、終業式の次の次の日くらいに帰ってくるんですってよ」

 電話を切った隼の母親、七枝がニッコリ父親である賢次を見る。

「……そうか」

 賢次は仏頂面のまま頷いた。

「もー、まだ拗ねてるの?」
「……俺は拗ねてない」

 賢次がそう答えても七枝はおかしそうに笑っている。先ほど来客があった時から賢次はずっと仏頂面だった。
 日中は手伝いとして雇っている人がいるが、夜は隼がいない今、夫婦しか家にいない。夜に来客は基本多いわけではないが、仕事をしているのもあって時間の約束を夜にすることも少なくない。インターフォンが鳴り、モニターを見るとその客だとわかった。七枝が「私が出ましょうか」と言ったのだが面識のある客ではなかったので「いや、俺が出よう」と賢次が玄関へ向かった。

「あ、私お約束している者なんですが、お父様かお母様はいらっしゃいますでしょうか」

 対面した途端、客はニッコリ微笑んできた。

「…………私がその父親にあたる者です」
「……った、大変失礼いたしました……!」

 後でそれを知った七枝は心底おかしそうに笑った。賢次は未だに学生に間違えられるほどの童顔だった。

「あの客、俺を馬鹿にしている」
「とても丁寧に謝ってらしたじゃないですか」

 改めてボソリと言う賢次に、七枝は笑いながら客の肩をもった。
 賢次は自分が童顔だということを昔からかなり気にしている。そのせいもあってか、性格は七枝にしてみればかなり「素直じゃない」性格だ。基本的には真面目で努力家でもあり、一応素直なところは素直なのだが、その童顔のせいで色々と報われていない。結果「偉そうな父親」として、隼にも隼の兄にも嫌われる羽目になってしまっている。

「……笑うな」
「すみません。……ぶ、あはは」
「……」

 七枝はそんな賢次の性格をとてもよくわかっているので、昔から子供の前では賢次を立てている。たまに利用することもあるが。隼の料理の腕がいいのは「料理もできないとお父様みたいになるわよ」的なことを言ったからだ。とはいえ普段、悪口は本当に言わない。その代わり弁解もしない。

「笑いすぎだ」
「うふふ。……で、あなたはどう思う? 隼の成績」
「は。そんなもの当然いいに決まっている。俺の子だ。成績が悪くなるわけがない。それにあの子は努力家だしな。すごく頑張っただろう」
「で?」
「……何だ」
「それをあの子に伝えないんです?」
「……っうるさいな、そんなこと言えるか!」

 賢次はまたムッとして顔をそらしてしまった。そんな賢次を七枝はまたおかしそうに見る。

 ほんといい性格なんだから。子供たちはしっかりしてて頭もいいし、いつかあなたのこと、わかってくれるような気は私、してるんだけど……でも今のところ、わかってもらえないままでいいの?

 そう思いつつも何もするつもりはなかった。

 自分でがんばりなさい。

 にっこり思った後で、今日病院でも相変わらず「噂の美中年発見」などと言われていたらしい賢次を見て、七枝はまた吹き出した。
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