王子とチェネレントラ

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13話

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 朝、隼はいつものように起き上がるとぼんやり学校へ行く準備を始めた。とりあえず朝食と弁当を用意してから顔を洗う。その際に渋々ながらコンタクトレンズを着けた。
 すると何となく見慣れない自分が鏡の向こうにいる。多分髪を染めたことないからだろう、と隼はため息ついた。髪を染めるのが嫌というより、その後髪が伸びてきた時が面倒だから鬱陶しいなと思っている。わりと伸ばしっぱなしにしてはいたが不潔にしたことないし、伸びた部分の色が違ってくるのはあまり好きでない。

「よぉ」

 美容師に整えてもらったからか、伸びっぱなしでボサボサだった髪は元々髪質はサラサラしているのもあり、手櫛だけでもそれなりに綺麗に整った。これでいいかと思っていると、相変わらず強面な表情で雅也が洗面所にやってきた。

「おはよう。朝ここで会うの珍しいね」

 気づいた隼が笑いかけると、だが何故か顔を反らされた。最近何となく犬、ではなく雅也の反応傾向がわかってきたと思っていた隼は怪訝な表情して「まだまだわかってなかったか」と心の中で飼い主、ではなく友人としての理解度に対して反省する。

 もしくは飼いぬ……友だちの見た目が何となく変わり、警戒している、とか?

 とりあえずここは黙っていようと「朝食よかったらあるから」と洗面所のスペースから出ようとした。すると声かけてきた。

「……あのさ」
「どうかした?」
「……いや、やっぱ何でもねぇ」
「? そう?」

 怪訝に思ったものの、隼は台所へ行き、朝食をテーブルに置いていく。珍しく朝も一緒に食べた後、流れで何となく隼は雅也と一緒に部屋を出た。いつもは大抵すでにどこかへ行っていていないか、多分寝ているかの雅也が一体どうしたのかと思いつつ、隼は雅也と学校へ向かう。
 道中、妙に視線を感じたので、しまったと隼は内心ため息ついた。雅也は一匹狼とは言え、見た目はいいので密かに人気があるのを隼はつい、失念していた。注目を浴びたくないというのに、隣に人気者がいると必然的に浴びてしまう。
 極力急いで学校へ向かうしかないと、隼は早歩きになる。ついでに雅也が早く歩く気がなく離れてくれたらと少しだけ思いつつ、感じる視線の中ひたすら隼は俯きながら進んだ。
 だが何故か雅也は同じペースでついてきた。特に何かを話すわけではないので、微妙な雰囲気すら感じる。
 クラスが別なので教室に入る前に別れられ、友人だと言ってくれるというのに申し訳ないが、隼は少しホッとした。

「何かあれば言ってこいよ」
「へ? あ、ああうん」

 そんな風に釘を刺され、何故そんなことをと思いつつ隼はとりあえず頷き「じゃあ」と自分の教室へ入った。
 途端、何故か注目を浴びる。もしかしたら雅也と一緒に登校したのがそれほどに珍しかったのだろうかと、隼は足早に自分の机に向かった。すると変にざわざわとし出したのに気づく。

 何なんだ、俺と関係ないことで何かあったんだろうか。

 どうにも落ち着かないでいると、そこへ登校してきた中学時代も同じ学校だった聖と成光がもう一人、これまた中学が同じ津下 泉生(つげ いずき)という生徒と一緒に入ってきた。
 最初この三人と同じクラスだと知った時は微妙な気持ちになったものだ。多分本来は嬉しいのかもしれないが、同じ中学でもクラスは別だった隼は別に友人でもなかったので特に嬉しさもなかった。

「あ! なる。昔に戻った?」

 隼に気づいた成光がすぐさま近づいてくる。成光は同じクラスでなくとも隼を知っていたようで、入学早々親しげに話しかけ、というより「鳴海、何その眼鏡」と爆笑してきて以来こうして絡んでくる。
 何気にそちらを見ると成光の背後にいる聖の顔がどこか怖い。薄らと笑っているのだが、間違いなく隼に「死ね」位の勢いである視線を送ってきている。その隣の泉生は単にポカンと隼と見ているだけなので、余計にその差を感じる。

 何なんだ本当に。

 隼も嫌な顔を隠すことなく成光を見た。

「やっぱ前のっつーかそっちのがいいだろ」
「そっち?」

 何の話だと今度は怪訝な顔をすると「髪とか顔!」と返された。

 ああ、そういえば視界が妙にクリアだったんだ。髪を弄られた上にコンタクトレンズなんだ。

 うっかり忘れていたが、思い出した。中学の時は髪型が違うとはいえ今のように顔を普通自分のクラスに入ったと思っていた雅也の強面の顔がさらに怖いことになり、こっちを見ている。

 俺が何したんだ……!

 隼はひたすら面倒臭いと微妙な顔しながら成光を剥がそうとした。すると「せーちゃん、鳴海が困ってるよ」と聖と泉生が剥がしてくれた。それにホッとしつつもやはり周囲の視線をひたすら感じる。
しかもたまに聞こえてくるのが「あれがあの眼鏡……?」やら「え、ほんとに……?」やらなので、とりあえず自分のことを言われているのだろうとはわかった。

 ああ、髪と眼鏡か。

 見た目がいつもと多少違うのが原因なのだと隼は理解した。

 いつも眼鏡のヤツがコンタクトにしたら、そんかき気に食わないのだろうか。というか、俺が嫌われてるからいつもと違うことするだけで皆は許し難いと思う、とか? いやまあ、まさかそこまではな。

 どうでもいいが、早く周りの関心が薄れるといいなと思いながら、隼は授業前から教科書を開きだした。
 だが関心は薄れるどころか酷くなっているのはと、昼休み前の授業中に隼はひしひしと感じていた。
 休み時間の度に何故か自分の机の周りに誰かがやってきて話しかけてくる。目立つことも面倒なことも好きではないが、話しかけられてさすがに無視はできない。とりあえず何か言われると答えるのだが、そうするとますます何やら言われる。適当に受け答えしすぎて何を言われたのかすら覚えていない。

「何か鳴海くんてクールだよね」

 とりあえず今の授業が始まる前、最後に言われた言葉だけは頭に残っていた。

 クール? クールって何だ。

 いや、クールという意味はわかっている。冷たい、涼しい、冷静、冷淡。俗語としては恰好いいという意味でも使われる。
 ただクールのどれが自分の何に当てはまると言うのだ、と微妙な顔でそっと思った。

 あれか。無視しないよう何とか答えたけど、その言葉に気持ちがこもっていないから性格が悪い、という意味か?

 それならまだわかる。わかるが、そう思うならいつものようにそっと無視をしてくれればいいとも思う。
 昼休みになった途端、隼は弁当をつかむとすぐさま避難した。急いで教室を出たが、背後で自分の机に向かおうとしていた女子たちが見えてぞっとなる。新手の苛めなのだろうか。
 弁当を持ってきたのはいいが、勉強道具を忘れてきた隼はしばらくうろうろした後、仕方なく学習同好会として使用されている教室へ向かった。いつもは放課後しか出向かないのだが、そこなら落ちついて食べられるだろうし何らかの本はあるだろう。図書室では飲食できないが、同好会ならまだ許してもらえるかもしれない。
 着いた教室の出入口を開けようとしたら、手が伸びてきて隼の手に重なった。

「おい、雀。なんでわざわざここで食おうとするんだ。ここはやめとけ」
「食べるところなかったなら言ってくれたらいいのに。どこでも用意してあげるよ?」

 隼はため息ついた。そして自分よりも十二分に背が高いせいで覆いかぶさられるようになっていることに少々イラつきながら振り向いた。

「近いしウザいです雪城先輩。それと別に用意してくれなくていいです緋月先輩」

 自分に重なり、開けるのを遮られている手を避け、隼は違う位置から出入口を開けた。

「失礼します」

 誰かいるかどうかもわからなかったが一応断りを入れ、凪から避難するように教室へ入る。中では何人かと一緒にいる和颯が見えた。

「その声は鳴海か。やあ、いらっしゃ……」

 隼の声に気づいた和颯がにこやかに振り返る。だが隼を見た途端、言いかけたまま一瞬固まっていた。すぐ気を取り直したようだが、何故か凪と氷聖を睨んでいる。

「後輩が来たし、また後で」
「じゃあ」

 和颯が淡々と言うとその周りにいた数名は素直に立ち上がり、教室を出ていった。

「あの、お、お邪魔でしたか」
「何を言ってるんだ、そんなわけないだろう? いや、鳴海の後ろにいる存在はとても邪魔だけどな」
「うるせぇ。別に部室だろうが立ち入り禁止ってわけじゃないだろうが」
「そうそう。カズはお堅いよ」

 サラリと毒吐く和颯に対し、凪と氷聖も負けていない。

 ああ、ここも落ちつける場所でなくなった。

 隼が微妙な顔をしていると和颯が「弁当、まだ食べていないのか。構わないからここで食べるといい」とにこやかに言ってきた。

「すみません。では」

 そう言われると食べるしかないし、どのみち腹が減っている。他に食べる場所も思いつかないので、隼は皆と少し離れた席へついて食べだした。

「何で離れるんだ。ていうか今日のおかずは何だ。魚はあるのか?」

 凪が覗きこんでくる。

「魚はありますが俺のです」
「ケチケチするなよ」
「食べないと腹が減りますんで。ていうかあなた方はもう食べたんでしょう? 何で俺の胃袋を脅かそうとしてくるんです」

 そんなやりとりを尻目に、和颯が氷聖を睨みつけていた。

「余計なことするなよ」
「あは。やっぱりカズは前から気づいてたんだ? だってせっかくあんな綺麗な顔してるのに勿体ないじゃない」
「勿体なくなどない。有象無象にわざわざ知らせる意味などないだろうが」
「ほんといい性格してるよね」
「お前らもな」

 その頃、雅也は隼がついでだからと作ってくれた弁当を持って一人、うろうろと誰かを探しまわっているようだった。
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