王子とチェネレントラ

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4話

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「ナギほんとどうしちゃったんだろね、誰かに構うの珍しいよね?」

 氷聖がニッコリ言うと凪は「あ?」とぶっきらぼうに呟きながら面を外した。

「何の話だ」
「ほら、あのもっさり……じゃなかった、隼くんに勉強教えるとか。何? 何か気になるとこでもあった?」
「お前だって普段は知らんふりか何かだろ。のくせにやたら絡んでるだろが」
「まあ、うーん、何か見た目ああだけど、性格が楽しいなぁって思って。後、ナギが絡むのが気になって」
「俺も同じようなもんだな。自分に自信なさげなくせに人には噛みついてくるよな、あいつ。変わってる。あとこの俺が勉強教える価値をわかってないのは気に食わない」
「気に入ったの間違いでしょ」
「つか、お前やたら道場やってくるけど、いい加減興味あるなら剣道すればいいだろ」

 剣道着姿の凪はペットボトルの水を飲みつつ、ジロリと座っている氷聖を見た。
 凪は昔から剣道をやっており、この高校でもずっと続けている。凪の剣道着姿や練習をしているところを見たいという生徒が殺到するのを避けるため、一般生徒は立ち入り禁止となっている。だが氷聖だけは何故か誰にも咎められることなくちょくちょくこうして道場に来てはだらだらとしている。

「面とかの防具ってさあ、臭そうじゃない。つけたくないんだよね、俺」

 凪の言葉に氷聖はニッコリ微笑んだ。

「あ?」

 水を飲み終えた凪は氷聖を見るが「雪城先輩、手合わせお願いします」という声に反応してそちらに向き直った。

「いいぞ。俺を倒せると思ってんなら百年早いけどな」

 ニヤリと笑ってまた面や甲手を付けなおす凪を、氷聖は「いってらっしゃーい」と手をひらひらさせながら見送った。
 結局剣道部が終わるまでだらだらいた氷聖を、凪は改めて呆れたように見る。

「お前、時間無駄に過ごしてないか?」
「そうでもないよ? わりと有意義な時間だよ。のんびりできるしね」
「家でのんびりしろよ」

 家が近い幼馴染なので帰る方向も同じになる。二人とも学校は家から離れていないので寮ではなく通いだった。

「時間の無駄と言えばやっぱカズでしょ」
「あ? アイツ? 何で」

 犬猿の仲である相手の名前を聞いて、凪は嫌そうに顔をしかめた。

「だってカズってば生徒会やクラブの勧誘が煩わしいからって立ちあげた同好会、まだ続けてるみたいじゃない。あの同好会こそ無駄でしょー」

 氷聖は別に犬猿の仲という訳ではないが、どうにも気が合わないので距離を置いているらしい。だが凪は「似た者同士だからだろう」と思っているし言葉にもしている。それに対しては「似た者同士ってんならナギ、よく犬猿の相手と似てる俺とつるめるよね」と氷聖は言い返してくる。

「和颯は変わってんだろよ。学習同好会とか、誰が普通好き好んで……」

 鬱陶しそうに言いかけた凪は、だがハッとなって黙った。

「ナギ、どうかした?」
「そういや雀ってやたら勉強したがってたよな。あいつ、まさか同好会入ってるってこと、ねーよな」
「あはは、まさか。っていうかほんと何でそんな気にするかな」



 氷聖が凪に対しおかしそうに笑っている時、隼は「お疲れ様でした」と教室を後にしていた。

「また、鳴海。本当に今度寮に遊びに行くよ」

 今日は珍しく途中から他の部員がやってきており、その生徒と話していた和颯はニコニコ手を振ってきた。それに対しペコリと頭を下げた後で、隼は寮の傍にある店へ寄って買い物をしてから帰った。寮自体も一応全体的な学校の敷地内ではあるが、一旦は学校の門を抜ける。寮の傍にある店は学校内にある小さな店と違って生活雑貨等も豊富に置いてあった。
 寮に住んでいる生徒はそこそこ多い。多分通いの生徒よりも割合は多いのではないだろうか。
 最初はどうなることかと思っていた隼も、今ではかなり寮に慣れていた。慣れたといっても学校でもいつも大抵一人でいるため、寮でも基本知った顔はいない。中学が一緒だった上に同じクラスの成光や、他のもう二人は多分同じく寮にいるのだろうが、どの部屋か全く知らない。広い食堂や共同風呂があるのだが、隼は今のところ一度も利用していなかった。
 部屋に着くと着替えてから夕飯の準備をする。料理は元々難なくできる。別に鍵っ子でもないし、自分が作らないと食べられなかったわけでもない。ただ母親が「男でも料理ができないと、お父様のようになっちゃうわよ」と言ってきたので自ら教わっていた。
 親は両親とも医者をやっているが、母親はそれでも昔から隼や兄に美味しいご飯を作ってくれていた。
 父親はとても立派な医者であり腕もいいと評判だが、隼も兄も昔から偉そうな父親が好きでない。何故母親はあんな父親が好きなのだろうと謎に思ってこっそり聞いたことあるが「お父様は案外……ああううん、ほら、顔がすっごくかわいいでしょ。だから」と誤魔化されたのか本気なのかわからないようなことを言われた記憶しかない。
 ちなみに兄も医者として海外で働いている。いつも隼をかわいがってくれる兄は昔から頭がとてもよかった。
 優秀な医者である両親に、とても頭がよくできがいい兄。そういったものがプレッシャーになりつつも、隼を勉強に駆り立てていた。

「できた。一旦火を止めておいて風呂に入るか」

 素朴な味が好きな隼は作るものも素朴なものが多い。一番の大好物は卵焼きだが、さすがに夕食に卵焼きばかりというのはどうかと思うので我慢して、弁当に詰めるのと余ったものを朝食用にするだけに留めている。だからこそとんでもない先輩達に弁当の中身を取られそうになった時も、卵焼きだけは死守した。
 今日は色々と疲れたので手抜きのつもりで肉じゃがを作っていた。材料さえあれば大して難しくもないくせに美味しいので隼はけっこう好きだ。特に拘りないので余ってもなくなるまで続けて数日食べたりするし楽なので煮物系は重宝している。量も一人分など考えず、いつも普通の量で作っている。
 風呂と言っても勿論共同風呂ではなく部屋についている小さなシャワー室で済ませるのだが、休みの日にはこの学校の近くで発見した銭湯へたまに行くので問題なかった。そこなら誰もこの学校にいるような金持ち生徒はいないので、寛いで入られる。
 次の休みにでも行くかなぁと考えながら濡れた髪を肩にかけたタオルで拭きながら出てくると、狭いキッチンに誰かがいるのに気づいた。一瞬泥棒かとギョッとしたが、直ぐに冷静になって思い出す。そういえばここは共同部屋だった、と。
 滅多に見かけない同居人だろうが何の用だろうか、水でも飲みに来たのだろうかとそわそわしつつ、早く立ち去ってくれることを願ってそっと窺う。
 冷蔵庫すら共通なので同居人がその場所にいるのは本来なら普通だが、滅多に部屋にいない相手なので違和感しかなかった。
 ふと、隼の存在に気づいたのか同居人が振り返ってきた。

「これ、お前が作ったのか?」

 滅多に会わないし、部屋ですれ違っても無視かもしくは「おい、そこの」くらいしか言ってこない相手に問われ、隼はポカンとして相手を見た。

「おい、聞いてんだろがよ、聞こえねぇのか?」

 相手は少しイラついた風に睨んできた。ピアスを、隼からすれば無駄じゃないのかと思うくらいつけていて派手派手しい、少しこの学校では浮きそうな相手のとりあえず名前は何だっただろうかと少々逸れたことを思いつつ、隼は頷く。

「そうだけど、何」
「やっぱそうなのか。たまに何か食いものの匂いするよなとは思ってたけどよ……お前、地味なくせにすげぇな」

 地味と料理はどう関係あるのか。そして本当に名前、何だったっけか。

「何が凄いかわからないけど……」

 分厚い眼鏡に髪の水滴がついたので、眼鏡をかけたまま適当に肩にかけているタオルで拭きながら隼は戸惑っていた。

 作ったから、どうなのか。
 何故そこから動かないのか。
 いつものように無視をしてどこか行ってくれないだろうか。

 だが相手は何故か肉じゃがの鍋をそわそわと見ている。派手派手しいヤンキーのくせに、もしかしてそんな素朴な肉じゃがに興味でもあるのだろうか。いやまさかなと内心苦笑しつつ、とりあえずどいて欲しい思いを正直に告げることにした。

「俺、今から夕飯食べたいからどいてくれるか」
「お、おお」

 だが相手は頷きつつもソワソワとしている。

「……君も何だったら、食うか?」

 あまりに鬱陶しいのでそう言ってしまった後、隼は心の底から後悔した。同居人は「マジでか! 食う」と狼のような派手な顔をしつつも飼われている犬のように、ない尻尾を振るかのように頷いてきた。
 結局その日は名前も覚えていない同居人と夕食を共にする羽目になった。食べながら、派手派手しい同居人がいつも彼女のところへ行くが手料理なんて味わったことないだの、素朴な家庭料理に興味があるだの、どうでもいいことを聞きたくもないのに知らされ、隼は肉じゃががなくなったら素朴でも何でもないビーフシチューでも作ろうとそっと思う。

「お前ダセェけどすげーな。つか髪濡れてっからか、ちょい後ろに流れ気味なの、似合うんじゃね? 眼鏡で台無しだけどな」
「はぁ」

 どうせこのままにしていたら明日の朝にはボサボサなのはわかっているし面倒くさいので、そういったことに関しても隼は適当に受け流していた。
 翌日、相変わらずどこにもいない同居人にホッとしつつ、学校へ行く前に部屋の入口を窺った。そしてとりあえず相手の名字は「佐藤」だと把握した。
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