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第五章 帰還
147話
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フォルスが自分の執務室で仕事をしていたらリフィルナが来ていることをコルジアがやって来て教えてくれた。兄の付き添いで来たらしい。
思わず自分の胸元に入れてある、出そうと思いつつまだ持ったままの手紙にフォルスは触れた。そしてしばらく悩んだ後、貴賓室へ向かった。悩んだのはもちろんリフィルナに会いたくないからではない。むしろ会えるものならいつでも会いたいが、告白などという自分史上初の行動によりどうしても腰が重くなった。
できるのであればリフィルナ自身の気持ちが落ち着いてまとまり、フォルスに対してどう思ってくれているのか整理がついてから接触したいのだが、アルディスに言わせればナンセンスらしい。フォルスとリフィルナの二人だと、下手をすれば何十年も経ってしまう可能性もあると後で改めて言われた。
貴賓室ではリフィルナが菓子を堪能しているところだった。その様子に癒され、フォルスはつい笑ってしまった。改めて、好きだなと思う。
リフィルナは動揺しつつも立ち上がり、挨拶してきた。
「お兄さんを待っているんだよね? もし時間があるのなら、少し庭園でも散歩しないか?」
「え? え、ええ。はい。でも……忙しいのでは……」
机の上にはまだ未処理の書類の山が三つほどある。フォルスは微笑んだ。
「問題ない。片付いたところで丁度散歩でもしたいなと思っていたところなんだ」
「そうなんですか? では喜んで」
ホッとしたようにリフィルナが笑いかけてきた。
ただ庭園で隣を歩いているリフィルナは風景などに癒されるというよりは緊張した様子だった。昨日のせいかもしれない。いい意味で意識してくれているなら正直嬉しいが、そうでないなら悲しい。どのみちリフィルナにとって今現在は居心地よさそうではないようで、申し訳ないなとフォルスはそっと思った。
少し歩くと繊細な彫刻がほどこされ花が巻きついているガゼボが見えてきた。ドーム状の屋根が青空に眩しい。予め言っておいたのもあり、そこにあるテーブルにはすでに茶のセットが用意されていた。
そちらへ向かい、リフィルナに座るよう促した。緊張していたはずのリフィルナは腰掛けた後、菓子に目が釘付けのようだ。
「どうぞ」
笑みを浮かべて言えば、同じく笑いかけてきながらリフィルナは菓子に手をつけた。
旅に出ていた時はあまり甘いものを食べる機会がなかったのもあるが、その機会がある時は絶対に食べていたのを思い出す。
そういえばボンボンを何やらディルとの賭けの対象にもしていたっけ。で、ディルが負けて俺と一日過ごす羽目になったんだっけな。
少し苦笑する。ただ、これほど甘いものを摂取していて何故こんなに小さくて華奢なのだろうなとフォルスはさらに苦笑した。とりあえず用意しておくように予め言っておいてよかったとしみじみ思う。
とはいえこの先どうしようかとフォルスは内心では全然落ち着いていなかった。手紙の内容は単に時候の挨拶とパーティーに来てくれた礼とともにいつでも来て欲しいといったような一見ただの礼状だった。しかし面と向かって言う内容ではない。とはいえ「昨日の告白だが」などとも言えない。急かすことはしたくなかった。
いつも何を話していたのだろうとさえ思えてきた。旅の間は大抵とても自然に接していられた気がする。話にも特に事欠かなかったし、無言であっても心地いい空間だったりした。だが今は無言が落ち着かないし、何を話せばいいのかもわからない。
情けない話だと思う。好きな相手に気持ちを伝えただけでこれか、と叱咤したくなる。
「……あ、の」
リフィルナもこの空気にまた緊張感がよみがえったのか、おずおずといった様子で声をかけてきた。
「ああ、すまない。仕事は終わったのだけど、少し処理した内容について考えていて」
嘘しか言っていない。仕事は山積みだし、だが処理し終えた内容については完璧に仕上げているつもりなので思い返すことなどない。
「そ、うなんですね。大丈夫ですか。お仕事、戻られなくて……」
本当に俺は愚鈍だな。
「悪い、大丈夫だ」
「悪くなんてないですよ。……その、大丈夫なのでしたら、その、私、フォルにその、言いたいこと、あって……」
途端に心臓が跳ねた。胸から破り出てきたのかと思いそうなほど跳ねた。
落ち着くためにも「違う、違うぞフォルス。リフィに何か話があるにしても昨日のことではない。馬鹿な期待をするな。それに万が一昨日のことであってもこれほど早いということはお断りだと話すための可能性が高いだろうが。……いや、やめろ、考えるな。とりあえず違うぞ俺」などと内心ひたすら言い聞かせた。
だが表面では静かに笑いかけた。
「何の話だろう。何でも言ってくれ」
「あ、りがとう、ございます。……その……ああ、駄目」
何が……?
血の気が引かないよう、フォルスはさりげなくこめかみ辺りに手をやる。
「何が駄目なんだ?」
「緊張、してしまって」
「俺に対して? 今さら過ぎないか?」
「う、ううん。違うんです。いえ、違うんじゃないけど……ああ、直接会えばどうにかなると思っていたのに」
リフィルナが頭を抱えている。だがフォルスもできるのであれば頭を抱えたかった。とはいえ落ち着け、とまた自分に言い聞かせる。もしかしたら他の心配事や悩み事を抱えているかもしれない。それならフォルスのできることがあるのなら迅速な対応をしてあげたい。
「落ち着いて。大丈夫、話をまとめられなくても、拙くてもいいから君ができる範囲で言葉にしてみて」
笑みを浮かべて静かに言えば、リフィルナはホッとしたように「ありがとうございます」と微笑んできた。
思わず自分の胸元に入れてある、出そうと思いつつまだ持ったままの手紙にフォルスは触れた。そしてしばらく悩んだ後、貴賓室へ向かった。悩んだのはもちろんリフィルナに会いたくないからではない。むしろ会えるものならいつでも会いたいが、告白などという自分史上初の行動によりどうしても腰が重くなった。
できるのであればリフィルナ自身の気持ちが落ち着いてまとまり、フォルスに対してどう思ってくれているのか整理がついてから接触したいのだが、アルディスに言わせればナンセンスらしい。フォルスとリフィルナの二人だと、下手をすれば何十年も経ってしまう可能性もあると後で改めて言われた。
貴賓室ではリフィルナが菓子を堪能しているところだった。その様子に癒され、フォルスはつい笑ってしまった。改めて、好きだなと思う。
リフィルナは動揺しつつも立ち上がり、挨拶してきた。
「お兄さんを待っているんだよね? もし時間があるのなら、少し庭園でも散歩しないか?」
「え? え、ええ。はい。でも……忙しいのでは……」
机の上にはまだ未処理の書類の山が三つほどある。フォルスは微笑んだ。
「問題ない。片付いたところで丁度散歩でもしたいなと思っていたところなんだ」
「そうなんですか? では喜んで」
ホッとしたようにリフィルナが笑いかけてきた。
ただ庭園で隣を歩いているリフィルナは風景などに癒されるというよりは緊張した様子だった。昨日のせいかもしれない。いい意味で意識してくれているなら正直嬉しいが、そうでないなら悲しい。どのみちリフィルナにとって今現在は居心地よさそうではないようで、申し訳ないなとフォルスはそっと思った。
少し歩くと繊細な彫刻がほどこされ花が巻きついているガゼボが見えてきた。ドーム状の屋根が青空に眩しい。予め言っておいたのもあり、そこにあるテーブルにはすでに茶のセットが用意されていた。
そちらへ向かい、リフィルナに座るよう促した。緊張していたはずのリフィルナは腰掛けた後、菓子に目が釘付けのようだ。
「どうぞ」
笑みを浮かべて言えば、同じく笑いかけてきながらリフィルナは菓子に手をつけた。
旅に出ていた時はあまり甘いものを食べる機会がなかったのもあるが、その機会がある時は絶対に食べていたのを思い出す。
そういえばボンボンを何やらディルとの賭けの対象にもしていたっけ。で、ディルが負けて俺と一日過ごす羽目になったんだっけな。
少し苦笑する。ただ、これほど甘いものを摂取していて何故こんなに小さくて華奢なのだろうなとフォルスはさらに苦笑した。とりあえず用意しておくように予め言っておいてよかったとしみじみ思う。
とはいえこの先どうしようかとフォルスは内心では全然落ち着いていなかった。手紙の内容は単に時候の挨拶とパーティーに来てくれた礼とともにいつでも来て欲しいといったような一見ただの礼状だった。しかし面と向かって言う内容ではない。とはいえ「昨日の告白だが」などとも言えない。急かすことはしたくなかった。
いつも何を話していたのだろうとさえ思えてきた。旅の間は大抵とても自然に接していられた気がする。話にも特に事欠かなかったし、無言であっても心地いい空間だったりした。だが今は無言が落ち着かないし、何を話せばいいのかもわからない。
情けない話だと思う。好きな相手に気持ちを伝えただけでこれか、と叱咤したくなる。
「……あ、の」
リフィルナもこの空気にまた緊張感がよみがえったのか、おずおずといった様子で声をかけてきた。
「ああ、すまない。仕事は終わったのだけど、少し処理した内容について考えていて」
嘘しか言っていない。仕事は山積みだし、だが処理し終えた内容については完璧に仕上げているつもりなので思い返すことなどない。
「そ、うなんですね。大丈夫ですか。お仕事、戻られなくて……」
本当に俺は愚鈍だな。
「悪い、大丈夫だ」
「悪くなんてないですよ。……その、大丈夫なのでしたら、その、私、フォルにその、言いたいこと、あって……」
途端に心臓が跳ねた。胸から破り出てきたのかと思いそうなほど跳ねた。
落ち着くためにも「違う、違うぞフォルス。リフィに何か話があるにしても昨日のことではない。馬鹿な期待をするな。それに万が一昨日のことであってもこれほど早いということはお断りだと話すための可能性が高いだろうが。……いや、やめろ、考えるな。とりあえず違うぞ俺」などと内心ひたすら言い聞かせた。
だが表面では静かに笑いかけた。
「何の話だろう。何でも言ってくれ」
「あ、りがとう、ございます。……その……ああ、駄目」
何が……?
血の気が引かないよう、フォルスはさりげなくこめかみ辺りに手をやる。
「何が駄目なんだ?」
「緊張、してしまって」
「俺に対して? 今さら過ぎないか?」
「う、ううん。違うんです。いえ、違うんじゃないけど……ああ、直接会えばどうにかなると思っていたのに」
リフィルナが頭を抱えている。だがフォルスもできるのであれば頭を抱えたかった。とはいえ落ち着け、とまた自分に言い聞かせる。もしかしたら他の心配事や悩み事を抱えているかもしれない。それならフォルスのできることがあるのなら迅速な対応をしてあげたい。
「落ち着いて。大丈夫、話をまとめられなくても、拙くてもいいから君ができる範囲で言葉にしてみて」
笑みを浮かべて静かに言えば、リフィルナはホッとしたように「ありがとうございます」と微笑んできた。
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