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第五章 帰還
139話
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ただイルナはリフィルナを見てとても気がかりそうな、それでいて気まずそうな表情をしてきた。しかし「イルナ? どうかした?」と婚約者に聞かれて一旦リフィルナから目をそらす。
いつも堂々としていたイルナしか知らないリフィルナが内心首を傾げていると、少し躊躇した後にイルナはリフィルナに「傷はもう大丈夫なの……?」と聞いてきた。小さな声ではあったがそこにイルナが本当に気がかりだと思ってくれている気持ちがあるのをリフィルナは感じた。
「はい。大丈夫です」
リフィルナが微笑むと、イルナは心底ホッとしたような表情を見せてきた。
その会話に割って入るかのように、母親の尖った声が聞こえてくる。
「だいたい戻っていたなら何故知らせを寄越さないのです。親に心配をかけて。おまけに帰ってくる気配すらない」
見れば母親は忌々しそうにコルドを睨んでいた。そして視線を感じたのかリフィルナに目を合わせてくる。思わずそらしたくなったが、リフィルナは何とか堪えた。
私にはコルドやフォルス、アルディスたちがいてくれている。大丈夫、がんばれ私。
内心、必死に言い聞かせていた。それにディルも以前同様今ここにはいないが多分庭を堪能しつつもついてくれている。
「心配? はは。というかこの場で話す内容ではないでしょう?」
乾いた笑いをしながらコルドが呆れたように言い返した。自分の妻に圧され気味なのか父親はただ、ため息をついている。ふとリフィルナは父親と目が合った。そこに「久しぶりに会えて嬉しい」という気持ちは感じられなかったが、それは自分だって同じなのだろうとリフィルナは少し前へ出た。
大丈夫。がんばれ私。
「お久しぶりです、お父さま、お母さま。お元気そうで何よりです。ですが私は家へ戻るつもりはありません」
正直、初めての反抗と言ってもよかった。それどころか自分の気持ちを伝えたことすら、初めてかもしれない。現に両親は驚いた顔をしている。
しかし母親は間もなく我に返ったかのように癇癪を起しかけた。それに気づいた父親だけでなくコットンまでもが諫めている。
「いい加減にしないか、お前」
「ですがっ」
「……母上。コルドが言ったようにこんなところでする話ではない。周りをご覧なさい。それに王子殿下のお近くでこれはあまりに失礼だ」
リフィルナが知っている兄、コットンは基本的に仕事以外無関心だった。だから自分の母親を諫める姿にリフィルナもそっと驚きを感じていた。母親はコットンの言葉に、ようやく大人しくなったようだ。
その様子を見ていたイルナがため息をついている。
「イルナ姉さま……」
「……お母様はどうしようもないわ。私もゲーアハルト様のことで散々言われているもの」
イルナの婚約をまだ反対しているということだろう。とりあえず少し落ち着いた母親を、父親はどこかへ連れていった。王子二人に頭を下げた後、コットンがリフィルナを見てきた。
「リフィルナ」
まるで初めて名前を呼ばれたような気持ちさえする。
「は、はい、コットン兄さま」
「本当に戻るつもりはないのか」
「……はい。戻りません」
「そうか。……綺麗になったな。そのドレスとブローチ、とてもお前に似合っている」
ぼそりと呟くと、コットンは改めてフォルス、アルディスに会釈した後コルドに目礼し、父親の元へ向かって行った。思わずリフィルナが唖然としているとイルナが「じゃあ」と婚約者と共にコットンの後に続く。だがふと振り向いてきた。
「二人には私からも進言しておくわ」
家族たちが去っていくと、リフィルナは力が抜けたように少しふらついた。それをフォルスが慌てて支える。
「あ、ありがとうございます」
「……よくがんばったな」
フォルスが小さな笑みを向けてくれた。おかげで何となく救われたような気持になる。手を貸してもらって自分でしっかり立つと、コルドも「本当にがんばった」と頭を撫でてくれた。アルディスも「お疲れ様」と微笑んでくれる。リフィルナも微笑み返した後に「これで本当に帰らなくていいのかな……」と俯き加減で呟いた。
「ああ、帰らなくていい」
コルドが即答する。
「うん……ありがとう」
とりあえず少なくとも今日は切り抜けられた。それで十分かもしれない。それに、とリフィルナはまた微笑んだ。
あの出来事の後、もしかしたら二度と会うことがないのかもしれないとさえ思っていたイルナと会話さえできた。それが心から嬉しいしホッとする。コルドによって、眷属とのことを知らなかったとはいえリフィルナを傷つけてしまったことをとても後悔していたらしいイルナと、もしかしたら今後はほんの少しでも近くなれる可能性だって少しは出てきた気がする。
おまけにあのコットンに「似合っている」と言ってもらえた。
「コットン兄さまに似合ってるって言われた……」
思わず呟くと「俺はいつだって言ってるじゃないか」とコルドが何故か少々不満げだ。
「私のこと、下手したら覚えてくれていないのかもしれないとさえ思いそうなコットン兄さまだよ? そんなコットン兄さまが褒めてくれたんだよ?」
「何だよそれ。それなら俺もリィーにちょっと素っ気なくしてみるべきか……」
「そんなこと、絶対できないくせに」
アルディスが笑いながら言ってきた後で「そろそろ時間だな」と断りを入れてきた。そしてフォルスと共に王の元へ向かっていった。
いつも堂々としていたイルナしか知らないリフィルナが内心首を傾げていると、少し躊躇した後にイルナはリフィルナに「傷はもう大丈夫なの……?」と聞いてきた。小さな声ではあったがそこにイルナが本当に気がかりだと思ってくれている気持ちがあるのをリフィルナは感じた。
「はい。大丈夫です」
リフィルナが微笑むと、イルナは心底ホッとしたような表情を見せてきた。
その会話に割って入るかのように、母親の尖った声が聞こえてくる。
「だいたい戻っていたなら何故知らせを寄越さないのです。親に心配をかけて。おまけに帰ってくる気配すらない」
見れば母親は忌々しそうにコルドを睨んでいた。そして視線を感じたのかリフィルナに目を合わせてくる。思わずそらしたくなったが、リフィルナは何とか堪えた。
私にはコルドやフォルス、アルディスたちがいてくれている。大丈夫、がんばれ私。
内心、必死に言い聞かせていた。それにディルも以前同様今ここにはいないが多分庭を堪能しつつもついてくれている。
「心配? はは。というかこの場で話す内容ではないでしょう?」
乾いた笑いをしながらコルドが呆れたように言い返した。自分の妻に圧され気味なのか父親はただ、ため息をついている。ふとリフィルナは父親と目が合った。そこに「久しぶりに会えて嬉しい」という気持ちは感じられなかったが、それは自分だって同じなのだろうとリフィルナは少し前へ出た。
大丈夫。がんばれ私。
「お久しぶりです、お父さま、お母さま。お元気そうで何よりです。ですが私は家へ戻るつもりはありません」
正直、初めての反抗と言ってもよかった。それどころか自分の気持ちを伝えたことすら、初めてかもしれない。現に両親は驚いた顔をしている。
しかし母親は間もなく我に返ったかのように癇癪を起しかけた。それに気づいた父親だけでなくコットンまでもが諫めている。
「いい加減にしないか、お前」
「ですがっ」
「……母上。コルドが言ったようにこんなところでする話ではない。周りをご覧なさい。それに王子殿下のお近くでこれはあまりに失礼だ」
リフィルナが知っている兄、コットンは基本的に仕事以外無関心だった。だから自分の母親を諫める姿にリフィルナもそっと驚きを感じていた。母親はコットンの言葉に、ようやく大人しくなったようだ。
その様子を見ていたイルナがため息をついている。
「イルナ姉さま……」
「……お母様はどうしようもないわ。私もゲーアハルト様のことで散々言われているもの」
イルナの婚約をまだ反対しているということだろう。とりあえず少し落ち着いた母親を、父親はどこかへ連れていった。王子二人に頭を下げた後、コットンがリフィルナを見てきた。
「リフィルナ」
まるで初めて名前を呼ばれたような気持ちさえする。
「は、はい、コットン兄さま」
「本当に戻るつもりはないのか」
「……はい。戻りません」
「そうか。……綺麗になったな。そのドレスとブローチ、とてもお前に似合っている」
ぼそりと呟くと、コットンは改めてフォルス、アルディスに会釈した後コルドに目礼し、父親の元へ向かって行った。思わずリフィルナが唖然としているとイルナが「じゃあ」と婚約者と共にコットンの後に続く。だがふと振り向いてきた。
「二人には私からも進言しておくわ」
家族たちが去っていくと、リフィルナは力が抜けたように少しふらついた。それをフォルスが慌てて支える。
「あ、ありがとうございます」
「……よくがんばったな」
フォルスが小さな笑みを向けてくれた。おかげで何となく救われたような気持になる。手を貸してもらって自分でしっかり立つと、コルドも「本当にがんばった」と頭を撫でてくれた。アルディスも「お疲れ様」と微笑んでくれる。リフィルナも微笑み返した後に「これで本当に帰らなくていいのかな……」と俯き加減で呟いた。
「ああ、帰らなくていい」
コルドが即答する。
「うん……ありがとう」
とりあえず少なくとも今日は切り抜けられた。それで十分かもしれない。それに、とリフィルナはまた微笑んだ。
あの出来事の後、もしかしたら二度と会うことがないのかもしれないとさえ思っていたイルナと会話さえできた。それが心から嬉しいしホッとする。コルドによって、眷属とのことを知らなかったとはいえリフィルナを傷つけてしまったことをとても後悔していたらしいイルナと、もしかしたら今後はほんの少しでも近くなれる可能性だって少しは出てきた気がする。
おまけにあのコットンに「似合っている」と言ってもらえた。
「コットン兄さまに似合ってるって言われた……」
思わず呟くと「俺はいつだって言ってるじゃないか」とコルドが何故か少々不満げだ。
「私のこと、下手したら覚えてくれていないのかもしれないとさえ思いそうなコットン兄さまだよ? そんなコットン兄さまが褒めてくれたんだよ?」
「何だよそれ。それなら俺もリィーにちょっと素っ気なくしてみるべきか……」
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