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第五章 帰還

138話

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 差し出された手を取り、リフィルナはフォスルのエスコートで大広間へ向かう。
 馬車から下りた後にコルドはそっと従者に何か話していた。リフィルナには聞こえないよう話したつもりだろうが、申し訳ないながらにちらりと断片ではあるが聞こえてきた。

「フィールズ家はまだ──」
「では来たらすぐに──」

 おそらくフィールズ家の誰かが今すでに到着しているかの確認と、まだなら到着次第教えるようにと話していたのだと思われる。心を配ってくれるコルドに対して申し訳なさとともに、感謝と嬉しさという温かい気持ちが湧き上がった。
 大広間はそこそこの人で賑わっていた。だがすぐに気づいてくれたのか、間もなくアルディスが近づいてきた。

「待っていたよリフィルナ。とても綺麗だね。ブローチとドレスもとても似合っているよ」
「ありがとうございます、アルディス第二王子殿下」

 さすがにこの場で「アル」とは呼べないだろうとリフィルナが笑みを浮かべて言えば「ああそうか。にしても慣れないなあ」とアルディスは苦笑してきた。コルドとも挨拶を交わした後でアルディスはフォルスに「兄さんはリフィルナのこと、なんて褒めたの?」とニコニコ聞いている。

「……挨拶しただけだ」

 実際、差し出された手を取った時に「久しぶりだね、リフィ。後でゆっくり話がしたいけど、とりあえず大広間までエスコートさせてもらうよ」と少々堅苦しく挨拶されただけではある。

「……兄さんは、本当に」

 アルディスが何やら呟いている。だが気を取り直したように「今日はゆっくり楽しんでね。でもその前に王が待っているので挨拶、いいかな」と案内役を申し出てきた。
 どうしてもまた緊張しつつも、リフィルナは王と挨拶を交わした。少なくとも前回の場より緊張感はましだったのもあり、気持ちスムーズに挨拶できたような気がする。王はリフィルナに対して微笑みかけてくれた。
 その後コルドは「僕たちの従兄でエスター・キーガンという男がいるんだ。仕事にも役立つから」などと言ってきた、会わせたい人がいるらしいアルディスとともにどこかへ行ってしまった。大好きな兄が王子から信頼に足る人物だと思ってもらえるのは嬉しいが、リフィルナはフォルスと二人きりになってしまった。旅の間に何度も二人だったことがあるというのに何だか落ち着かない。多分、楽な格好ではなくお互いかしこまった格好をしているからかもしれない。
 ただ二人きりになったと思ったのはつかの間だった。特に大した会話をする間もなく、フォルスが何か言いかけた時に何人もの貴族たちがフォルスの姿を見つけて挨拶に来た。
 人見知りが発動して戸惑うだけではなく王子としての仕事や付き合いの邪魔になるかもしれないと思い、リフィルナはこの場から離れようとした。だがその前にフォルスは貴族たちに挨拶をした上で淡々と「エスコートしている女性がいる」などと断りをいれてリフィルナの背中にさりげなく手をやると、さらりとその場から移動した。そして隅の方まで向かうと一息ついてからリフィルナに向き合ってきた。

「悪かったね」
「とんでもない。私のほうこそ邪魔なのではと」
「ありえないよ」

 フォルスが笑いかけてくる。リフィルナも妙な落ち着かなさがなくなり笑顔になった。旅をしていた頃のように気軽な感じで話していると、少ししてアルディスとコルドが戻ってきた。何故かアルディスはフォルスを見て「何も進んでない」とか何とか言って小さく笑っている。首を傾げてそんな二人を見ているとコルドがそっと耳打ちしてきた。

「お前をご所望していたお母様たちが到着したらしい」

 茶化すような言い方だが表情は硬い。コルドには大丈夫と宣言していたリフィルナだが、やはりどうしたって緊張してきた。

「リフィルナ、大丈夫だよ」

 アルディスが笑いかけてくる。フォルスも頷いてきた。それだけのことだが、リフィルナの気持ちはほんの少しだが軽くなる。
 中央の扉が開くと侯爵家の面々が入ってきた。父と母、そして兄姉たち。ただ姉二人の内イルナはその場にはいなくて、少し後に婚約者にエスコートされて入ってきたようだ。
 侯爵家のため、周りの貴族の注目を浴びている。それをリフィルナは隅からそっと眺めていた。
 父親と母親は王への挨拶を済ませると大広間を見渡し、背の高いコルドを見つけて近づいてくる。コルドはリフィルナを自分の背後へやった。とはいえどのみち目に入るだろう。

「コルド兄さま、ありがとう。でも大丈夫だよ」

 リフィルナは笑顔でコルドの背中に囁いた。少しだけ振り向いてきたコルドも笑顔で頷き返してきた。

「お久しぶりです、父上、母上。それに兄さん」

 二番目の姉であるラディアは社交の場でもあるため、すでに友人たちと共に若者が集まっている華やかそうな場所へ向かっていた。両親と長男のコットンがコルドのそばまでやって来た。三人は頷くとコルドの近くにいる王子二人にまず丁寧な挨拶を始めた。フォルスとアルディスも形式的な挨拶を返す。そこへ婚約者と共にイルナも近づいてきた。

「イルナ嬢」

 挨拶の後でフォルスが呼びかけた。そして婚約者がそばにいることもあり明確な表現を避けつつ「改めて非礼を詫びたい」と口にした。婚約破棄のことだろうなとリフィルナも気づく。イルナは丁寧な言葉で気にしていないし気にされないようにと返した上で、自分の婚約者である男爵家の令息を紹介してきた。
 その様子をそっと眺めていたリフィルナはイルナの婚約者と目が合ってしまった。人見知り兼何となくの気まずさに顔をそらしてしまう前に、婚約者の青年は穏やかに微笑んできた。そしてコルドとリフィルナに対しても挨拶してくる。お互い簡単な自己紹介のみだったが、リフィルナはイルナの婚約者に好感を覚えていた。
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