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第五章 帰還

132話

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 ところでリフィルナはとても緊張していた。
 呪いが解かれたアルディスが目を覚ましてから数日後、王直々に礼状が届いたのだ。そこには慇懃な様子で王宮まで来て欲しいと書かれた招待状も入っていた。
 まだ少し先だがフォルスの帰還とアルディスの一応快気祝い的なパーティーが開かれるらしい。その招待状も別途届いていたが、それは他の貴族たちも招待されている一般的な招待状だからリフィルナが特に何か思うことはない。あの双子に対しては本当に嬉しく思うものの、パーティーはパーティーだ。美味しそうな食べ物を楽しむ以外はまたそっと片隅に潜んでいようと考えている。
 だがこの王直々の書状は違う。コルドに付き添ってもらえるとはいえ、リフィルナ個人に届いたものだ。行く前から緊張しないほうがおかしかった。
 そして今、目の前にはキャベル王がいる。それも貴賓室や広間といった、まだ比較的気さくな気分になれたであろう場所ではなく、まさに王と謁見するための謁見の間であり、威厳しかない王が威厳の象徴かのような装飾の椅子に座ってリフィルナを見ている。
 別の国の王宮に滞在させてもらったことさえあるものの、あの時もマティアスが個人的に対応してくれたからこのような大層な場には縁がないままで済んだ。ちなみにそういえばフォルスはキャベル王国の第一王子だった。同じくマティアスも第一王子だ。あの頃は何故この二人が知り合いなのだろうと不思議でしかなかったが、今思えばごく当たり前なことだったなとリフィルナは少々現実逃避気味に思う。
 この謁見の間に来るまでにフォルスとアルディスがあらかじめ時間を作ってくれていて「緊張する必要はない」「父は本当にリフィルナに感謝しているんだよ、いつも通りで大丈夫」などと言ってくれていた。しかしだからと言っていつも通りになど、リフィルナには難しすぎる。ただでさえ、あれほど色んな経験をした旅を経た今でも人見知り気味なところは治っていないし、大勢の場や改まった場で注目を浴びることは苦手でしかない。解呪のために用意された兵舎の広々としつつ開放的なところで王に会った時ですら緊張したというのに、このような改まった場所でなど緊張を通り越して不安のあまりおかしなことさえしでかしてしまいそうだ。

「レディ・フィールズ。リフィルナ嬢とお呼びしてもいいかな」
「は、はい」

 一瞬変な声が出そうになった。かろうじて普通の返事ができて心からホッとするとともに、心臓が既に限界を訴えてきている。

「ありがとう。……リフィルナ嬢、そのように緊張されなくともいつもの通りで」
「は、は……ぃ」

 息の仕方すら忘れそうだ。
 事前にフォルスとアルディスから聞いてはいたが、実際王から何か欲しいものをと言われた。欲しいものと言われても困る。事前に聞かされた時も何も浮かばなかった。というより、欲しいものはもうたくさん手にしている。大好きなコルドと過ごす時間や、懐かしいマリーたちとのやり取り。あの寂しい家を出ての冒険。そして大切な友人たち。それ以上に欲しいものなんてない。
 だいたい自分は王直々に何かを与えたいと思われるようなことを何もしていない。呪いを解いたのはディルだ。とはいえフォルスたちから聞いた時に「じゃあディルが」と言ったが『私はいらない。そなたの欲しいものを言えばいい』と返ってきた。

「そう言われても……ないんだけど」
『まあ、そうだろうな。他の人間なら財産だの屋敷だの地位だのといくらでも浮かぶのだろうに、そなたはキゾクという立場のわりに笑えるほど無欲だものな。……昔も同じく無欲だった』
「昔って、いつのこと?」
『何でもない。とにかく自分が思うことを言えばいい』

 思うことがスルスルと言えるのならば苦労しない、と今この場で改めてリフィルナは思う。このまま溶けてしまいたいとも思っているとキャベル王の両側についていたフォルスとアルディスが苦笑しながら助け船を出してくれた。

「発言を失礼します、王。リフィルナ嬢は困っておられる様子。感謝の意を示すのにこれでは本末転倒かと」
「僕も失礼します。今すぐ浮かばないのであれば、何かあった時はいつでも言えばいいということでどうでしょうか」
「ふむ、そうだな。どのみちいかなる時も守り、対応すると宣言するつもりではあったのだが。リフィルナ嬢」
「は……い」
「かえって困らせてしまって申し訳ない」
「と、と、とんでも、な、ないで、す」

 馬鹿みたいにどもってしまった。やはり溶けてしまいたいと思っているとキャベル王は優しげな笑みを向けてきた。

「私はフォルスから全てを聞いている。そなたの兄であるフィールズ子爵もアルディスを通して全て聞いているようだ。彼らはそなたの眷属であるディルから許可を得て話してくれている」

 一瞬、何を? とリフィルナは思った。だが大袈裟な言い方とはいえ、多分あの岩山でのことか何かだろうと自分で納得する。

「私は、いや、キャベル王国は愛し子であるリフィルナ嬢をいかなる時も助け、守りたいと正式に宣言する。こういった場は苦手らしいとフォルスから聞いてはいたが、このために設けさせてもらった。申し訳ない」
「は、……ぁ」

 思わずぽかんとして無礼な返答をしてしまった。リフィルナは慌てて「申し訳、ありません」と頭を下げる。

「頭を上げて欲しい。そなたは下げるべきではない。下げるべきは……いや、とにかく、何か望みがある時や困ったり助けが必要な時など、本当にいつでも言ってきて欲しい」

 微笑むキャベル王の顔を見て、改めてやはりこの二人と親子なのだなとリフィルナはそっと実感した。
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