上 下
101 / 151
第四章 白き竜

100話

しおりを挟む
 遠くに窺える荘厳とも言える竜たちの佇まいをフォルが呆然と眺めていると、ディルが咆哮した。その声に反応したように近くを飛んでいたらしい竜が二頭、降りてきた。その際に受けた振動だけでなく、比べるまでもなくディルよりもはるかに大きい竜にフォルは圧倒される。
 ディルはその竜たちと会話をしているかのような仕草をしていたかと思うと、またフォルの頭にディルの声が響いてきた。

『彼らの背に乗るがいい。お前たちなら二人一度に乗ってももちろん問題ない大きさだが、お前たちも竜の背に乗るなど慣れておらんだろうし、竜たちとて人間を乗せるなど久しぶり過ぎて不安定だろう』
「あえて不安要素を述べるには理由があるのだろうな」
『最後まで聞いてから口を開けばいいものを。当たり前だ。お互い慣れておらんだろうからそれぞれ一人ずつ乗れ、と言おうとしていた』
「……なるほど」

 フォルはコルジアにディルの言葉を告げて促した。魔物に対して平然と戦える二人ではあるが、竜の背中に乗るのは正直余裕の気持ちとは言い難い。

『乗ったか? しっかりつかまっておれよ』
「待て、つかまれって、どこにつかまれと」
「フォルス様、何か言われたんですか」
「ああ、しっかりつかまっておけ──」

 言いかけている途中に突然、不可解な重力が体全体にかかった。気づけば二人とも目を開けていられない勢いでとんでもない風圧を感じながら必死につかみようのない竜の背中にしがみついている状況だった。はっきり言ってこれほどの速さを感じたことなどない。息の仕方すらわからなくなりそうだというか既に酸欠でクラクラする。おまけに相当体に力を入れていないと筋力だけでは圧力の抵抗に耐えられない。油断すると首の骨を折りそうだ。
 その代わりというのだろうか。あっという間に目的地に到着したようだ。動かなくなった竜の上で、フォルはそれこそしばらく動けずにいた。おそらくコルジアも同じようなものだっただろう。少ししてようやくフラフラとしながら竜から下りる。恐る恐るだったはずの竜を怖がっている余裕もないくらいフラフラだった。そこに少しするとディルがふわりと降りてきた。手と言えばいいのか足と言えばいいのか、やはり手だろうか。それで意識のないリフィを抱き抱えながら比較的ゆっくりと飛んできたようだ。確かにあの恐るべき状況は例えリフィが瀕死の状態でなくとも耐え難いだろうと思い、今も意識はないものの、先ほどに比べるとではあるが穏やかそうなリフィを見てフォルはホッとする。と同時に「そういう飛び方もできるということなのだろう?」と微妙な気持ちになった。リフィのためには一刻も早くという気持ちはもちろんフォルにもある。だが先ほどの空での状況は人間が生身の状態で味わっていいものではないように思える。

「……俺もその運び方のほうがよかった」

 思わずぼそりと呟く。コルジアはまだ万全ではないといった様子で頭を抱えている。

『ほう? では彼らにお前たちが抱きしめて飛んで欲しいと言っている、と伝えてやろう』
「……やめてくれ」

 ため息をつきながらフォルはようやく辺りを見回した。そばにとても美しい湖がある。先ほど遠くに見えていた湖だろうか。辺りは先ほどの場所よりもさらに自然に満ちていた。ただ、今ようやく気付いたのだが開けたこの広い場所もよくよく見れば岩山に囲まれている。ということは異空間に入り込んだのではなく、やはりここもフォルたちが登ってきた岩山の一部ということなのだろうか。

『ここは岩山だ』

 まるでフォルの考えを読んだかのようにディルが話してきた。

『この場所は魔法で守られている。生き物が外からこの場所へは入ることどころか見ることすら不可能だ。ただし先ほどグルルから逃れた結界の張られた場所と違い、一切を遮断するような結界は張っていない。要は精霊なら入ってこられるし存在している、ということだ』

 ここまで言うと、ディルは湖のすぐそばまでリフィを運んだ。フォルと、ようやく生還したといった様子のコルジアもそばへ近づく。
 そっと柔らかそうな草の上にディルがリフィを置くと、湖にいたらしい沢山の精霊たちがリフィに集まってきた。精霊そのものは見えないが光っているのでわかる。遠目に見てもあれほど湖がキラキラしていたのは日の光が反射してではなかった。精霊の姿が光っていたからだったと気づく。
 リフィに集まるキラキラとした光たちを見て、フォルは確信した。
 リフィは文献にあった「愛し子」だと。
 コルジアはこの光景を見て珍しく大いに戸惑っているようだった。フォルも精霊の存在を見たのは二度目とはいえ、未だに信じられない。ただ、これでリフィはもう大丈夫だろうと思えてホッとした。ディルも『これでもう問題ない。大丈夫だ』と断言してきた。それをコルジアに伝え、二人で心から安心した。
 実際、あれほどひどい火傷を負っていたリフィの肌は見る見るうちに元の健康な肌へと戻っていく。フォルはますますホッとした。いくら元気になったとしても、いくらこの姿が本当の姿でなかったとしても、リフィには少しの傷も残って欲しくなかった。もし残るようならアルディスの問題を抱えたままであろうが世界中を探してでも腕のいい医者か魔術師を探すほかないとさえ思っていた。

『過去のキャベル王の犯した過ちは決して許せるものではないし、許すつもりは一切ない。だがフォル。いや、フォルス。お前は信頼してもよい』

 その時ディルから聞こえてきた言葉に、フォルは目を見開いてディルを見た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

碓氷唯
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

処理中です...