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第三章 旅立ち

64話

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「マーヴィン……っ?」
「……ぉ、坊主、か……」
「リフィだよ……ねぇ、だい……」

 大丈夫かと口にしようとしてやめた。どう見ても大丈夫ではないし、もしどこもやられていない状態であってもあれ程の勢いで上から叩きつけられては普通の人間なら体中の骨が折れるだろう。

「言っ、ろ……攻めて……は大人に、守っ……」
「喋っちゃ駄目だ! だ、大丈夫。僕はちゃんと守られているよ、安全だよ! だ、だから心配しないで」
「あー……」

 マーヴィンは嬉しげに笑うと顔を歪め、血を吐いた。リフィがいるからか、元々なのか、呻き声すら堪えているようだ。しかし慌てて抱き上げたリフィの手に触れる体はどう考えても骨も何もぐちゃぐちゃになっているようにしか感じられない。
 迷子受付係などと言いながら、実際は見張りや帆布の担当だと言っていた。見張りをしていたか、マストのヤードにでもいたのかもしれない。そこで魔物に遭遇したのだろうか。

「マーヴィン……マーヴィン……! やだ、絶対死んだら駄目だからね、絶対駄目だ……」

 先ほど自己憐憫に陥りながら涙を堪えていたはずのリフィは今や泣きじゃくっていた。だがそれでも正確に詠唱していく。普段使うことのない長い言葉をよどみなく唱えた。リフィの手のひらから、体から、水色の光が浮かび上がる。光はどんどん眩さを増していくと白い光となりマーヴィンを包み込んだ。それでもまだリフィは呪文を唱える。ようやく唱え終えた時には汗が額から流れ落ちていた。そして眩い光がすべてマーヴィンの中へ入っていく。リフィは動かなくなったマーヴィンを震えながらそっと甲板に横たえらせた。

『初めて使ったにしては上出来じゃないか』
「……ディル……あなたマーヴィンの状態わかる? 私、怖くてもう触れられない。だって抱き上げていた時のマーヴィンの体はぐちゃぐちゃだった……私でもわかったもん……体の中全部ぼろぼろだって……今は……どうなの? でも怖くて触れない……だって……だって私の魔法でよけい酷くなっていたら?」

 コルドと一緒に住んでいる時に魔法についてもさらに学んだ。リフィの魔力は多分相当強いだろうとコルドは言っていた。だからこそ、使い方を間違えると諸刃の剣だと。
 ディルはわかっているようだがリフィを安心させるためだろうか、マーヴィンに近づき体の上を這った。

『安心しろ。こやつの中は治っておる。今意識がないのは堪えていた痛みと先ほどまでの状態の酷さからくるショックだろうな。とはいえショック死まではいっていない。じきに目覚める』
「ほ、ほんと?」
『ああ。あと私に戻っておるぞ、言葉使いが』

 一旦引っ込んでいた涙がまた溢れてきた。思わずマーヴィンを抱きしめようとして何とか留まった。治っているのだとしてもこのまま自然と目が覚めるまで寝かせたほうがいい。幸い今いる場所はフォルが連れてきてくれたところであり、魔物からも衝撃からも死角になっている。
 リフィはディルに手を伸ばした。ディルがリフィの元へ戻ると立ち上がる。

『どうするのだ』
「僕の役割、わかった」
『しかし隠れていないと魔物の攻撃を受けるか、船への衝撃に巻き込まれて飛ばされるぞ』
「ちゃんと考えて動くよ。僕が馬鹿な真似をして大怪我をしたり死んじゃったらフォルはきっとさっきの僕みたいに辛い思いをするかもしれないもんね。第一そんな僕を知ったらコルド兄様が大変だ」

 小さく笑うとリフィは慎重に辺りを伺いながら移動した。そして倒れている人を見つけるたびに移動できるなら安全な場所へ移動させ、動かせないようならその場所で回復魔法を使った。何人もの人を回復させていると、さすがに魔力の高いリフィでも少し疲れてきた。それでも倒れている人を見つければ迷うことなく助けた。
 何人目かの動けない人を治している時、唱え終えた後にふと感じるものがあって上を見上げる。すると想像を絶するような大きな魔物が目に入ってきた。リフィの場所からそれなりに離れているだろうにまるで間近にいるかのようだ。ぞわりと怖気を震っていると、その魔物に対し魔法を放ちながら剣を振るっているフォルの姿も見えた。近くにはコルジアもいるようだ。その姿を目にした途端、フォルたちを心配する気持ちもありながら変な安心感に包まれた。きっと大丈夫だと思えた。
 どれくらい経っただろうか。
 聞こえてくる歓声から、おそらくフォルたちが魔物を倒したのだろうと思われる。リフィもずいぶんたくさんの人に魔法を使った気がする。そろそろ魔力を回復しないときつくなってきたところで、誰かが誰かの名前を呼ぶ声が聞こえた。そこへ駆けつけると船員の一人が他の船員を抱えて名前を必死に呼んでいるところだった。

「あの……」

 話しかけながら近づいて見ると、名前を呼ばれているほうが酷い怪我をしていることに気づいた。とはいえ呼んでいるほうも怪我をしている。

「僕、治癒する魔法が使えます、から」
「ほ、ほんとうか? じゃあお願いだ、こいつを助けてやって欲しい……!」
「はい」
『リフィ、そろそろそなたの魔力でも厳しい辺りだぞ』
『うん……でもこの人このまま放っておくと失血死かショック死だよ……』
『全く。そなたは限度というものをいい加減学ぶべきだ』

 ディルが舌をチロチロと動かしながらリフィの腕に巻きついてきた。そして鎌首をもたげて何か考えた後に噛みついてくる。それを見た怪我がマシなほうの船員がぎょっとしているが、リフィはむしろ気持ち悪くさえ感じていた体に力がじわじわとみなぎってくるのを感じた。

『何で噛みつくの』
『普通なら噛みつかずとも送ろうと思えば送れるけどもな、そなたの魔力、おそらく枯渇する寸前だぞ。全く馬鹿者過ぎて呆れてものが言えん。ぶっ倒れたいのか? とにかく、噛んで直接注入した』
『めちゃくちゃもの、言ってるよ……?』
『いいからさっさと終わらせろ』
『う、うん。ありがとう、ディル』
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