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第二章 出会い

38話

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 起きている様子はなく身じろぎすらしない少年に月の光が差しかかると、髪の短い小柄な少年はますます小柄な、髪の長い少女へと瞬く間に変わった。見たことのないような美しい銀色の真っ直ぐな髪が月の光に照らされ、まるで自ら発光しているかのように光っている。
 その光景があまりに荘厳で美しく、フォルは思わずその髪にそっと手を伸ばし触れてしまった。指に絡む髪は魔法の砂のようにさらさらとすり抜けていく。
 なんて綺麗なんだろうとフォルは心から思った。もう少しその髪に触れてみたいと、普通なら無礼とも思えるというのに、眠っている少女の髪をさらに撫でた。とても珍しい銀髪に、三百年前の愛し子が思わず浮かぶ。愛し子もこれほど美しい髪だったのだろうかと思いを馳せた。
 だが、例えこれほど美しい髪を持つ、それも愛し子だったにしても自分の先祖の行為はあまりに馬鹿げている。フォルがその頃王族の一員であったならば決してそんな間違いなどさせなかっただろうにと忌々しく思った。当時の王が腹立たしい。そして目の前の少女を見て思う。
 当時の愛し子に心から申し訳ないと。この少女のように小さな体だったのかどうかなどわからないが、それでも奪っていい命ではなかった。
 できるのであれば謝罪をしたかった。その上で、願わくば代償を受けなければならないなら呪いを自分にかえて欲しいと頭を下げたかった。

 ……またアルディスのことを考えて弱気になってしまってる。早く竜を探しに行かないと。

 そっと頭を振ると、フォルはまた目に入ってきた少女を見た。
 やはり先ほどまでは絶対にこの少女は少年だった。万が一髪の短い少女だったのだとしても、髪だけでなく体型も間違いなく変わっている。

「……変身している?」

 思わず呟いたが少女は起きる気配すらない。
 フォルも正体がばれないよう髪と目の色を変えている。だがこれほど髪をデフォルメすることは魔力の強いそれも光魔法を扱えるフォルでも難しいだろう。身長などを変えるのはもっと無理だ。骨格など変えようものなら間違いなく障害が起きる。ましてや性別など到底無理ではないだろうか。短時間、人の目を誤魔化す魔法でならなんとか雰囲気を変えられるくらいはできるかもしれないし、闇系の魔法なら他人に化けることも可能だろうが、この少女の力はそういったものでは絶対にない。
 精霊の力なのだろうか、とフォルはさらさらと落ちる髪にまたそっと触れながら少女をじっと見た。そのフォルの手にあった髪がふっと消える。見上げると月がまた姿を隠していた。少女を見れば、再び先ほどのおそらく少年の姿に戻ってる。
 いったいどんな理由があってここまで姿を変えるのだろう、とフォルは気になった。
 目の前の存在に目がいっていたため、フォルは隠れて自分の姿をじっと見つめている小さな蛇には気づかなかった。

「……う」
「……あ、目が覚めた?」

 じっと見ていると身じろぎして少し唸り声を上げてきたことに気づき、フォルは脅かさないよう、優しく小さな声で話しかける。

「まだ動かないで。君は一見怪我をしてないようだけど、頭を打ってないとも限らない」

 フォルの言葉がちゃんと耳に届いたのか、動こうとするのをやめ、黙ったままフォルをじっと見てきた。綺麗な青い目をした目の前の人物はやはり少年に見える。フォルは少し身を離して顔を覗き込み、優しく聞いた。

「痛むところ、気持ち悪いところはないか?」
「……多分、ない、です」

 声も見た目と同様、どちらともとれるがどちらかといえば少年っぽい。

「ゆっくり腕や足を曲げてみて。痛くない?」
「……はい」
「眩暈もない?」
「はい」
「ゆっくり体を起こしてみて。それでも眩暈はないだろうか」

 少年は言われた通り、ゆっくりと体を起こした。そして首もついでにゆっくりと回す。

「はい、大丈夫です」
「そうか……よかった」

 ホッとしてフォルはようやく少し笑みを向けた。そのフォルの顔を見て一瞬だけ少年は身を強張らせたが、すぐにハッとなったように力を抜いてきた。

「どうかしたのか? 大丈夫?」
「はい、すみません。あと、助けてくださったんですよね、ありがとうございます。僕はリフィと言います」

 リフィは丁寧に礼を言ってきた。座っているにも関わらず、その様子はまるで貴族のように綺麗な所作だった。

「フォルだ。ええと、リフィ、君は崖の下で気を失ってたんだ。それまでの君がわかる範囲での状況を聞いても?」
「はい」

 リフィは頷くと説明し始めた。
 薬草を取りにきて手に入れたのはいいが、単に足を滑らせて落ちてしまったのだと言う。
 あの崖から普通に落ちて無傷なわけがないと思った後にフォルは精霊たちを思い出した。おそらく落ちるリフィを庇ったのだろう。フォルからすれば性別すら変えられる力を持つなら、そもそも落ちないようにどうにかできないのだろうかと思ってしまうが、精霊たちの魔法の力でもできることとできないことがあるのかもしれない。

「盗賊に襲われたわけではないんだな」
「盗賊?」
「最近頻繁に出るようになったみたいだ。嵐のせいかもしれない。それで君が戻ってこないことに町の人たちが心配していた」
「そうなんですね……申し訳ないな……単に僕がやらかしただけなのに」
「確かにあそこの崖はわかりにくい上に滑りやすいだろうな。今後事故がないよう、柵を作らせたほうがいいかもしれない」
「そうですね」

 確かに、と笑みを向けてきたリフィは可愛らしい様子ではあったが、やはりどう見ても少年にしか見えなかった。
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