上 下
29 / 151
第一章 銀髪の侯爵令嬢

28話

しおりを挟む
 あれから数日かけて試し、リフィルナの姿は夜だからでもなく月夜という訳でもなく、おそらく満月の時だけ元に戻ると判明した。男に変えてもらった時は同じくそれに合わせて変化していた服はしかし、女に戻ってもそのまま変わらないようだ。

「とにかく満月の時は気をつけないとな」
「うん。でもたまに本当の私に戻れるのも悪くないかも。満月の前後は夜に警戒してたらいいし。家に籠るとか」

 笑みを浮かべて答えた後にふと、夕暮れの空を気にしていた「アル」が浮かんだ。もしかして「アル」も何か精霊に力を借りていたのではと突拍子でもないことを思い、すぐに打ち消す。普段は忘れていられるのだが、どうしても時折こうして浮かんでしまう。そしてそのたびに心臓がヒヤリとして、まだ自分は恐れているのだとも自覚した。

「あと言葉。今の姿だとお前の正体知らないなら男の言葉にも聞こえるかもしれないけど、俺の耳にはやっぱりリフィルナの話し方だぞ」
「そうだったね。でもわた、僕、コルド兄様以外にはどうしても敬語になると思うし、敬語なら多分そんなに違いはないんじゃないかな」
「そうかもだけど、ちゃんと気にしないとだぞ」
「うん。……言葉といえば、僕の声、あまり元の声と変わってなくない?」
「まぁ、な」
「何で? 男の子って低いんじゃないの」
「お前くらいだとまだ変声期を迎えてないことも多いよ」
「そうなんだ」
「……まぁコットン兄さんみたいな姿の時はちょっと低くて俺は引いたけどな……」
「何か言った?」
「何も?」

 その後キャベル王国を出た二人はリフィルナの希望通りあちこちを訪ねた。家を出ることは一応親にも告げてもらった。心配はしてもらえないかもしれないが、それでも今まで育ててもらったので何も言わないままというのはリフィルナが落ち着かなかった。

「育ててくれたのはお前を大切に思ってくれている使用人たちだろ」
「あとコルド兄様にもね。そして使用人のみなを雇っているのはお父様だから。確かにほぼ屋敷から出られなかったし相手をしてもらえなかったけど、それでもわた、僕はお腹を空かせることなく教育も与えられて過ごしてきた。やっぱり育ててもらったと僕は思ってる」
「最低限の義務と、最低限の一般教育だけどな。令嬢としてのマナーにはやたら煩かったくせにな。むしろ幻獣や精霊のこととか国の時事を学ばせるべきだったと今でも俺は思ってるよ。あと途中からはお前が幻獣を眷属としたからだ。あのままディルがお前の眷属になっていなかったら、多分お前は早々に遠い親戚に預けられていたんじゃないかと俺は思ってる」

 まあ捨てるよりはまだ、まともなんだろうなとコルドはぎりぎり譲歩したかのように微妙そうな顔で呟いてきた。
 国を出るまでにコルドはイルナにも話をしてくれたらしい。昔からずっと嫌われているとばかり思っていたリフィルナだが、イルナはリフィルナが無事でいると聞いて泣き出したようだ。無事を喜び、そして改めて謝罪していたとコルドは語った。それを聞いて、心を痛めているイルナに申し訳なく思うと同時にリフィルナは不謹慎かもしれないが嬉しくて、ほんの少し泣いた。

「わた、僕はそこまでイルナ姉様に嫌われてはなかったのかな」
「あいつのは嫉妬だろ、ほぼ」
「嫉妬? 何に?」
「お前にだよ、リィー」
「私? じゃなくて僕? 何で」
「あいつは着飾るのが好きだしな。お前の外見とかにじゃないか?」
「外見? イルナ姉様、とても綺麗なのにわざわざ変な色の髪や目をした僕に?」
「はは。ほんっとお前、自分のよさ認めないのな。両親やお前の姉たちのせいなのか? 俺の言うことも聞いて欲しいものだよ」
「聞いてるよ」
「俺がどれだけリィーが可愛いって言っても流してるだろ」
「コルド兄様がわ、僕を大事にしてくれるのは伝わってる」
「……お前、思った以上に頑固だろ」
「それはコルド兄様だよ!」

 世間ではフィールズ家の末娘リフィルナは幻獣を眷属にしている関係で少し体調を崩し、遠い田舎にある身内の元へしばらく預けられたということになっているらしい。

「僕は家を出たって言ってもらってもよかったのに」
「リィー、将来あの家に帰る帰らないは別としてな、お前は女の子なんだ。家を出た令嬢なんて人聞きが悪いだろ。変な噂は立てられないに越したことないからな。今は精霊の力を借りて男の子になってるけども、ずっとそのつもりじゃないだろ?」
「え?」
「え?」
「……」
「……そのつもりじゃないだろ?」
「そ、れはまたその後人生の分かれ道に来た時にでも……」

 別にこのままでいいと思っている、などと答えようものならまた反対されかねない。リフィルナは何とか適当に流した。だがまだまだ人生経験の浅いリフィルナにコルドは流されてはくれない。

「今が分かれ道だけどな! リィー。お前が成人し、その後誰かと結婚するなり学者や何やらといった生涯の仕事を見つけるなりして安定した幸せを見つけるまでは、とりあえず一旦国を離れて生きるのもいいかと俺も思ってる。あの国や両親に利用されるだけの人生なんて絶対味わわせたくないからな。だがな、ふらふらと危険で安定しない生活をそんな男の姿のままずっと送らせるつもりは断じてないから、肝に銘じておくように」
「……はい」

 コルドは両親とは違う。自分の利益のためリフィルナを利用しようとして言っているのではない。リフィルナを思って言っている。
 それはわかっているが、生まれて初めて自由への道を見つけたばかりのリフィルナとしては少々小うるさい。

「コルド兄様、昔から怒る時は怒ってたけど、小うるさいんだって改めてわた、僕は自覚した」
「小うるさい? 違うな、相当うるさい、の間違いだ。お前が危険な道に入り込まないよう、俺は監視する義務があるからね。知ってると思うけどお前はまだ十三歳なんだからな」
「……う。あとね、あと、兄だからって僕を可愛い女の子として可愛がりたがりすぎ」
「待て。リィー、今のは絶対絶対人のいるところで言うなよ……語弊あり過ぎだろ……色々誤解しか生まないから、ほんっとうに人のいるところで言わないように。というかどこであれ口にしないように!」
「何故?」

 何かそんなに変なことを言ったのだろうかとリフィルナが首を傾げると「何故って……いや、とにかくそういうことを淑女は言わないし、あと少年も言ってはいけない」などと困った顔をしながら返してきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

緑の魔法と香りの使い手

兎希メグ/megu
ファンタジー
ハーブが大好きな女子大生が、ある日ハーブを手入れしていたら、不幸な事に死亡してしまい異世界に転生。 特典はハーブを使った癒しの魔法。 転生した世界は何と、弱肉強食の恐ろしい世界。でも優しい女神様のおかげでチュートリアル的森で、懐いた可愛い子狼と一緒にしっかり準備して。 とりあえず美味しいスイーツとハーブ料理を振る舞い、笑顔を増やそうと思います。 皆様のおかげで小説2巻まで、漫画版もアルファポリス公式漫画で連載中です。 9月29日に漫画1巻発売になります! まめぞう先生による素敵な漫画がまとめて読めますので、よろしくお願いします!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...