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第一章 銀髪の侯爵令嬢

17話

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 少し前からリフィルナの様子がいつもと違うとはコルドも気づいていた。ただ、とても楽しそうでいい風に違うため何も言わず好きにさせておいた。多分コルドに対してすら隠し事をしているような気はしていたし悲しくもあったが、それを上回るほどリフィルナが楽しそうに見えたからだ。
 現金を少し貸して欲しいと言われた時も、何だったらある程度まとまった金額を本気で渡したかったくらいだ。腹立たしいことに両親はリフィルナには気軽な小遣いを含め一切現金を渡したことがないのをコルドは知っている。ほぼ家を出ることがない上に身の回りのものも上質なものをちゃんと与えているから必要最低限で問題ないと思っているようだ。それが許し難いとはいえ、親のすることにどうこうできるわけでもない。代わりにコルドは成人する前から色々と学び、成人してからはかなりしっかり稼いできたつもりだった。家の分とは別に自分用としても貯めている。そのおかげでリフィルナと過ごす時間も削られてしまったが仕方がないと思っていた。
 だが、仕事で忙しくともなるべく一緒にいればよかったと今、思っている。

 あれほど楽しそうだったからこそ、そっとしておいたのに。

 リフィルナはとある日以来、ほとんど部屋で過ごしている。何があったのか気になって仕方がない。だが部屋を訪れた際には侍女に「今しばらくはそっとしておかれてください」と言われてしまった。
 食事の時も出てこない。一応使用人が部屋まで食事を運んではいるようなのだが心配だった。コットンはいつもリフィルナが座っている席を毎回ちらりと見た後は変わらず食事を始める。両親や他の妹たちは特に気にしていないのがまた腹立たしい。

 ……いや、イルナの様子も少し変な気がするな。

 いつもより大人しいというか、どこか落ち着かない様子のイルナに気づき、コルドは食事の後でイルナに話しかけてみた。

「お前はもしかして、リフィルナに何かあったのか知っているのか?」
「な、んのことですか。私は何も知りませんけど。……だいたいコルドお兄様はちょっとリフィルナに対して過保護すぎやしません? 言っておきますけどね、実の兄と妹は結婚できませんことよ」
「馬鹿馬鹿しい。そういった下世話なことばかり考えたり言ったりしてたらフォルス王子に振られるぞ」
「まあっ!」

 イルナはキッとコルドを睨みつけると怒りながらこの場を離れていった。何も知らないというのを鵜呑みにするわけではないが、例え知っていても言うつもりはないということだろう。
 数日後、ようやくコルドはリフィルナに会えた。部屋に入れてもらうとやつれた表情のリフィルナが何とかコルドに笑いかけてくる。

「何度か来てくれていたのにごめんなさい、コルド兄様」
「リィー。無理しなくていいんだよ」

 無理やり笑おうとする笑顔が痛々しくてコルドは駆けつけてリフィルナを抱きしめた。いつもならさらにリフィルナに巻き付いてくるディルは珍しくリフィルナから離れ、ベッドの柱に体を巻きつけて二人を見ている。

「うん。でも、もう大丈夫」
「……何があったか聞いても?」

 抱擁を解き、コルドは身を屈めて小さなリフィルナに目線を合わせた。

「コルド兄様は……アルディスという名前を知ってる?」
「アルディス? 第二王子の名前だろうか」
「……王子。私ね、アルという名前の人とお友だちになったの。すごく優しくていい人だったし、一緒に喋ったり何かを見たりするのがすごく楽しかった」

 楽しかったと言いながらもリフィルナはとても痛々しい表情をする。
 だが何故そんな表情をするのかは、話を聞いてコルドにも否応なしにわかった。

「剣で切りつけられようとされて殺されかかったってっ?」
「ちょっと、違う、のかも? わからなくて。何故ってことばかり頭の中ぐるぐるしてる。でも少なくともあの時は間違いなく私、殺意を向けられていたんだと思う……。それにたまたまいらっしゃったイルナ姉様がおっしゃってたことも確かにそうだとしか思えないし……」

 王族がリフィルナの命を狙っているとイルナが本当に言ったのだとしたらそれだけは間違っているとコルドはわかる。下手に力を持つ者などと思うわけがない。幻獣を眷属にできる者などそういない。そしてそれがどれほど貴重な存在か、王族が一番よくわかっているはずだった。
 現にアルディスに切りつけられようとされた時もおそらくディルが力を使ってリフィルナを守ったのだろう。そのわりにいつもなら絶対リフィルナから離れないのにコルドに抱擁を許しているあたり、ディルまでもがどうにも元気がない気がするのは気のせいだろうか。リフィルナが悲しんでいるからだろうか。
 そういえば光った後に剣が弾け飛んだと聞いて、コルドはふと昔見た光景を思い出す。リフィルナがまだ一歳くらいだった時だろうか。部屋で眠る幼いリフィルナの周りを数個の光が飛び回っていたことがあった。自分も幼かったから見間違いかなにかだと認識していたが、それを何故か思い出した。

「というか、リィー。イルナの言ったことは……」
「もういいんです。私、あんなに嬉しくて仕方なかったのに、アルのこと、友だちとして大好きだったのに、あの殺意の込められた瞳と表情を思い出すだけで今は怖くてたまらなくなる……。あれほど楽しかった思い出すら、思い出すのも怖いの。それくらい、あの時のあの方の様子は恐ろしかった。だから、もういい。イルナ姉様がおっしゃるように私、二度と近づかない」
「リィー……」
「そう決めたらね、ちょっと楽になったし、もう大丈夫。明日からはちゃんと先生と勉強もするし剣の練習もするよ。あ、でもごめんなさい、この間言ってた、お庭でのピクニックは……ちょっと……」
「そ、んなのは構わない。でもリィー、本当にいいのか? ちゃんと調べてみないで」
「うん……きっと私は皆から嫌われる子なんだと思う」
「ば、馬鹿! そんな訳ないだろ。少なくとも俺はリィーが大好きなの、知ってるだろ!」
「えへ、そうだった。うん、私もコルド兄様大好き」

 リフィルナから聞いた話は怒りを覚えると同時に困惑しかなかった。どう考えても第二王子アルディスがリフィルナを殺そうとするはずがないとしか思えない。そもそも病気がちで引きこもりと聞いていたアルディスがリフィルナと会っていたことも驚きでもある。

イルナが何故リィーに嘘を言ったのかはわからないが、多分あいつの利己的な考えからきてるんだろう。それも訂正しないとだけど、そもそも何故アルディス王子がそんなことをしたのかがわからないとリィーはずっと怯えたままかもしれない。

コルドは王族についても幻獣とともに調べてみようと思い立った。
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