月と太陽

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19話

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 午前中の休み時間、クラスメイトに話しかけられ何かを答え、そして笑い合っている那月を日陽はぼんやり見ていた。
 短い休み時間は昼休みよりも皆それぞれ好き勝手に過ごしている。女子は大抵ある程度のグループで集まっていることが多くて、日陽としてはいつもほんのり謎だったりする。彼女がいた時に聞いてみたら「上司に誘われて行く飲み会みたいなものよ」と言われて余計わからなくなった。

「そもそも俺もお前も社会人じゃなくて学生」
「本とかに出てくるじゃない」
「どんな本読んでんだよ」
「えー、それは秘密」

 そんなやり取りを思い出し、改めてよくわからないなとしみじみした。
 男子は統一性がない。どこかへふらりと出かける者もいれば睡眠に充てる者もいる。ただ睡眠の場合気をつけないと次の授業もそのままの可能性がある。大抵誰も起こさないからだ。
 女子にも多いが男子の中にも菓子を食べてほんわかと過ごしている者もいる。ちなみに菓子は基本的には持ち込み禁止だ。
 禁止といえば携帯型ゲーム機で遊ぶ者もわりといる。黒板に落書きをしている者もいれば、一応進学校ではあるので勉強をしている者もいる。これに関しては小テストが次の授業である場合割合は増える。
 智充は昨日遅かったとやらで寝ている。この調子だと恐らくこのまま授業が始まるだろうなと思いつつ、日陽は起こしてやる予定ではある。優しさというよりも起こさなかった場合、勝手に寝たくせに後で煩いからだ。
 日陽も机に顔を伏せてウトウトとしていたのだが、ふと那月の声が聞こえて何となく目が覚めた。そして声のしたほうをぼんやりと見ていたのだった。
 笑っている那月を見るとなんとなくホッとした。
 つき合う前から、周りが那月のことを凄く明るいタイプだと思っている中、どこか物静かで優しそうでいてほんの少し困った部分もあるヤツだとはぼんやりと思っていた。それでも日陽から見てもいつもニコニコして無邪気でもあった。
 ただ、日陽とつき合うようになってから笑みが減ったような気がして仕方ない。何か悩んでいるのだろうかと思い、それとなく聞いたりもするのだが「何もない」と言われる。むしろそういう時にニコニコ言われる。日陽としても明確な違いがあると断言できないので、何もないと言われると「そうか」と引き下がるしかない。
 実際日陽と二人でいる時はひたすら好きだと嬉しそうに言っている。それなら自分とつき合ったせいで元気がなくなったとか悩みができたというわけでもないのかなと思ったりはする。
 もしかしたらつき合っている日陽に対してだけ甘えて、普段見せない部分を見せてくれているのかもしれない、などと都合のいい風に考えてみたりもする。だがそれならむしろ二人きりの時に出してくるか……とも思う。
 那月は日陽と同じで一人っ子だ。だから甘えたい願望も多少はあるかもしれない。少なくとも日陽には少しある。
 一人っ子とはいえ、小さい頃から智充と一緒だった日陽はある意味少し兄気質でもある。今ではひたすら煩い智充も小さい時は少しだけ大人しかった。あと今以上に顔がかわいらしかったせいもあり、周りにからかわれたりして日陽が庇うこともよくあった。日陽も大人からはかわいがられていたが、同じ歳の子どもからすると智充のほうがいたぶりやすかったのかもしれない。
 庇った後はいつも「もっと言い返さないとだめだよ」「倍にして言い返してやればいいよ」などと日陽は言っていたのだが、今となっては大人しいままでよかったのにと思うくらい智充は煩い。
 途中智充は実際にお兄さんになったのも、大人しく言われてるだけじゃなくなった理由の一つではある。男女の双子が生まれ、一気に弟と妹ができてから特に今の智充が形成されたような気がするので、兄弟は凄いなとほんの少し羨ましく思ったこともある。
 またいつも智充と一緒だったため、日陽もよく智充の弟と妹の面倒を見ていたのもあり、一人っ子ではあっても日陽は少々兄気質なのかもしれない。
 那月の小さい頃の話を日陽はあまり知らない。中学から那月と同じ学校になったため、小学校は違うというのもあるが、本人がそもそもあまり昔の話をしない。
 とはいえ日陽も率先してはしないので同じではあるが、聞かれたら言う。那月もよく「小さい頃の日陽はどうだった?」と聞いてきたりする。ただ那月は日陽が聞いても「んー、普通だった」といった風にしか言わないのでどんな風だったかいまいちよくわからない。
 中学で同じクラスになり仲よくなった頃は、社交性の高い那月が一人っ子と聞いて意外に思った記憶がある。社交性というか、人との距離感に慣れているというのだろうか。兄弟がいれば昔から喧嘩をしたり物を取り合ったりして培っていくものを、一人っ子だとなかなか学びづらい。日陽はある意味智充たちのおかげで培ってきたが、多分那月は小さい頃からたくさん友だちがいたのだろうなと思ったりした。
 お人よしで大抵のことに「まあいいや」と思えるおおらかなところは、兄弟というライバルがいなかった一人っ子らしいなと自分のことを棚に上げて日陽は納得している。
 一人っ子の特徴でよくあると言われるものに孤独癖という特徴がある。日陽は智充とまるで兄弟のように育っているせいもあって常に誰かがいる状態ということに安心しがちだが、一人っ子だと大勢でわいわいするのも楽しめるものの、ずっと一人でいることに慣れているからかふと「一人になりたい」と思うこともあるらしい。兄弟喧嘩することなく、自分の主張を特にする場もなく、一人で一人の時間を使うことが多い。なので甘えたい願望が強いというのは特に一人っ子に限らない。日陽がそう思っていないだけで、兄弟がいる方が強いかもしれない。
 もちろん一人っ子でも親や周りからひたすらかわいがられて育つと、人に対して甘えるのも上手くなる。そのため一人にされるのを嫌う、甘えん坊なわがまま気質のタイプも多い。また、かわいがられ小さい頃から何でも先回りされ与えられてきていたら逆にわがままを言わなくなるタイプにもなるかもしれない。
 もしくは那月のように、決して嫌われたり虐待されたりはなく十分に愛されているものの、どうしても仕事優先になりいつも周りには本当に誰もいなかったという場合もある。
 ただ、日陽はそういった那月の子どもの頃のことは何も知らないので実際那月がどう思ってきたかわからないし、今も那月が一人っ子だということにピンときていなかったりもする。

「那月より智充のが一人っ子みたい」

 昼休みにまた屋上で三人一緒に昼ごはんを食べている時、ふと日陽は言った。智充はきょとんとした後に「何で」と変な顔している。

「だって空気読まないとことか、ぽくねえ? 煩いし」
「いや、何それっ? 百歩譲って空気読まないのが一人っ子っぽいとして、いや俺空気読むけどねっ? でも煩い関係なくね?」
「ほんと、いきなり何言ってんだろな、日陽」

 やっぱり煩い智充の横で、那月が苦笑している。

「んー、だって那月ってわがままじゃないしさらっとしてるし人当たりいいだろ」
「褒めてくれてありがと。でも俺、結構わがままだよ。あとうん、さらっとしてないよ」

 一瞬妙な顔をした後に、那月はおかしそうに言い返してきた。

「そうか?」
「そうか?」

 日陽と智充の声が被った。那月はまた笑いながら「うん」と頷く。

「わがままだよ」

 もう一度言ってきたその言葉が一瞬不穏な様子に聞こえ、日陽が「那月?」と窺うように呼ぶと、またニッコリと笑いかけてきた。

「だってほら、よく日陽の弁当のおかず、くれって言うでしょ」
「……あー、うん」

 弁当の、と言ってきた那月はいつものように無邪気だった。

「だからさ、その卵焼きちょうだい」

 そしてあーん、と口を開けてくる。

「またかよ。やるから自分で食え」

 日陽は何となくホッとしつつも、つき合ってからどうにも気恥ずかしさが出てしまうため最近やっているように箸を渡そうとした。

「たまには日陽もノッてよ、前みたいにさ」

 いつもなら「うん」と箸を受け取る那月は「わがままだよ」というのをまるで強調するかのように譲らない。

「まったく仲のよろしいことで。妬けるわー」

 つき合っているのを知らない智充は疑うことも知らず、単純に笑いながら自分の弁当をひたすら食べている。日陽はため息ついてから「特別サービスな」と卵焼きを箸でつかみ、那月の口へ放り込んだ。やはり少し気恥ずかしい。
 那月はといえば、とても嬉しそうに卵焼きを咀嚼している。本当に美味しそうに食べているのを見ると、日陽も嬉しくなった。
 那月の両親が共働きで忙しいのは知っている。いつ那月の家へ遊びに行っても親がいないから自然と知った。
 だからと言って那月が昼食をコンビニで賄うことに対して悲嘆していないのに自分がとやかく言うのもと思い、特に何も言ったことない。ただ、おかずを欲しがってくる時は快く分けていた。

 ……男とか関係ねーよな。俺、ちょっとくらいなら料理、勉強しよかな。

 咀嚼し終え「美味しかった」と嬉しそうに笑っている那月を見ているとつい、そんなことを考えてしまった。
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