月と太陽

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8話

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 順番を間違えてしまったけれども、俺たちはその日、恋人となった。

 那月は切なくも嬉しい気持ちが溢れそうになりながら思う。ただ、間違えたとしてもあの出来事がなかったらきっと今の関係になっていないような気がしている。だからこそ、それでいいんだと日陽も笑ってくれた。
 そしてあの出来事以来ずっと妄想だけでしか得られなかった日陽の体を那月は抱いた。それはもう存分に抱いた。そのせいで日陽に怒られるくらい抱いた。

 ……日陽が好きだ。好きで堪らない。

 那月は日陽を思い、そっと微笑む。きっとこの先、絶対に那月は日陽を手放さないだろうと思った。
 とはいえ日陽はどうかわからない。もちろん今は好きでいてくれているようで、それは泣きたいほど嬉しいことだが、ずっと好きでいてくれる保証などない。だから今日も、那月は心配をする。
 だって仕方ない。日陽はかわいい。かわいい、と本人に言えば、最初は「何言ってんだ」とポカンとし、次に「こんなに身長もあってガッツリ男な俺つかまえてかわいい言うなよ……」と呆れられる。挙句、受け流される。
 確かに日陽はどう見ても男だし、男から見ても女から見ても「恰好いい」と言われるであろうタイプだとは思う。それは那月も思っている。スラリとした背とほどよい筋肉。はっきりとした目鼻立ち。はきはきしつつも優しそうな表情を浮かべている。男子には少々乱暴ではあるが、実際は男女どちらに対しても優しい。
 それでも那月からしたらとてもかわいくもある。背はそれなりに高いほうかもだが那月のほうがかろうじて高い。ほどよい筋肉は那月にしてみればむしろ色気さえ感じるし、腰や尻を見ていれば夜のおかずに困ったこともない。ぱっちりした目はその辺の女子よりかわいいと思うし、薄くはない唇は煽情的だ。はきはきした性格は気持ちよさがあるし、すぐに考えすぎる那月にとっては安心さえできる。そして本当に優しくて包容力すらあると思うのに、どこか変な部分もあって目が離せない。総じて、かわいい。
 そのため、心配で仕方ない。恰好よくもかわいくもある日陽だ。いつ何時、誰が好きになるかわからない。
 とはいえ、その他大勢に関してはさほど心配していないし、日陽を信用していないわけではない。ちゃんと人を見て対応してくれる日陽が、適当な気持ちで浮気したりふらふらしたりするなどとは思っていない。男だし運動もできるので、無理やりどうこうされるなどといった心配も、ほんの少ししかしていない。ほんの少しはしているが、那月が考えすぎるタイプなので仕方ない。
 ただ、一つどうしても気にすることないだろうにと思いながら気になることがある。

「だから日陽は昔から駄目だっつーの」
「は? お前に駄目出しされるほど微妙なことはないな、智充。お前が駄目だ」

 先ほども気づけばそんなやり取りをしているから何だろうと那月が近づくと、智充のほうから巻き込んできた。

「那月! お前は?」
「え?」
「ショートケーキがあるとするだろ。そんだらお前だったらどこから食う? 先っぽ? 上のイチゴ? 尻? それとも上に盛られた生クリーム?」
「え? あ、っと……とりあえずショートケーキに尻があるの、初めて知ったかな」
「そこっ?」

 智充が情けない顔してきて戸惑っていると、日陽が「智充の言い方が変なんだろ」と呆れたように智充を見ていた。

「あれだよ那月。いわゆるケーキの周り……外側部分」
「……ああ、なるほど。で、日陽はどこから食べるの? 先っぽ?」
「うん。当ててくるってことは那月も? つかそれ普通じゃないか?」
「それが普通って思う日陽は甘い! 普通で言うならイチゴからだろ!」
「お前こそ昔から駄目なのはその勘違いだ」

 また言い合いが始まりそうになるのを見ながら、那月は微妙な気持ちになった。何を熱く語ってると思えばケーキをどこから食べるかとか、本当にどうでもいいなとおかしく思いつつも「俺は生クリームの塊からかな」と答えた。

「マジで」

 途端、揃った声が返ってくる。

「何でそんな……。っていうか、日陽ってあまり甘い物食べなくない?」

 また微妙な顔で二人を見た後に、那月はふと気づいて日陽に聞いた。

「あー……」
「そうそう! 大人ぶってんのか知らねーけどな。でもはるって昔はすげーケーキ好きだったんだよ」

 日陽が話すよりも早く、智充が楽しげに言ってくる。それに対し日陽は「サト煩い」とムッとした顔をした。
 そんな先ほどのやり取りを思い出し、那月は授業中だというのにそれこそ心底ムッとする。

 昔から昔からって、何だよ。

 あの二人が保育園の頃からのつき合いである親友だというくらいわかっているし、仲いいのも親友なら当然のことだ。

 当然のこと、なのだけれども。

 おまけに普段は那月と同じように名前呼びなのだが、たまに先ほどのようにあだ名で呼び合う。那月は、はるなどと呼んだことないし、中学以前の日陽のことは何も知らない。
 これこそ、心配する必要もないことなのかもしれないというのに、その他大勢に対してよりも那月は気になってしまう。嫉妬しても仕方ないことだというのに、モヤモヤしてしまう。

「おい、那月? 昼どうするって聞いてんだけど」

 モヤモヤ考えている間に授業は終わり、昼休みに入っていたらしい。日陽が呆れたように話しかけてくれていた。

「あ、ごめん」

 那月はニッコリして日陽を見た。だがモヤモヤは消えてくれない。ついでに日陽はかわいい。
 三人でまた屋上へ向かっている途中、那月は日陽の腕をそっとつかんだ。

「ねぇ日陽。ちょっと来て」

 ニコニコ日陽に笑いかけると、日陽は怪訝そうな顔をしながらも智充を呼び止めた。

「悪い、智充。屋上先行ってて。先に食べてていいからな」
「おう!」

 言われた智充はニッコリ笑い、機嫌よく歩いていく。智充が悪い奴じゃないのは那月にもわかっている。むしろ裏表のないさっぱりした奴だということを知っている。それでもどうしてもモヤモヤしてしまう。それだけ日陽が好きで、そしてずっとずっと思いを秘めてきた分、こうして恋人になって爆発してしまっているのかもしれない。
 那月は日陽を廊下の人気のない場所へ引っ張った。

「那月、俺、腹減ってんだけど。早く屋上に――」

 言いかける日陽の言葉を遮るように、那月はその唇を自分のそれで覆う。間近で見る日陽の目が、驚いたように見開かれた。
 日陽の味をうっとり堪能していると、だが思い切り引き離された。

「っぐ。……ご、ごめん。どうしても、我慢できなかった」

 気づけば鳩尾に日陽の蹴りが入っており、那月は涙目で蹲り日陽を見上げていた。

「お前、いきなり過ぎだ! それに俺、腹減ってるし智充も待たせてるだろ」

 少し顔を赤らめながらも憤る日陽に那月が落ち込んでいると、呆れた顔で屈んできた。そして那月に軽くキスを返してきた。

「は、るひ……?」
「どうしてもしたいなら、せめて突然は止めて欲しい」

 さらに顔を赤くし、日陽は目を逸らしながら言ってきた。
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