絆の序曲

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28話

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「熱はないようね」

 体温計を見て母親が呟いている。

「なのに何でそんなに熱っぽそうなのかな」

 そして心配そうに灯を見てきた。心当たりしかない灯だが、さすがに口にできず「ね、眠いのかな」などと間抜けなことしか言えない。

「疲れが一気に出ちゃったのかもね……灯、明日は学校休みなさい」
「だ、大丈夫だよ! 休むほどじゃ……」
「駄目。じゃあもしお母さんが熱っぽそうな状態だったとしたら、灯は仕事を休めって言わないの?」
「……言う」
「仕事はね、それでも中々休めないけど学校は休んでいいの。第一そんなで無理に学校へ行って倒れでもしたらまた柊くんにも迷惑かけるのよ?」
「……ぅん」

 確かに柊は絶対に心配してくるだろうと灯も思った。
 結局、学校は休むことになった。風邪などのうつる病気ではないと母親も思ったようだが、それでも恋には灯の部屋に入らないよう、しっかり言い聞かせているようだ。多分恋を心配してというより、構わず灯にちょっかいをかけるであろう恋に灯が煩わされないようにだろうと灯は苦笑した。
 一人になってから灯は深い息をはく。実際、まだ顔が熱っぽい自覚はある。

 ……アズさん……ほんとに……?

 展開が目まぐるし過ぎて自分のあまり容量がいまいちな脳では処理しきれていなかった。
 ずっと中々会えなかったので顔を見られただけでも嬉しかったのだが、それ以上の半端ない展開にどうしていいのかわからない。
 最初好きだと言われた時は、友人としてだと勝手に思って嬉しかった。だがそういう意味じゃないとわかると、灯の中は処理能力が一気に劣化したようだ。未だに何一つまとまって考えられない。

 好きって……。

 梓に言われたこと、されたことがまた浮かび、今本当に熱が出たかもしれないと思う位に自分の顔がますます熱くなった。

 好きって……! あんな格好のいい人が? あんな落ち着いた大人の人が? あんな……そう、そうだよ何より男らしいというか、正真正銘の男の人が……っ?

 梓は男が好きなタイプの人なのだろうかと灯はひたすら沸騰したままの頭で考えるが、そこは正直どちらでもよかった。別に男が好きだろうが女が好きだろうが梓は梓だ。ただ、その相手が自分となるとどうでもよくない。
 だって、とベッドに横たわり、横を向きながら灯は頭を抱える。

 だって俺だよ?

 背もあまりなく体もひょろっこく顔だって絶対どう見てもあの兄弟のように格好よくない。あまり丈夫じゃないし運動はどちらかというと苦手だし勉強だって何とかそれなりの成績を修めてはいるものの、毎日頑張らないと恐らく追いつけなくなる。こんな、しかも男の自分のどこがいいのかさっぱりわからない。

 ……もしかして女の代わり的に見られて……いやいや何で代わりだよ、それなら普通に女の子でいいじゃないか。……っもしかしてアズさん、趣味かなり悪い……っ?

 あれほど何でもできそうな人で欠点などとてもなさそうに灯からすれば見える。だからこそ、趣味が悪いという、とても残念な欠点を実は抱えているのかもしれない。
 そう思い至ったところで灯は深いため息ついた。勝手に梓の欠点にしてしまうなんて失礼にもほどがある。

 アズさん……ほんと何で……?

 もしかしたら、何もかも灯の勘違いなのかもしれない。好きだと言われたが、実は何か大きな勘違いを灯がしているのかもしれない。

 俺の頭の回転が悪いか、もしくは恋愛に疎すぎて勝手な判断をしてる、とか……。でも、でもキスされた……。

 ここでまた顔が沸騰しそうなほど熱くなる。そろそろ脳なり皮膚なりが溶け始めるかもしれない。
 いくら恋愛に疎くても、あれがキス以外のなにものでもないくらい、灯にもわかる。
 熱いだけでなく、心臓もかなりドキドキしている。溶け始めるだけでなく、心臓発作で死んでしまうのかもしれない。

 っていうか俺は……?

 ようやくここで灯はハッとなった。

 俺は男の人に好きだと言われてどうなの?

 情けない話、十八にもなって実は今まで恋愛したことない。ずっと母親と恋のことですぐに一杯になってしまう小さな容量の灯は、誰かを好きになる余裕なんてなかった。
 いや、二人を理由にするのは卑怯だと灯はギュッと目を瞑る。ただの未熟者だからだ。一応それでも、いいなと思う子はいた。ただそれもいいなと思う止まりというか「好き」という感情に発展しなかったように思う。

 ……その子は女の子だった。

 いいなと思ったことすらずいぶん昔の話で、本当に自分はと微妙になりつつも一応対象は異性である気はする。だが梓に言われたこと、されたことを思い返しても頭が沸騰しそうになれども不快な気持ちは皆無だった。

 だって尊敬してる人だし……。

 会ってくれたことが何よりも嬉しくて不快になるはずなんてなかった。

 ……好き、もキスも……驚いたけど……。

 そしてまた沸騰しそうになる。とりあえず今日はちゃんと考えることはできなさそうだった。眠れるかどうか定かではないが、もう考えるのは止めて寝よう、と灯は布団の中にもぞもぞ潜り込む。
 寒い時期でよかったと的外れなことを思う。夏だったらきっと考え込む前に熱中症のようになって倒れていたかもしれない。布団の中は温くて、脳内が興奮状態で沸騰しそうだった灯も次第にトロトロゆっくり煮込まれるような状態になり、眠りに陥っていった。
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