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19話
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梓と顔を合わせることがなくなってからやはりもうずいぶん経っている気がする。灯は朝からおでん作りに追われつつぼんやりとそんなことを考えていた。
「片倉くん、大丈夫?」
ふとクラスメイトに声かけられ、ハッとなる。ぼんやりしてるところを見られたのだろう。
「うん、大丈夫。佐藤さん、ありがとう」
笑みを向けると相手の女子は「よかった」と頬を赤らめて笑みを返してくれた後、自分の仕事に戻って行く。
「おい、今あいつの表情見て思うことは?」
灯も自分の仕事に集中しようとしたところで特設テントの設置をしていたクラスメイトの一人が近づいてきて、灯の肩を組みながらいきなりそんなことを聞いてきた。
「石田……、上山が向こうで怒ってるよ」
「いーから、片倉が今の佐藤を見て思ったことは?」
何なのだと思いつつもこうしてよくわからないことは今までもたまに聞かれたり言われたりしていたので答える。
「れんみたいだったなって」
「はい、安定! サンキュー!」
「だから何なんだよ……」
恋も嬉しかったり楽しかったりで笑う時に頬をよく赤らめている。先ほども相手が頬を赤らめながら笑みを返してくれたのを見て恋が笑う時みたいだと思ったのでそう答えただけだ。
満足げに自分の作業に戻り「サボってんじゃねーよ」と一緒にしていた相手に怒られているクラスメイトに対して、灯は微妙な顔を向けた。
「……お前があまりにあまりだからだろ……」
重そうな鍋を灯の側にあるコンロへ運んできた柊も微妙な顔をしながら言ってきた。
「え、俺? 石田じゃなくて?」
「あいつはバカ。つかあいつ、佐藤のこと、好きなんじゃねーの」
「えっ、そうなんだ。へぇ。あの二人ってつき合ってるの?」
「……」
少し目をキラキラさせながら灯が聞けば、柊は生ぬるい表情を向けてきた。
「何その顔」
「いや……ほんと鈍いなって……」
「何が?」
「……はー。何でもねーよ。つか大丈夫か? 疲れてねーか?」
「俺は元気だよ、ありがと、柊」
「な、ならいいけどな。無理すんなよ」
「うん」
今、何をしているかといえば、文化祭の準備をしている。灯のクラスはおでんの屋台になった。理由はおいいし暖まるからだ。
「凄く食べる側の理由だけど、俺らは販売するほうだろ……」
決まった時、灯はそう思って苦笑した。そして模擬内容が決まったはいいが、誰が作るかという段階ですぐに決まらなかった。男子が「やっぱ女子だろ」と言えば女子は「今時そんなの関係ないよね」と言い返す。灯が「別に男女関係なく皆で作れば」と提案したところで、気づけば灯の担当になっていた。もちろん他にも何名か決まったが、その中でおでんを作ったことのある者はいなかった。
「ごめんね、お母さんに聞いたらわかるかも」
「俺、おでんってコンビニで売ってるもののイメージしかなかった」
結局、灯が味つけ担当兼総監督的な役割となった。他の者は具材を切ったり、言われた通りに下茹でしたりする。
大量に作るので前日に仕込みなどができればよかったのだが、衛生上許可が出なかったため、今朝早くから来て具材を切ったりこんにゃくや大根などの仕込みを色々とやっていた。
柊が運んできた大きな鍋はこれから柊が味つけするための元になる、昆布の浸かった水がたっぷり入っている。既に出汁の中でいい具合に具材が煮込まれた鍋は、出店の前に設置したコンロに乗せられ、じわじわ煮込みつつ後は買われていくのを待つばかりになっている。
こういったサイクルはコンビニエンスストアでアルバイトしているクラスメイトが提案してきた。
「おでん割引セールの時によくやってんだよ。表のレジ横のやつは即売るためでさ、奥の事務所でも炊き出し」
なるほど、と採用されたやり方のお陰で、灯は午前中ひたすらテントの奥で炊き出し班をやることになりそうだ。そのためか、柊が心配しているようだった。
「午後からどーすんの、アカリ」
「んー、お母さんとれんが来られたら来るって言ってたんだけど……」
「そっか。ならとりあえず一緒に回ってさ、連絡あれば迎え、行くか」
「うん」
柊が当たり前のように灯の家族を一緒に迎えに行くと言ってくれるのが何だか嬉しくて、灯はニッコリ頷く。そしてそういえば、と思った。
「シュウ」
「何」
「アズさんは今日……」
「来ねーよ」
柊はどこかムッとした表情で即答してきた。もしかして文化祭に来るか来ないかで兄弟喧嘩でもしたのかと灯はあえて笑いながら続ける。
「そっか……。おでん、食べてもらいたかったなぁ」
だが少し変な顔になってしまったのかもしれない。柊こそ妙な顔で灯を見てきた。
「……お前の作ったおでん、……持って帰ってアイツに食わせるから」
「え? あ、別にそこまでは……」
「いいから」
「う、うん」
何故だろうか、変な空気になってしまった。灯としては少し冗談のつもりで言ったはずだったのだが、柊に「どうしても梓に作ったおでんを食べてもらいたい」という灯、といった妙なイメージを持たれてしまった気がする。だが、そこまでじゃないよとムキになって否定すれば余計に勘違いされそうな感じがして、そこはもう流すことにする。
昼になる前にはとりあえず灯の仕事は一旦終わった。
「何か俺の体、おでんの匂いだけじゃなくて味がしそうな気がする」
「何だそれ。俺、腹減ってんだからな。そんなこと言ってるといっそお前食うぞ」
「えー。じゃあ痛くないように食べてね」
「……」
「シュウ?」
あはは、と笑いながら柊に言えば今度は何故か変な顔された。どうやら自分は軽口の才能がないらしいと灯が微妙な気持ちで思っていると、他の店を回っていたらしいクラスメイトの一人がテントに戻ってきて「誰か楽器弾けるヤツいねえ?」などと聞いてくる。
「どうかしたのか?」
柊が聞くと「俺の友だちらが体育館でさ、もう少ししたらバンド演奏するんだけどさ、メンバーの一人が腹壊しちゃってて今、トイレから離れらんねーの。せめてそいつが出てこられるまでさー」と苦笑してきた。大変だねと灯が言おうとする前に柊が口を開く。
「へえ。で、楽器は?」
「ギター」
返答を聞いた途端、柊がニッコリ灯を見てきた。その様子で柊が言おうとしていることを灯は即わかった。
「待って、無理だから……!」
青くなりながら、灯は首をぶんぶんと振り倒した。
「片倉くん、大丈夫?」
ふとクラスメイトに声かけられ、ハッとなる。ぼんやりしてるところを見られたのだろう。
「うん、大丈夫。佐藤さん、ありがとう」
笑みを向けると相手の女子は「よかった」と頬を赤らめて笑みを返してくれた後、自分の仕事に戻って行く。
「おい、今あいつの表情見て思うことは?」
灯も自分の仕事に集中しようとしたところで特設テントの設置をしていたクラスメイトの一人が近づいてきて、灯の肩を組みながらいきなりそんなことを聞いてきた。
「石田……、上山が向こうで怒ってるよ」
「いーから、片倉が今の佐藤を見て思ったことは?」
何なのだと思いつつもこうしてよくわからないことは今までもたまに聞かれたり言われたりしていたので答える。
「れんみたいだったなって」
「はい、安定! サンキュー!」
「だから何なんだよ……」
恋も嬉しかったり楽しかったりで笑う時に頬をよく赤らめている。先ほども相手が頬を赤らめながら笑みを返してくれたのを見て恋が笑う時みたいだと思ったのでそう答えただけだ。
満足げに自分の作業に戻り「サボってんじゃねーよ」と一緒にしていた相手に怒られているクラスメイトに対して、灯は微妙な顔を向けた。
「……お前があまりにあまりだからだろ……」
重そうな鍋を灯の側にあるコンロへ運んできた柊も微妙な顔をしながら言ってきた。
「え、俺? 石田じゃなくて?」
「あいつはバカ。つかあいつ、佐藤のこと、好きなんじゃねーの」
「えっ、そうなんだ。へぇ。あの二人ってつき合ってるの?」
「……」
少し目をキラキラさせながら灯が聞けば、柊は生ぬるい表情を向けてきた。
「何その顔」
「いや……ほんと鈍いなって……」
「何が?」
「……はー。何でもねーよ。つか大丈夫か? 疲れてねーか?」
「俺は元気だよ、ありがと、柊」
「な、ならいいけどな。無理すんなよ」
「うん」
今、何をしているかといえば、文化祭の準備をしている。灯のクラスはおでんの屋台になった。理由はおいいし暖まるからだ。
「凄く食べる側の理由だけど、俺らは販売するほうだろ……」
決まった時、灯はそう思って苦笑した。そして模擬内容が決まったはいいが、誰が作るかという段階ですぐに決まらなかった。男子が「やっぱ女子だろ」と言えば女子は「今時そんなの関係ないよね」と言い返す。灯が「別に男女関係なく皆で作れば」と提案したところで、気づけば灯の担当になっていた。もちろん他にも何名か決まったが、その中でおでんを作ったことのある者はいなかった。
「ごめんね、お母さんに聞いたらわかるかも」
「俺、おでんってコンビニで売ってるもののイメージしかなかった」
結局、灯が味つけ担当兼総監督的な役割となった。他の者は具材を切ったり、言われた通りに下茹でしたりする。
大量に作るので前日に仕込みなどができればよかったのだが、衛生上許可が出なかったため、今朝早くから来て具材を切ったりこんにゃくや大根などの仕込みを色々とやっていた。
柊が運んできた大きな鍋はこれから柊が味つけするための元になる、昆布の浸かった水がたっぷり入っている。既に出汁の中でいい具合に具材が煮込まれた鍋は、出店の前に設置したコンロに乗せられ、じわじわ煮込みつつ後は買われていくのを待つばかりになっている。
こういったサイクルはコンビニエンスストアでアルバイトしているクラスメイトが提案してきた。
「おでん割引セールの時によくやってんだよ。表のレジ横のやつは即売るためでさ、奥の事務所でも炊き出し」
なるほど、と採用されたやり方のお陰で、灯は午前中ひたすらテントの奥で炊き出し班をやることになりそうだ。そのためか、柊が心配しているようだった。
「午後からどーすんの、アカリ」
「んー、お母さんとれんが来られたら来るって言ってたんだけど……」
「そっか。ならとりあえず一緒に回ってさ、連絡あれば迎え、行くか」
「うん」
柊が当たり前のように灯の家族を一緒に迎えに行くと言ってくれるのが何だか嬉しくて、灯はニッコリ頷く。そしてそういえば、と思った。
「シュウ」
「何」
「アズさんは今日……」
「来ねーよ」
柊はどこかムッとした表情で即答してきた。もしかして文化祭に来るか来ないかで兄弟喧嘩でもしたのかと灯はあえて笑いながら続ける。
「そっか……。おでん、食べてもらいたかったなぁ」
だが少し変な顔になってしまったのかもしれない。柊こそ妙な顔で灯を見てきた。
「……お前の作ったおでん、……持って帰ってアイツに食わせるから」
「え? あ、別にそこまでは……」
「いいから」
「う、うん」
何故だろうか、変な空気になってしまった。灯としては少し冗談のつもりで言ったはずだったのだが、柊に「どうしても梓に作ったおでんを食べてもらいたい」という灯、といった妙なイメージを持たれてしまった気がする。だが、そこまでじゃないよとムキになって否定すれば余計に勘違いされそうな感じがして、そこはもう流すことにする。
昼になる前にはとりあえず灯の仕事は一旦終わった。
「何か俺の体、おでんの匂いだけじゃなくて味がしそうな気がする」
「何だそれ。俺、腹減ってんだからな。そんなこと言ってるといっそお前食うぞ」
「えー。じゃあ痛くないように食べてね」
「……」
「シュウ?」
あはは、と笑いながら柊に言えば今度は何故か変な顔された。どうやら自分は軽口の才能がないらしいと灯が微妙な気持ちで思っていると、他の店を回っていたらしいクラスメイトの一人がテントに戻ってきて「誰か楽器弾けるヤツいねえ?」などと聞いてくる。
「どうかしたのか?」
柊が聞くと「俺の友だちらが体育館でさ、もう少ししたらバンド演奏するんだけどさ、メンバーの一人が腹壊しちゃってて今、トイレから離れらんねーの。せめてそいつが出てこられるまでさー」と苦笑してきた。大変だねと灯が言おうとする前に柊が口を開く。
「へえ。で、楽器は?」
「ギター」
返答を聞いた途端、柊がニッコリ灯を見てきた。その様子で柊が言おうとしていることを灯は即わかった。
「待って、無理だから……!」
青くなりながら、灯は首をぶんぶんと振り倒した。
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