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クリスマスが終わるまで……

3 Nicolao

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 どうしてもピアノが弾きたいわけではなかった。そもそも昔習っていたのは嘘ではないものの、もうずいぶん長らく弾いていない。
 だがああも笑われるとムキになるというか、さらさらっと弾いて見返してやりたくもなる。男のプライドだと倭は心の中でうんうん頷いた。

「どうかしました?」
「な、何でもない。でもどこにピアノなんてあるんだよ。お前、持ってんの?」
「はは、この部屋に入るとでも?」

 とてもニコニコした笑顔だが言葉に棘というか、嫌味といった何かを感じる。ピアノを教えてくれると言うわりに絶対こいつ、性格よくないだろと倭は微妙な顔になりながら「じゃあどこで教えてくれんだよ」と言い返した。

「学校です。音楽室。先生に言えば鍵、貸してくれますよ」
「授業でも部活でもないのに? 無理じゃないか?」
「僕は信頼ありますから、問題ありません」

 口にはされていないが「あなたと違って」と聞こえてきた気がした。

「ああ、そうですか……」

 絶対にマッシュヘアーは性格悪い。そんなやつに教えてもらうなんてろくなことなさそうじゃないか?

 そう一瞬思ったが、別に金を取られるわけでもないし、一旦教えてもらってやっぱり面倒ならやめればいいかと、倭は言われた通り翌日の放課後に音楽室へ向かった。

「遅いですよ」
「授業終わってからわりと早く来たぞ」
「わりとじゃなくて早く来てください」
「……昨日思った時点では心の中にだけしまっておこうとしたけど」
「何の話ですか」
「お前、性格悪いだろ」

 ムッとしたせいでズバズバ口にしてしまった。だが柚右は気を悪くしたような顔をすることなく、笑みを向けてくる。

「調子よく弾けなかったあなたに教えてあげようと思った上に、約束して教える側である僕がこうして待たされていたというのに、性格悪い、ですか。散々ですね」
「……そう言われると……まぁ、そう、なんだ、けど……、……ごめん」

 所々で性格がよくなさそうだと思うことはあっても、確かに言われたことは全てその通りでしかない。というか言われてみれば自分のほうが悪い気がしてくる。
 倭が気を落としつつ謝ると「チョロ……いえ、素直なんですね、マサは」と頭を撫でられた。これではどちらが年下かわからない。あと素直と言う前に何か言ってこなかっただろうか。

「今、お前」
「さて、時間は無限ではないですし、始めましょうか」
「お、おう」

 とりあえず最初は「ハノン」をやりましょうかと言われた。それくらい余裕だとやってみたが、ハノンすら初めは指が思うように動かなかった。だがこれは俗にいう「体が覚えている」というやつか、わりとすぐにすらすら弾けるようになった。次にバッハの「メヌエット ト長調」と弾いた。曲だけ聞けば簡単過ぎるくらい簡単なこの曲も、実際弾くとやはりつかえる。左手はさほど動かないというのに上手くいかない。すると今度はこの曲で最初に右手だけ、次に左手だけ、そして両手でどれも短いながらに一定時間練習させられた。

「じゃあ今日はここまで」
「え、こんだけ? ハノン弾いた時から入れても一時間もやってねえけど」
「長時間やっても仕方ありませんよ。むしろ短い時間を毎日欠かさずやるほうが効果あります。ってことで明日も来てくださいね」
「マジで? 毎日? マジで? 俺、別に発表会とかないけど」
「僕もピアノの先生ではありませんよ。いいから明日も来る。わかりましたか?」
「……お前、俺の二歳下なのわかってる?」
「知ってますよ。敬語使っているでしょう? あとそれを言うなら僕が親切心で教えているのもわかってるんですよね?」

 ニッコリ言われ、倭は頷くしかなかった。
 翌日はメヌエットを昨日最後にやった練習と同じように片手ずつ弾いてから両手で弾くというのをやっただけで終わった。多分半時間も経っていない。

「なあ、ほんとにこれで俺、指動くようになんの」
「なりますよ」
「ほんとかなぁ。つかお前は上手いわけ?」

 そういえば教えると言われてほいほいついてきたようなものだが、柚右の実力は知らない。

「マサよりは上手いですよ」
「うるせぇ。じゃあちょっと弾いてみてよ」
「いいですよ」

 柚右は座ると、譜面も何も見ていないというのに「ラ・カンパネラ」を弾き始めた。リストだ。倭も知っている。あと手の動きが半端ない曲だとも知っている。実際、柚右の指は特に右手がものすごい勢いで動いていく。もはや手が生物としか思えない。というかなんて長くて綺麗な指なんだろうと倭は思わず魅入られた。終盤になってくると曲そのものの盛り上がりもあるせいか、倭のテンションまで上がってきた。
 弾き終わると柚右は「ね?」と座ったまま笑みを浮かべて倭を見上げてくる。

「……お前、人間じゃないだろ」
「おや、何でわかったんですか」
「っだって手の動きそんだけヤバすぎた」

 冗談で返してくる柚右に、倭はだが真顔で感嘆する。

「そうですね、僕は人間じゃなくてサンタですから」
「は? サンタはピアノ関係ねえだろ。そこは強いて言うならリストの亡霊ですからとかだろ」
「そう言って欲しければ言いますけど」
「別に言って欲しいわけじゃねえ……。でもマジすげぇ。なあ、もっと弾いてよ」

 弾き終わって何もしていない柚右の指がそれでもやはりしなやかで綺麗なことに気づいた。ピアノを演奏しているから綺麗に見えたわけではないようだが、その綺麗な指がまた生き物のように鍵盤の上を動くところが見たいと倭は思った。

「いいですよ。じゃあ代わりにマサは僕に何くれます?」
「え? 金取るの?」
「はは。まさか。でも親切で教えている上に演奏もあなたの望むままするというなら、僕も少しは何かあってもよくないですか?」
「そりゃあ、まぁ……でもお前にあげるもんって。勉強教える、とか?」
「マサの成績は?」
「……中の上」
「はは、では結構です。僕、申し訳ないんですが勉強もできるんですよ」
「全然申し訳ないと思ってないのに言うな」
「そうですねえ、じゃあ僕とつき合ってください」
「は? ああ、どこ行きたいんだ?」

 何の話だと思いつつすぐに理解したので聞けば鼻で笑われた。
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