3 / 16
クリスマスが終わるまで……
3 Nicolao
しおりを挟む
どうしてもピアノが弾きたいわけではなかった。そもそも昔習っていたのは嘘ではないものの、もうずいぶん長らく弾いていない。
だがああも笑われるとムキになるというか、さらさらっと弾いて見返してやりたくもなる。男のプライドだと倭は心の中でうんうん頷いた。
「どうかしました?」
「な、何でもない。でもどこにピアノなんてあるんだよ。お前、持ってんの?」
「はは、この部屋に入るとでも?」
とてもニコニコした笑顔だが言葉に棘というか、嫌味といった何かを感じる。ピアノを教えてくれると言うわりに絶対こいつ、性格よくないだろと倭は微妙な顔になりながら「じゃあどこで教えてくれんだよ」と言い返した。
「学校です。音楽室。先生に言えば鍵、貸してくれますよ」
「授業でも部活でもないのに? 無理じゃないか?」
「僕は信頼ありますから、問題ありません」
口にはされていないが「あなたと違って」と聞こえてきた気がした。
「ああ、そうですか……」
絶対にマッシュヘアーは性格悪い。そんなやつに教えてもらうなんてろくなことなさそうじゃないか?
そう一瞬思ったが、別に金を取られるわけでもないし、一旦教えてもらってやっぱり面倒ならやめればいいかと、倭は言われた通り翌日の放課後に音楽室へ向かった。
「遅いですよ」
「授業終わってからわりと早く来たぞ」
「わりとじゃなくて早く来てください」
「……昨日思った時点では心の中にだけしまっておこうとしたけど」
「何の話ですか」
「お前、性格悪いだろ」
ムッとしたせいでズバズバ口にしてしまった。だが柚右は気を悪くしたような顔をすることなく、笑みを向けてくる。
「調子よく弾けなかったあなたに教えてあげようと思った上に、約束して教える側である僕がこうして待たされていたというのに、性格悪い、ですか。散々ですね」
「……そう言われると……まぁ、そう、なんだ、けど……、……ごめん」
所々で性格がよくなさそうだと思うことはあっても、確かに言われたことは全てその通りでしかない。というか言われてみれば自分のほうが悪い気がしてくる。
倭が気を落としつつ謝ると「チョロ……いえ、素直なんですね、マサは」と頭を撫でられた。これではどちらが年下かわからない。あと素直と言う前に何か言ってこなかっただろうか。
「今、お前」
「さて、時間は無限ではないですし、始めましょうか」
「お、おう」
とりあえず最初は「ハノン」をやりましょうかと言われた。それくらい余裕だとやってみたが、ハノンすら初めは指が思うように動かなかった。だがこれは俗にいう「体が覚えている」というやつか、わりとすぐにすらすら弾けるようになった。次にバッハの「メヌエット ト長調」と弾いた。曲だけ聞けば簡単過ぎるくらい簡単なこの曲も、実際弾くとやはりつかえる。左手はさほど動かないというのに上手くいかない。すると今度はこの曲で最初に右手だけ、次に左手だけ、そして両手でどれも短いながらに一定時間練習させられた。
「じゃあ今日はここまで」
「え、こんだけ? ハノン弾いた時から入れても一時間もやってねえけど」
「長時間やっても仕方ありませんよ。むしろ短い時間を毎日欠かさずやるほうが効果あります。ってことで明日も来てくださいね」
「マジで? 毎日? マジで? 俺、別に発表会とかないけど」
「僕もピアノの先生ではありませんよ。いいから明日も来る。わかりましたか?」
「……お前、俺の二歳下なのわかってる?」
「知ってますよ。敬語使っているでしょう? あとそれを言うなら僕が親切心で教えているのもわかってるんですよね?」
ニッコリ言われ、倭は頷くしかなかった。
翌日はメヌエットを昨日最後にやった練習と同じように片手ずつ弾いてから両手で弾くというのをやっただけで終わった。多分半時間も経っていない。
「なあ、ほんとにこれで俺、指動くようになんの」
「なりますよ」
「ほんとかなぁ。つかお前は上手いわけ?」
そういえば教えると言われてほいほいついてきたようなものだが、柚右の実力は知らない。
「マサよりは上手いですよ」
「うるせぇ。じゃあちょっと弾いてみてよ」
「いいですよ」
柚右は座ると、譜面も何も見ていないというのに「ラ・カンパネラ」を弾き始めた。リストだ。倭も知っている。あと手の動きが半端ない曲だとも知っている。実際、柚右の指は特に右手がものすごい勢いで動いていく。もはや手が生物としか思えない。というかなんて長くて綺麗な指なんだろうと倭は思わず魅入られた。終盤になってくると曲そのものの盛り上がりもあるせいか、倭のテンションまで上がってきた。
弾き終わると柚右は「ね?」と座ったまま笑みを浮かべて倭を見上げてくる。
「……お前、人間じゃないだろ」
「おや、何でわかったんですか」
「っだって手の動きそんだけヤバすぎた」
冗談で返してくる柚右に、倭はだが真顔で感嘆する。
「そうですね、僕は人間じゃなくてサンタですから」
「は? サンタはピアノ関係ねえだろ。そこは強いて言うならリストの亡霊ですからとかだろ」
「そう言って欲しければ言いますけど」
「別に言って欲しいわけじゃねえ……。でもマジすげぇ。なあ、もっと弾いてよ」
弾き終わって何もしていない柚右の指がそれでもやはりしなやかで綺麗なことに気づいた。ピアノを演奏しているから綺麗に見えたわけではないようだが、その綺麗な指がまた生き物のように鍵盤の上を動くところが見たいと倭は思った。
「いいですよ。じゃあ代わりにマサは僕に何くれます?」
「え? 金取るの?」
「はは。まさか。でも親切で教えている上に演奏もあなたの望むままするというなら、僕も少しは何かあってもよくないですか?」
「そりゃあ、まぁ……でもお前にあげるもんって。勉強教える、とか?」
「マサの成績は?」
「……中の上」
「はは、では結構です。僕、申し訳ないんですが勉強もできるんですよ」
「全然申し訳ないと思ってないのに言うな」
「そうですねえ、じゃあ僕とつき合ってください」
「は? ああ、どこ行きたいんだ?」
何の話だと思いつつすぐに理解したので聞けば鼻で笑われた。
だがああも笑われるとムキになるというか、さらさらっと弾いて見返してやりたくもなる。男のプライドだと倭は心の中でうんうん頷いた。
「どうかしました?」
「な、何でもない。でもどこにピアノなんてあるんだよ。お前、持ってんの?」
「はは、この部屋に入るとでも?」
とてもニコニコした笑顔だが言葉に棘というか、嫌味といった何かを感じる。ピアノを教えてくれると言うわりに絶対こいつ、性格よくないだろと倭は微妙な顔になりながら「じゃあどこで教えてくれんだよ」と言い返した。
「学校です。音楽室。先生に言えば鍵、貸してくれますよ」
「授業でも部活でもないのに? 無理じゃないか?」
「僕は信頼ありますから、問題ありません」
口にはされていないが「あなたと違って」と聞こえてきた気がした。
「ああ、そうですか……」
絶対にマッシュヘアーは性格悪い。そんなやつに教えてもらうなんてろくなことなさそうじゃないか?
そう一瞬思ったが、別に金を取られるわけでもないし、一旦教えてもらってやっぱり面倒ならやめればいいかと、倭は言われた通り翌日の放課後に音楽室へ向かった。
「遅いですよ」
「授業終わってからわりと早く来たぞ」
「わりとじゃなくて早く来てください」
「……昨日思った時点では心の中にだけしまっておこうとしたけど」
「何の話ですか」
「お前、性格悪いだろ」
ムッとしたせいでズバズバ口にしてしまった。だが柚右は気を悪くしたような顔をすることなく、笑みを向けてくる。
「調子よく弾けなかったあなたに教えてあげようと思った上に、約束して教える側である僕がこうして待たされていたというのに、性格悪い、ですか。散々ですね」
「……そう言われると……まぁ、そう、なんだ、けど……、……ごめん」
所々で性格がよくなさそうだと思うことはあっても、確かに言われたことは全てその通りでしかない。というか言われてみれば自分のほうが悪い気がしてくる。
倭が気を落としつつ謝ると「チョロ……いえ、素直なんですね、マサは」と頭を撫でられた。これではどちらが年下かわからない。あと素直と言う前に何か言ってこなかっただろうか。
「今、お前」
「さて、時間は無限ではないですし、始めましょうか」
「お、おう」
とりあえず最初は「ハノン」をやりましょうかと言われた。それくらい余裕だとやってみたが、ハノンすら初めは指が思うように動かなかった。だがこれは俗にいう「体が覚えている」というやつか、わりとすぐにすらすら弾けるようになった。次にバッハの「メヌエット ト長調」と弾いた。曲だけ聞けば簡単過ぎるくらい簡単なこの曲も、実際弾くとやはりつかえる。左手はさほど動かないというのに上手くいかない。すると今度はこの曲で最初に右手だけ、次に左手だけ、そして両手でどれも短いながらに一定時間練習させられた。
「じゃあ今日はここまで」
「え、こんだけ? ハノン弾いた時から入れても一時間もやってねえけど」
「長時間やっても仕方ありませんよ。むしろ短い時間を毎日欠かさずやるほうが効果あります。ってことで明日も来てくださいね」
「マジで? 毎日? マジで? 俺、別に発表会とかないけど」
「僕もピアノの先生ではありませんよ。いいから明日も来る。わかりましたか?」
「……お前、俺の二歳下なのわかってる?」
「知ってますよ。敬語使っているでしょう? あとそれを言うなら僕が親切心で教えているのもわかってるんですよね?」
ニッコリ言われ、倭は頷くしかなかった。
翌日はメヌエットを昨日最後にやった練習と同じように片手ずつ弾いてから両手で弾くというのをやっただけで終わった。多分半時間も経っていない。
「なあ、ほんとにこれで俺、指動くようになんの」
「なりますよ」
「ほんとかなぁ。つかお前は上手いわけ?」
そういえば教えると言われてほいほいついてきたようなものだが、柚右の実力は知らない。
「マサよりは上手いですよ」
「うるせぇ。じゃあちょっと弾いてみてよ」
「いいですよ」
柚右は座ると、譜面も何も見ていないというのに「ラ・カンパネラ」を弾き始めた。リストだ。倭も知っている。あと手の動きが半端ない曲だとも知っている。実際、柚右の指は特に右手がものすごい勢いで動いていく。もはや手が生物としか思えない。というかなんて長くて綺麗な指なんだろうと倭は思わず魅入られた。終盤になってくると曲そのものの盛り上がりもあるせいか、倭のテンションまで上がってきた。
弾き終わると柚右は「ね?」と座ったまま笑みを浮かべて倭を見上げてくる。
「……お前、人間じゃないだろ」
「おや、何でわかったんですか」
「っだって手の動きそんだけヤバすぎた」
冗談で返してくる柚右に、倭はだが真顔で感嘆する。
「そうですね、僕は人間じゃなくてサンタですから」
「は? サンタはピアノ関係ねえだろ。そこは強いて言うならリストの亡霊ですからとかだろ」
「そう言って欲しければ言いますけど」
「別に言って欲しいわけじゃねえ……。でもマジすげぇ。なあ、もっと弾いてよ」
弾き終わって何もしていない柚右の指がそれでもやはりしなやかで綺麗なことに気づいた。ピアノを演奏しているから綺麗に見えたわけではないようだが、その綺麗な指がまた生き物のように鍵盤の上を動くところが見たいと倭は思った。
「いいですよ。じゃあ代わりにマサは僕に何くれます?」
「え? 金取るの?」
「はは。まさか。でも親切で教えている上に演奏もあなたの望むままするというなら、僕も少しは何かあってもよくないですか?」
「そりゃあ、まぁ……でもお前にあげるもんって。勉強教える、とか?」
「マサの成績は?」
「……中の上」
「はは、では結構です。僕、申し訳ないんですが勉強もできるんですよ」
「全然申し訳ないと思ってないのに言うな」
「そうですねえ、じゃあ僕とつき合ってください」
「は? ああ、どこ行きたいんだ?」
何の話だと思いつつすぐに理解したので聞けば鼻で笑われた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
朝が来てもそばにいて〜聖夜の約束〜
雛
BL
小学二年生のクリスマスイブに、爽真は誰にも言えない秘密を抱えてしまった。──それは、サンタクロースに一目惚れしてしまったこと。
白い髭のおじいさんのイメージとはかけ離れた、綺麗な青年サンタ・凛。年に一度しか会えない彼の気を引こうと、爽真は奮闘する。
一方、無気力で子供嫌いのサンタクロース・凛は、素直で真っ直ぐな爽真に振り回されつつも、次第に心を開いていく。しかし、年々大人になっていく爽真と、子供にしか見えないサンタである凛の間には、越えられない『時間』という大きな壁が。
ずっと一緒にいる未来のために、彼らがした選択とは──?
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる