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クリスマスが終わるまで……
1 Nikolaos
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隣の部屋に気配を感じる。
ふと、峰松 倭(みねまつ まさ)はそれに気づいて最近そろそろ冷えてきたしと、入れたばかりの暖房が効いた部屋の中でふるりと震えた。
高校の寮に住んでもう三年目だ。そして左隣の角部屋にいたのは二年先輩だったため、倭が二年の時から空いているはずだ。確かそうだ。次にまた入ってくるだろうと漠然と思っていたら入ってこなくて「俺、騒ぎ放題じゃね?」と調子に乗ったら右隣の同級生に「煩い」と言われたのだ、間違いない。空いていた。
だというのに気配を感じる。これはもう、まさに自分の知らない世界といった類のものではないのだろうか。
「いや、違う。断じて違う。お化けなんていねぇ。これはあれだ、泥棒……」
泥棒、と考えたところでそんなわけあるかとセルフ突っ込みを行った。こんな学生寮の誰もいない部屋に危険を冒してまで誰が何を泥棒しに入るというのか。
だが幽霊よりまし、でもないのか。もしいくら間抜けだろうとしても本当に泥棒だったとしたら、それはそれで怖い。
「あれだ。サンタだ。サンタといえば不法侵入者だからな。クリスマスまでにはまだまだ遠いけどほら、あれだ、下見かもしれない。多分気のせいでしかないけど、もし万が一本当に隣に何かいるとしたら、間違いなくきっとそれだ。気のせいでしかないけどな、気のせいでしかないけど」
というかもう、そういうことにしておこう。
倭は自分に言い聞かせた。そうしないと今からトイレに行きたかったというのに気合いが必要になりすぎる。
それで何とか無理やり自分を誤魔化したはずだったが、気配は次の日も、そのまた次の日も感じた。もしかしたら自分は忍者の末裔かなと思いそうになるくらいには気配を察知している。というか間違いなく物音も聞こえた。倭は心の中で半泣きになりながら右隣の部屋へ駆けこんだ。
「マジやべえよ助けてくれよ気配が消えねぇんだよ大向井……俺の隣に幽霊がいる……」
「もう寝てたのか? 夕飯もまだなのに」
「ちげぇわ夢じゃねえよ? 物音だってするんだ。あれだ、ラップ音っつーやつだろ……」
「寝ぼけてんじゃねえなら何だっつーんだよ。ここと反対側だろ?」
「そう言ってるだろ」
「だって気配とか物音って。普通に貴嶋の生活音だろ」
「は?」
キシマ、とは。かまいたち的な何かか。それとも鳥とかの種類か。鳥が入り込んでいるのか。
「何の話? 鳥?」
「お前こそ何の話してんだよ。起きてるか? 貴嶋と喧嘩でもしたんか? 一年生いじめてんじゃねえぞ」
イチネンセイ?
「ちょっと待て。俺の左隣って空き部屋だよな?」
「……珍しく試験か受験勉強でも早々としてしまってボケてんのか? 今年の春からずっと貴嶋がいるだろ」
「は?」
頭の中をハテナで一杯にしていると「もっかい眠ってこい。ボケ過ぎだろ」と部屋を追い出された。だが部屋に戻りがたく、倭はその辺をうろうろと歩く。そして倭の友だちであり、部屋に入ったことがあり、左隣が空き部屋だと知っているはずの者を見つけ次第「あの部屋って空き部屋だよな?」と声をかけまくった。その度に「いや、先輩が卒業した後空いてたのは知ってるけど今って確か一年が入ってんじゃね」だの「貴嶋って一年が入ってるだろ。いまさらどうした」だの言われる。
「嘘、だろ……」
何人目かの友人に言われて呆然としながら呟くと「あ、ほら。貴嶋」とその友人が倭の後ろを指差す。恐る恐る振り返ると、確かに間違いなく角部屋から出てくるところの男を倭も目の当たりにした。ちゃんと足も生えている。
その男は貴嶋、と名前が上がったのが聞こえたのだろうか、こちらを見てきた。
背が高くてスラリとしているだけでなくやたら整った顔をしている。サラサラヘアーを自慢にしている倭が負けそうなほどサラサラとしたマッシュヘアーがそしてあまりに似合っている。ただ何より気になるのが、二年も年下とはいえそんな目立ちそうな男を倭は全く見た記憶がないということだ。
「誰だよ……、あいつ誰だよ元木」
「いや、だからお前の隣部屋にいる貴嶋」
「知らねえよ、俺。あんな韓国系イケメンも真っ青なほどサラツヤマッシュヘアーも知らねえ」
「素っ気ないのか褒めてんのかどっちだよ」
「元木くん、どうかしました?」
マッシュヘアーがいつの間にか近くまできて倭の友人である太朗に話しかけてくる。
「何かこいつがちょっと変でな」
「変なのはお前らだ! つかお前、マッシュヘアーと知り合いなのかよ」
「俺に抱きつくな鬱陶しい! あと貴嶋、な。そりゃここにいれば何度も顔を合わせるし」
「僕がどうかしました? 峰松くん」
マッシュヘアーがにこにこと倭を覗き込んできた。百七十五センチはある倭よりまだ五センチほど高そうだ。さすが、だてにマッシュヘアーが似合っているわけではない。
「どうかって……つか名前……っ? いやそれよかお前……いつからあの部屋に住んでんだよ。数日前まであそこ、空き部屋だったんだぞ」
「ほら、な? 変なこと言ってるだろ。峰松、お前疲れてんじゃないか?」
「ちげぇ」
動揺が抜けきらないまま言い返していると、視線を感じた。そちらを見るとマッシュヘアーが読み取れないような表情で倭を見下ろしている。
「な、何だよ」
「……いえ。にしても悲しいな。入学してから僕、あなたにも引っ越しの挨拶、したのになあ。貴嶋柚右ですって」
「は?」
「ほら、な? お前マジで疲れてんじゃないか? ちょっと寝てこい」
先ほど右隣の公太に言われたことを太朗にも言われ、倭は混乱し続ける頭を抱えて大人しく部屋へ戻ることにした。全然意味わからないが、周りは「貴嶋はずっといたぞ」と言ってくるし太朗に至っては知り合いですらあった。少なくとも幽霊ではないようだとは理解した。部屋に戻っても憑りつかれるなどといったことはないはずだと踏んでのことだ。
実際にぐっすり眠った後もやはり不可解でしかなかったしその後も怪訝に思う気持ちは残っていたが、周りは前から知っているようだし実際にその一年生は実在している。倭としても不審に思いながらも受け入れるしかなかった。
ふと、峰松 倭(みねまつ まさ)はそれに気づいて最近そろそろ冷えてきたしと、入れたばかりの暖房が効いた部屋の中でふるりと震えた。
高校の寮に住んでもう三年目だ。そして左隣の角部屋にいたのは二年先輩だったため、倭が二年の時から空いているはずだ。確かそうだ。次にまた入ってくるだろうと漠然と思っていたら入ってこなくて「俺、騒ぎ放題じゃね?」と調子に乗ったら右隣の同級生に「煩い」と言われたのだ、間違いない。空いていた。
だというのに気配を感じる。これはもう、まさに自分の知らない世界といった類のものではないのだろうか。
「いや、違う。断じて違う。お化けなんていねぇ。これはあれだ、泥棒……」
泥棒、と考えたところでそんなわけあるかとセルフ突っ込みを行った。こんな学生寮の誰もいない部屋に危険を冒してまで誰が何を泥棒しに入るというのか。
だが幽霊よりまし、でもないのか。もしいくら間抜けだろうとしても本当に泥棒だったとしたら、それはそれで怖い。
「あれだ。サンタだ。サンタといえば不法侵入者だからな。クリスマスまでにはまだまだ遠いけどほら、あれだ、下見かもしれない。多分気のせいでしかないけど、もし万が一本当に隣に何かいるとしたら、間違いなくきっとそれだ。気のせいでしかないけどな、気のせいでしかないけど」
というかもう、そういうことにしておこう。
倭は自分に言い聞かせた。そうしないと今からトイレに行きたかったというのに気合いが必要になりすぎる。
それで何とか無理やり自分を誤魔化したはずだったが、気配は次の日も、そのまた次の日も感じた。もしかしたら自分は忍者の末裔かなと思いそうになるくらいには気配を察知している。というか間違いなく物音も聞こえた。倭は心の中で半泣きになりながら右隣の部屋へ駆けこんだ。
「マジやべえよ助けてくれよ気配が消えねぇんだよ大向井……俺の隣に幽霊がいる……」
「もう寝てたのか? 夕飯もまだなのに」
「ちげぇわ夢じゃねえよ? 物音だってするんだ。あれだ、ラップ音っつーやつだろ……」
「寝ぼけてんじゃねえなら何だっつーんだよ。ここと反対側だろ?」
「そう言ってるだろ」
「だって気配とか物音って。普通に貴嶋の生活音だろ」
「は?」
キシマ、とは。かまいたち的な何かか。それとも鳥とかの種類か。鳥が入り込んでいるのか。
「何の話? 鳥?」
「お前こそ何の話してんだよ。起きてるか? 貴嶋と喧嘩でもしたんか? 一年生いじめてんじゃねえぞ」
イチネンセイ?
「ちょっと待て。俺の左隣って空き部屋だよな?」
「……珍しく試験か受験勉強でも早々としてしまってボケてんのか? 今年の春からずっと貴嶋がいるだろ」
「は?」
頭の中をハテナで一杯にしていると「もっかい眠ってこい。ボケ過ぎだろ」と部屋を追い出された。だが部屋に戻りがたく、倭はその辺をうろうろと歩く。そして倭の友だちであり、部屋に入ったことがあり、左隣が空き部屋だと知っているはずの者を見つけ次第「あの部屋って空き部屋だよな?」と声をかけまくった。その度に「いや、先輩が卒業した後空いてたのは知ってるけど今って確か一年が入ってんじゃね」だの「貴嶋って一年が入ってるだろ。いまさらどうした」だの言われる。
「嘘、だろ……」
何人目かの友人に言われて呆然としながら呟くと「あ、ほら。貴嶋」とその友人が倭の後ろを指差す。恐る恐る振り返ると、確かに間違いなく角部屋から出てくるところの男を倭も目の当たりにした。ちゃんと足も生えている。
その男は貴嶋、と名前が上がったのが聞こえたのだろうか、こちらを見てきた。
背が高くてスラリとしているだけでなくやたら整った顔をしている。サラサラヘアーを自慢にしている倭が負けそうなほどサラサラとしたマッシュヘアーがそしてあまりに似合っている。ただ何より気になるのが、二年も年下とはいえそんな目立ちそうな男を倭は全く見た記憶がないということだ。
「誰だよ……、あいつ誰だよ元木」
「いや、だからお前の隣部屋にいる貴嶋」
「知らねえよ、俺。あんな韓国系イケメンも真っ青なほどサラツヤマッシュヘアーも知らねえ」
「素っ気ないのか褒めてんのかどっちだよ」
「元木くん、どうかしました?」
マッシュヘアーがいつの間にか近くまできて倭の友人である太朗に話しかけてくる。
「何かこいつがちょっと変でな」
「変なのはお前らだ! つかお前、マッシュヘアーと知り合いなのかよ」
「俺に抱きつくな鬱陶しい! あと貴嶋、な。そりゃここにいれば何度も顔を合わせるし」
「僕がどうかしました? 峰松くん」
マッシュヘアーがにこにこと倭を覗き込んできた。百七十五センチはある倭よりまだ五センチほど高そうだ。さすが、だてにマッシュヘアーが似合っているわけではない。
「どうかって……つか名前……っ? いやそれよかお前……いつからあの部屋に住んでんだよ。数日前まであそこ、空き部屋だったんだぞ」
「ほら、な? 変なこと言ってるだろ。峰松、お前疲れてんじゃないか?」
「ちげぇ」
動揺が抜けきらないまま言い返していると、視線を感じた。そちらを見るとマッシュヘアーが読み取れないような表情で倭を見下ろしている。
「な、何だよ」
「……いえ。にしても悲しいな。入学してから僕、あなたにも引っ越しの挨拶、したのになあ。貴嶋柚右ですって」
「は?」
「ほら、な? お前マジで疲れてんじゃないか? ちょっと寝てこい」
先ほど右隣の公太に言われたことを太朗にも言われ、倭は混乱し続ける頭を抱えて大人しく部屋へ戻ることにした。全然意味わからないが、周りは「貴嶋はずっといたぞ」と言ってくるし太朗に至っては知り合いですらあった。少なくとも幽霊ではないようだとは理解した。部屋に戻っても憑りつかれるなどといったことはないはずだと踏んでのことだ。
実際にぐっすり眠った後もやはり不可解でしかなかったしその後も怪訝に思う気持ちは残っていたが、周りは前から知っているようだし実際にその一年生は実在している。倭としても不審に思いながらも受け入れるしかなかった。
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