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8話
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改めて戻る時に、麻輝はひたすら落ち着こうとしていた。
いや、別に落ち着いていない訳ではないのだが、意識してしまっていてすぐにそちらへ考えが行ってしまう。
友だちなのだ。だから二人きりとか関係ないし、泊まるのも普通。そもそも高等部に上がる時なんて一緒の部屋になれるよう祈ってたくらいだ。たった一晩泊まるくらい、何なのだろう。
それに黒兎がひたすら手を好き過ぎることは普通の友だちとしては少々疑問かもしれないが、それでも恋人だからという訳ではない。恋人だろうが友だちだろうが見知らぬ人だろうが、黒兎にとっては全部「手」なのだ。
「……あ。そう考えると気分が下がってきた……」
とてつもなく微妙な顔で独り言を呟くと、麻輝はノックをして部屋に入れてもらった。
「ほんとに戻ってきたんだな」
「そんなことで嘘吐いてどうするの……」
少し驚いている黒兎に微妙な顔を向けたが、内面ではそんなことで驚く黒兎もかわいくてこっそりデレデレしていた。
「歯は磨いたんだけど明日の朝もあるしさ、歯ブラシ持ってきた。ごめん、タオルは借りてもいい?」
「いいぞ。まぁ、出すのめんどーだから、嫌じゃなければ俺の使ってるやつ使えば。嫌なら新しいの出……」
「使う使う、使うよ!」
嫌などころか土下座してでも使わせていただきたい、と麻輝は思ったがその気持ちが返答に出ていたらしく、気づけば黒兎がさらにポカンとした顔で見てきていた。
泊まるといえども、黒兎はペラペラと会話を楽しむタイプでもなければゲームをするタイプでもない。今も麻輝を気にすることなくベッドに乗ると横になって読んでいた本の続きを読み始めた。
「何、読んでるの?」
麻輝も読書の邪魔とかを気にせずに近づいて聞く。こういった流れは普段から変わらない。
黒兎は答えてくれる時もあれば本当に読書に集中したい場合は「邪魔」とはっきり言ってくる。
「コクトーの恐るべき――」
黒兎は本を置くと答えてくれた。だが聞いておきながら「ああそれな!」と相槌を打てない。
「……へえ」
へえ、しか言いようがなかった。
黒兎が芸術や文学が好きだと出会った頃から知っており、それなりに麻輝も芸術家たちの名前を知るようになったりはしたが、さすがに作品とまではいかない。
正直、文学的小説は苦手だった。読んでみたことはあるが、大抵何を書いているのか、何が言いたいのかまずわからない。
おまけに国語の授業ではそんなわからないものについて「この時登場人物はどうしたかったのか」「作者は何を考えていたのか」といった困った問題を出してくる。知るか、と言いたい。
「……マキは……ここに出てくるマリエットみたいだ」
微妙な顔で固まっていた麻輝を黒兎はぼんやりと見た後にぽつりと言ってきた。
「っえ? 俺? まりえっと……ってどんな人? なんか女性みたいな名前だけど」
「うん。主人公たちの世話をする年配の女中」
「待って。年配? 女中? 俺、クロの中でどんな立ち位置なの……っ?」
ますます何とも言えない気持ちになりながら突っ込むと、黒兎が小さく笑ってきた。その小さな笑顔に釘付けになる。このまま押し倒してしまいたい、そんな風に考えそうになってしまい、麻輝は慌てて言葉を続けた。
「一体どんな話? 子どもが怖いって話? ホラー?」
「……どんな……。同性愛とか嘘、盗み、宝物、人との関係、近親相姦が絡んだ、未熟でいて永遠の子どものひたすら真っ直ぐで狂気的な気持ちを描いた話……?」
「余計わからないよ……」
ただ、恐らく麻輝にとって苦手とする部類の話なのだろうとは思った。国語のテストに出たら答えがわからない系のものだ。
「クロはそういう話、好きなの?」
「どうだろうな……好きとかよくわからないけど、何か胸に引っかかってたまに読み返したくなる類のやつ」
それって好きなんじゃ。
苦笑しながらも、今まで立ったままだった麻輝は「へえ」と横になっている黒兎の隣に座った。すると黒兎が当たり前のように麻輝の手を取ってくる。
いつものことだ。二人きりなのも珍しいことではない。だが朝まで本当に二人きりなのだと思うと、とてつもなく麻輝の心臓が跳ねた。
ところで未だに「手フェチ」という気持ちはよくわからない。特に好きだ、という感覚と似ているのだろうな、くらいにしかわからない。
好き過ぎて触れたり舐めたりしたくなる気持ちは麻輝にもよくわかる。現にそうしたくて堪らない。
それと同じようなものなのだろうか、と思うが黒兎は一人しかいないからか、よくわからないことがある。
黒兎曰く「ムギの手も好き」。
黒兎が二人、三人といたらこの感覚もわかるのだろうか。黒兎が好き過ぎて仕方がないので触れたり舐めたいと思う気持ちがわかってもそこがわからない。
なので不安になる。麦彦を含め、好みの手があれば片っ端から触れたり舐めたりしたくなり、結果懐いていくのだろうか。麻輝よりもさらに好みの手を見つけしだい、黒兎はそちらばかりを気にするようになるのだろうか。
それとも「フェチ」と言えども麻輝が黒兎を好きだと思う気持ちよりは軽くて、例えば「アクセサリーが好き」みたいな感覚なのだろうか。この指輪のデザインが好き、だけれどもあの指輪もいい、みたいな。
そうだといいな、と少し思う。それならまだ、心穏やかでいられる。今現に心臓の音は煩いが。
「……あの、クロ?」
「何?」
黒兎はいつものようにスッと撫でるように触れたりキュッと指を握ってきたりするのを止めないまま返事をしてきた。
「できれば……今日はあまり触らないでいてくれる、と……」
「何で」
即答で聞かれた。言えるものなら言いたい。麻輝はため息を吐きそうになった。
君が大好きだからだ、と。
大好きすぎて、そんな風に触れられると我慢が出来なくなり、君の気持ちすら考えずに押し倒してしまいそうだからだ、と。
「何で、でも」
「触るぐらい、いいだろ」
いつも淡々としている黒兎だが、手を触れることを少しでも駄目だと麻輝が言うと、なんとなく少し悲しそうな顔になる。そんなに手が好きなのだなと思うと「ごめんね」という気持ちになるがどうしようもない。
だってね、クロ。下手したらもっと悲しい顔させるかもなんだよ。悲しいというか嫌悪? 君にそんな思いをさせたくないし、俺は君のそんなところ見たくない。
だから心を鬼にして駄目だと言う。
「ダメ」
「だから何で」
「ダメだから」
「何でか言えよ」
「何ででも」
「何ででもって、何」
「何ででも! あんま触ってくると俺だって触っちゃうよっ?」
完全に二人きりだから黒兎も安心しているのか、いつもよりしつこい。そのせいでつい、余計なことを言ってしまい、麻輝は慌てて空いている方の手で口を押さえた。
「……触る? 俺の手を?」
「あ、いや」
「別にいいけど」
「いや別に手は……」
「じゃあ、どこ。頭? 顔? 体? お前も何か触るの好きなの? だったら俺ばっかでごめん。いいよ触って」
体……。
つい想像しそうになって麻輝はぶんぶんと頭を振った。
「マキ? いいってば」
いいなんて言わないで。
くらくらとしてきた頭を麻輝は何とか冷やそうとした。
いや、別に落ち着いていない訳ではないのだが、意識してしまっていてすぐにそちらへ考えが行ってしまう。
友だちなのだ。だから二人きりとか関係ないし、泊まるのも普通。そもそも高等部に上がる時なんて一緒の部屋になれるよう祈ってたくらいだ。たった一晩泊まるくらい、何なのだろう。
それに黒兎がひたすら手を好き過ぎることは普通の友だちとしては少々疑問かもしれないが、それでも恋人だからという訳ではない。恋人だろうが友だちだろうが見知らぬ人だろうが、黒兎にとっては全部「手」なのだ。
「……あ。そう考えると気分が下がってきた……」
とてつもなく微妙な顔で独り言を呟くと、麻輝はノックをして部屋に入れてもらった。
「ほんとに戻ってきたんだな」
「そんなことで嘘吐いてどうするの……」
少し驚いている黒兎に微妙な顔を向けたが、内面ではそんなことで驚く黒兎もかわいくてこっそりデレデレしていた。
「歯は磨いたんだけど明日の朝もあるしさ、歯ブラシ持ってきた。ごめん、タオルは借りてもいい?」
「いいぞ。まぁ、出すのめんどーだから、嫌じゃなければ俺の使ってるやつ使えば。嫌なら新しいの出……」
「使う使う、使うよ!」
嫌などころか土下座してでも使わせていただきたい、と麻輝は思ったがその気持ちが返答に出ていたらしく、気づけば黒兎がさらにポカンとした顔で見てきていた。
泊まるといえども、黒兎はペラペラと会話を楽しむタイプでもなければゲームをするタイプでもない。今も麻輝を気にすることなくベッドに乗ると横になって読んでいた本の続きを読み始めた。
「何、読んでるの?」
麻輝も読書の邪魔とかを気にせずに近づいて聞く。こういった流れは普段から変わらない。
黒兎は答えてくれる時もあれば本当に読書に集中したい場合は「邪魔」とはっきり言ってくる。
「コクトーの恐るべき――」
黒兎は本を置くと答えてくれた。だが聞いておきながら「ああそれな!」と相槌を打てない。
「……へえ」
へえ、しか言いようがなかった。
黒兎が芸術や文学が好きだと出会った頃から知っており、それなりに麻輝も芸術家たちの名前を知るようになったりはしたが、さすがに作品とまではいかない。
正直、文学的小説は苦手だった。読んでみたことはあるが、大抵何を書いているのか、何が言いたいのかまずわからない。
おまけに国語の授業ではそんなわからないものについて「この時登場人物はどうしたかったのか」「作者は何を考えていたのか」といった困った問題を出してくる。知るか、と言いたい。
「……マキは……ここに出てくるマリエットみたいだ」
微妙な顔で固まっていた麻輝を黒兎はぼんやりと見た後にぽつりと言ってきた。
「っえ? 俺? まりえっと……ってどんな人? なんか女性みたいな名前だけど」
「うん。主人公たちの世話をする年配の女中」
「待って。年配? 女中? 俺、クロの中でどんな立ち位置なの……っ?」
ますます何とも言えない気持ちになりながら突っ込むと、黒兎が小さく笑ってきた。その小さな笑顔に釘付けになる。このまま押し倒してしまいたい、そんな風に考えそうになってしまい、麻輝は慌てて言葉を続けた。
「一体どんな話? 子どもが怖いって話? ホラー?」
「……どんな……。同性愛とか嘘、盗み、宝物、人との関係、近親相姦が絡んだ、未熟でいて永遠の子どものひたすら真っ直ぐで狂気的な気持ちを描いた話……?」
「余計わからないよ……」
ただ、恐らく麻輝にとって苦手とする部類の話なのだろうとは思った。国語のテストに出たら答えがわからない系のものだ。
「クロはそういう話、好きなの?」
「どうだろうな……好きとかよくわからないけど、何か胸に引っかかってたまに読み返したくなる類のやつ」
それって好きなんじゃ。
苦笑しながらも、今まで立ったままだった麻輝は「へえ」と横になっている黒兎の隣に座った。すると黒兎が当たり前のように麻輝の手を取ってくる。
いつものことだ。二人きりなのも珍しいことではない。だが朝まで本当に二人きりなのだと思うと、とてつもなく麻輝の心臓が跳ねた。
ところで未だに「手フェチ」という気持ちはよくわからない。特に好きだ、という感覚と似ているのだろうな、くらいにしかわからない。
好き過ぎて触れたり舐めたりしたくなる気持ちは麻輝にもよくわかる。現にそうしたくて堪らない。
それと同じようなものなのだろうか、と思うが黒兎は一人しかいないからか、よくわからないことがある。
黒兎曰く「ムギの手も好き」。
黒兎が二人、三人といたらこの感覚もわかるのだろうか。黒兎が好き過ぎて仕方がないので触れたり舐めたいと思う気持ちがわかってもそこがわからない。
なので不安になる。麦彦を含め、好みの手があれば片っ端から触れたり舐めたりしたくなり、結果懐いていくのだろうか。麻輝よりもさらに好みの手を見つけしだい、黒兎はそちらばかりを気にするようになるのだろうか。
それとも「フェチ」と言えども麻輝が黒兎を好きだと思う気持ちよりは軽くて、例えば「アクセサリーが好き」みたいな感覚なのだろうか。この指輪のデザインが好き、だけれどもあの指輪もいい、みたいな。
そうだといいな、と少し思う。それならまだ、心穏やかでいられる。今現に心臓の音は煩いが。
「……あの、クロ?」
「何?」
黒兎はいつものようにスッと撫でるように触れたりキュッと指を握ってきたりするのを止めないまま返事をしてきた。
「できれば……今日はあまり触らないでいてくれる、と……」
「何で」
即答で聞かれた。言えるものなら言いたい。麻輝はため息を吐きそうになった。
君が大好きだからだ、と。
大好きすぎて、そんな風に触れられると我慢が出来なくなり、君の気持ちすら考えずに押し倒してしまいそうだからだ、と。
「何で、でも」
「触るぐらい、いいだろ」
いつも淡々としている黒兎だが、手を触れることを少しでも駄目だと麻輝が言うと、なんとなく少し悲しそうな顔になる。そんなに手が好きなのだなと思うと「ごめんね」という気持ちになるがどうしようもない。
だってね、クロ。下手したらもっと悲しい顔させるかもなんだよ。悲しいというか嫌悪? 君にそんな思いをさせたくないし、俺は君のそんなところ見たくない。
だから心を鬼にして駄目だと言う。
「ダメ」
「だから何で」
「ダメだから」
「何でか言えよ」
「何ででも」
「何ででもって、何」
「何ででも! あんま触ってくると俺だって触っちゃうよっ?」
完全に二人きりだから黒兎も安心しているのか、いつもよりしつこい。そのせいでつい、余計なことを言ってしまい、麻輝は慌てて空いている方の手で口を押さえた。
「……触る? 俺の手を?」
「あ、いや」
「別にいいけど」
「いや別に手は……」
「じゃあ、どこ。頭? 顔? 体? お前も何か触るの好きなの? だったら俺ばっかでごめん。いいよ触って」
体……。
つい想像しそうになって麻輝はぶんぶんと頭を振った。
「マキ? いいってば」
いいなんて言わないで。
くらくらとしてきた頭を麻輝は何とか冷やそうとした。
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