スキンシップ

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3話

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 考えていると、あの体育の時以来というより黒兎が手フェチだと打ち明けて以来、今のように遠慮なく触るようになったような気がした。それまではまだ遠慮があった。

 ……ってことはクロに、言うつもりのなかった手フェチという言葉を言わせた俺のせいでもあるのか?

 そんな風に思ってみたのは被害者ぶりたい訳ではなくて、黒兎が好き故に自分にも原因があると多分思いたいのだろうなと、恋に悩んでいるわりに冷静に思ってみたりする。

「茶島ァ」

 ぼんやりしているふりをしながらひたすら黒兎のことを思っているとクラスメイトであり友だちである合津 麦彦(あいず むぎひこ)が近づいてきた。

「なんだよ、幸せにぼんやりしてたのに暑苦しい顔近づけんな」
「呆けてるとこに声かけただけでなんでそこまで言われなきゃなんだよ」

 麦彦という名前を最初知った時は思わず「ビール屋さん?」と聞いてしまった。

「ビール屋さんってなんだよ! 麦から安直な答え導き出すなよ」

 とてつもなく嫌そうな顔をしながらも、麦彦はその後に笑って「俺、でもこの名前嫌いじゃねーけどな」と言ってきた。外見は少しいかついが、いいやつだとは思ったのを覚えている。
 いいやつではあるが、気にくわないこともある。麦彦は高等部からこの学校へ入ってきた。そしてさらりと黒兎のルームメイトになったのだ。
 中等部から高等部へ進学する際に寮も変わるので麻輝はずっと祈り続けていた。
 どうかクロとルームメイトになれますようにと。
 だというのに後からやってきた麦彦に奪われたのだ。恨みたくもなる。
 一年生の時はひたすら気にしていた。いかつい顔をしているし、もし万が一黒兎になにかあったらどうしようとハラハラもしていた。
 自分も男を好きになってしまったことにあれほど悩んでいたくせに喉元過ぎればなんとやらで、今では惚れた欲目もあって黒兎のそばにいて惚れないはずがないとさえ思っていた。それを高等部から麻輝のルームメイトとなった杉上 青貴(すぎうえ あおき)に言えば淡々と「お前馬鹿だろ」と言われてしまった。
 ちなみに青貴も高等部からこの学校へ入ってきた。忌々しいことに入学した時点で彼女がいた。麻輝が「俺より十センチくらい小さいくせにズルい」と言うと鼻で笑い、「正確には八センチだ、ざまぁ」と返されたことも忘れがたい。むしろ清々しかったので、青貴とはそれ以来仲よくやっている。
 この学校では男同士は珍しくもないのもあり、お陰さまで黒兎のことも青貴には打ち明けた。なので麦彦についてハラハラしつつ惚れないはずがないと言ったら、「馬鹿だろ」と冷めた言葉が返ってきたのだ。
 そんな麦彦とも二年生になって同じクラスになった。そして気づけば仲よくやっている。麦彦にも彼女がいたのも仲よくやっている理由の一つだ。要は少し安心した。

「呆けてた訳じゃねーし。たそがれてたんだよ」
「……同じことだろ。つかさ、来週末コンパやるからお前も来いよ!」
「は? なんで。ヤだよ」

 とてつもなく微妙な顔をして断っているというのに麦彦は聞いてないのか「お前がいると場のテンションが上がるしなー」などとほざいている。

「嫌っつってんだろ。聞けよ。あとなんでテンション上がんだよ。別に俺、盛り上げるつもりないけど」
「顔だよ、顔!」

 嫌だ、という部分だけ器用にもスルーしながら麦彦は後半部分に答えてきた。

「顔?」
「お前ムダに顔はいいだろ。かわいい系イケメンっつーの? 女の子のテンションが上がる」
「ムダってどういう意味だよ! あとかわいい系じゃねーし。正統派イケメンに決まってんだろ」

 ムッとして言い返すと鼻で笑われた。

「鼻で笑うな。背も高いしスラリとしつつも、ついてるとこはついてんぞ」
「胸か?」
「乳ついてどーすんだよ……! んなもんついてたら堂々と言うどころかこそこそ病院に相談に行くよ……! 筋肉に決まってんだろ」

 とてつもなく微妙な顔で麻輝が言うも、さらに鼻で笑われた。

「この麦野郎……」
「麦野郎ってなんだよ……。だって背が高いって言われても俺のが高いし、筋肉だって俺のがあるだろ」

 実際その通り過ぎて麻輝はグッと黙る。

「ただまあ俺、顔でなんかビビられるタイプなんだよなー。こんなに愛らしいのに」
「合津が愛らしい? 君が愛らしいならそりゃ俺はかわいい系イケメンだったよね」
「だろ? ってことで週末空けとけよ」
「ってことじゃないだろ。嫌っつったよね? つかコンパとか君の彼女怒るぞ」
「アイツ? アイツがそんなで怒る訳ねーだろ」
「ヤキモチ妬きなんじゃなかったっけ」
「ヤキモチ妬きっていうかわいいもんじゃねーな。ちょっとでも浮気したら多分殺される」

 笑っていた麦彦が青い顔になりながら言ってきたので本気なのだろう。

「君の彼女、君みたいなやつ逆ナンするくらいだもんな。激しそ……、ってじゃあやっぱコンパやってる場合じゃないだろ」
「あー、そのコンパ、彼女からの頼みだから」
「は? なにそれ……」
「出会い欲しいって友だちのためにしたいんだとさ。まあこっちだって出会い欲しいやつで溢れてんだろ。ギブアンドテイクってやつ」
「俺はギブもテイクもいいから行かない」
「何でだよー」

 ようやく麦彦の耳に届いたようで麻輝は微妙な顔でため息を吐いた。

「俺、興味ねーもん」
「彼女欲しくねーのっ?」
「別にいい。だって俺、クロ厨だっつってるだろ」
「あー。つかいい加減それやめろよ。なにが楽しいんだよ」

 麦彦が呆れたように麻輝を見てきた。どう斜めに見ても完璧女好きの麦彦に麻輝は黒兎が好きだとは打ち明けていない。いや、生意気そうな顔をした青貴も完全に女好きではあるので同じことなのだが、なんとなく気づけば青貴には打ち明けていた。むしろ淡々とした常識人といった雰囲気が逆に言いやすかったのかもしれない。
 ただ、麦彦には黒兎が好きだと言ってはいないが「クロ厨」だとは言っている。元々中学の頃から麻輝は周りに自ら「クロ厨」だと冗談めかして言っていたので抵抗はなかった。
 麻輝の親しい友人でもあり黒兎のルームメイトである麦彦には否応なしに、黒兎のそばにいたがる麻輝の姿を晒すことになる。どれほど手を弄ばれてもそばを離れない麻輝が明らかに不可解だろうが、ネタのようにクロ厨と言っているおかげで麦彦は普通に流してくる。

「楽しいよ?」
「お前さーそんなチャラい髪の色して見た目も目立つのに台無しだな」

 チャラいは余計だと麻輝は思った。確かに金髪とまではいかないがかなり明るい色にしてはいる。だがこれはチャラいからではなく、ピンで留めたりしているのと同じで麻輝の中でのお洒落のつもりだ。

「別に俺チャラくねーよ。この色が俺に似合ってんの!」
「知ってる。チャラいどころか、何かヘタレっぽいもんな」
「この間彼女じゃない名前の子とSNSのやりとりしてたこと、週末彼女にバラしてやる」
「あ、ごめん! 茶島は男前のイケメンだって!」
「あとこないだ外出した時たまたま知り合った子とアドレス教え合ってたこともバラそうかな」
「わかった。わかった! 今回のコンパは出なくていいから!」
「よし」

 ニヤリと笑うと麦彦が「女の子より黒うさ取るとか意味わかんねー」と生ぬるい顔で麻輝を見てきた。

「黒うさ、言うなよ……」
「だって黒兎だぜ? 黒うさだろ」
「そんだらお前はやっぱ麦野郎だ」
「るせーんだよ、マキちゃん」
「語尾にハートつける感じでちゃん付けやめろ! それこそクロから言われるならかわいいけど合津からはただただ気持ち悪い……!」
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