不機嫌な子猫

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141話

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 祖父母に急きょ客があり、ウィルフレッドが振舞う予定だった今日のフィーカが取り止めとなった。おかげでウィルフレッドは時間を少々持て余していた。フィーカの時間であっても大抵ウィルフレッドの近くにいるレッドは残念ながら騎士隊長としてだろうか、呼ばれていていない。
 フィーカの時間だっただけに仕事をする気分でもないしどうするかとぶらぶら歩きながら思っているとレッドの部下であるモヴィを見かけた。

「モヴィ! 久しぶりだな」
「ウ、ウィルフレッド王子」

 さっとモヴィの顔色が赤くなるのが分かった。元魔王だと知っている一人ではあるし、あの戦いの後バタバタしていたのもあって直接話すのは久しぶりでもある。もしかしたら変に緊張されているのかもしれない。
 そう解釈したウィルフレッドは一瞬だけ考えると「丁度いい、来い」と招き寄せた。

「な、何でしょうか。あ、というか、その、我が隊長とこ、恋人となられたそうで、その、おめでとうございます」
「あ? ああ、祝われることなのかよく分からんが、ありがとう」

 怪訝な顔で礼を言うと複雑な表情をされた。モヴィがレッドの忠実な部下であることは知っているし、ここは大いに喜ぶところだったのかもしれない。だがまあいい、とウィルフレッドは続けた。

「貴様に料理を振舞ってやろう。好き嫌いはないな?」
「は、え、えっ? な、何故、でしょう、か」
「何故? 振る舞うことか? 暇だからだが」

 何を当たり前な、と答えるとまた赤い顔でポカンとされた。

「ああ。俺はこれでもグルメな上に料理が得意なのでな。遠慮するな」

 ラルフからは「凄く個性的で特徴的な木彫り人形作るわりに料理は繊細で王道的なものも作ったりするんだねぇ」と変に感心されたことがある。何を言っているのかよく分からなかったので流したのだが、確かに木を彫るよりは包丁で肉やら何やらを切り刻むほうがやりやすいのは確かだ。
 戸惑い続けるモヴィを自分の屋敷にあるテラスにウィルフレッドは連れ込んだ。仕込みは元々祖父母のためにしてあったので、近くにいた者に手伝わさせてすぐに出来上がった軽食を運ぶ。
 戸惑い続けているモヴィだが、自分が客として招待されているのは少なくとも把握しているようで、下手に手伝うと立ち上がることなく大人しく座っていた。だが妙に固まっている。

「無礼講とまでは言わんが、もう少し楽にしろ」
「は、はい。しかし隊長に叱られます」
「は? 何故レッドがお前を叱るのだ。公式の場でもないんだ。別に部下を振舞ってはいけないなどというルールはないだろうが。貴様もさぼっている訳ではない。俺の相手をしているのだからな」
「そ、そういう意味では……いえ、はい」

 モヴィは普段から顔色を赤や青にする特技でも持っているのだろうかとぼんやり思いつつ、ウィルフレッドは茶を口にした。

「ところでどうだ、味は」
「お、美味しいです……とても美味しい……一生の思い出にします」
「気に入ってくれたのならなによりだが、貴様ちょっと大袈裟だな……!」
「大袈裟ではありません。本当にとても美味しいですし、俺……いえ、私はとても幸せです」

 変なやつだと思ったウィルフレッドの頭の片隅で、一瞬「そういえば好意を寄せてくれていたのだったか」といった考えが過った。だが自分相手にそんな訳がないし、そう思った記憶もない。もしや記憶を失っている時に何か思うことでもあったかと首を傾げたが、まあいいと流した。

「貴様の仕事は最近どうだ。まだ色々と後始末などで忙しいのか」
「いえ、隊長の割り振りが的確なのもあって、我々の受け持ちはずいぶん楽になりました。それに全体的にもずいぶん落ち着いてきたと聞いております」
「それはよかった。にしても前から何となく思ってはいたのだが……今回改めてレッドの部隊を見て思った。何なのだ。体格は分かるが、騎士は顔もよくないと務まらないのか?」
「え?」
「面接要項に容姿も必須とあるのか?」
「い、いえ。そのようなことは……」
「しかし貴様だって顔がいいではないか」
「こ、こ、光栄、です……、が、えっと、あの、べ、別に容姿はその、関係、ないです」

 酒を飲んでいる訳ではないが、モヴィがまた赤くなる。
 お互い食事を終え、アルコールが駄目な者とまだ仕事がある者同士なので茶をゆっくりと嗜んでいた。

「たまたまなのか? ああ、そういえばだな、何故貴様は俺とレッドがその、恋人となったと知っている?」
「隊長が自ら教えてくれました」
「は? あの寡黙な男が、か?」

 ただでさえ無口なレッドが、しかも恋人となる前は「恐れ多い」だの「不似合いだ」だの面倒くさいことを考えていた堅物なレッドが、自ら部下に言うとは思えない。

「はい」
「貴様の幻覚ではないのか」
「いえまさか。その、少々言いにくそうではありましたが、そういうことだから覚えておくようにと皆に念を押しておりました」
「何を覚えておくのだ。別にレッドの部下にとって、俺が低い立場だったならまだしも王子なのだから態度とかを改め、気にする必要もないだろうが」
「ここだけの話でよろしいですか?」
「ああ」
「きっと隊長の独占欲です」
「へえ。……、……。……は?」

 独占欲?
 レッドが?

 一気に顔が熱くなった。そしてモヴィはそんなウィルフレッドの様子を見てうつったのかまたもや同じく顔を赤くしている。

「……お前はこんなところで何をしている」

 そんな時にレッドの声が聞こえてきた。見ればただでさえ一見目つきのよくない顔つきのレッドが余計に不穏そうな表情でこちらを、というかモヴィを見ていた。モヴィはといえば即座に立ち上がるというよりは直立不動の姿勢を取っている。今度の顔色は青だ。

「っも、申し訳ございません! えっと、ただちに……」
「よい。俺が誘ったのだ。祖父母とのフィーカの予定が潰れてしまってな。お前も用事か何かでいないしどうしようかと思っていた時にこやつを見つけたので連れてきた」
「…………さようですか」
「た、隊長も戻られましたし、その、俺はこれで……! あ、あの、ウィルフレッド様、おもてなしを本当にありがとうございました。とても美味しかったです。では仕事に戻ります、失礼いたします」

 強張っていたモヴィだったが、ふと笑顔を見せながらウィルフレッドに頭を下げてきた。そしてまた改めて頭を下げるとこの場から去って行った。

「……お前、もしかして部下に対して必要以上に厳しいのではないのか?」
「あなたの口からそういうことを聞くとは。それにそうですね、俺は厳しいですよ。部下だけでなく、他の誰かと二人きりに軽率になるあなたに対しても厳しくしたい」

 座ったままであるウィルフレッドの近くまでくると、レッドは跪いてきた。そして手を取ってくると指にキスをしてくる。

「ですが俺の王子には結局は甘いです」
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