不機嫌な子猫

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132話

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 ずっと力のない自分が嫌だった。かつての自分を思い出したからこそ、情けない何の役にも立たない自分が耐え難かった。
 キープから望む世界はそんなウィルフレッドをまるで高めてくれるかのように手を広げてくれていた。ウィルフレッドはかつての自分のようにこの地を我が物にしようと決意出来たし、努力も出来た。
 その努力は無駄だと、いくら鍛えても身に付かない現実が訴えてきていたし、実際ほぼ無駄だったのだとクライドによって知ったが、それでも立ち止まることだけはしなかった。
 元魔王という記憶はきっとウィルフレッドにとって悪影響もずいぶんあったと思う。それでも多分、かつての自分を思い出さなければ今でもウィルフレッドは自分の屋敷に閉じこもり、自分の世界に満足していたかもしれない。
 それが悪いことだとは言えないが、兄姉とも交流せず祖父母とのフィーカだけが外の世界だったかもしれない可能性を思えば、ウィルフレッドは例え記憶だけ戻って平凡で何も力を持っていない今の自分でもとても好きだと思えた。
 だがそれももしかしたら終わりかもしれない。
 ルイやアレクシア、そして他の臣下たちにまでウィルフレッドの正体は明確となっただろう。兄姉から鬱陶しいほど構われ愛されてきた日々はもう戻ってこないかもしれない。
 ケルエイダ王国を我が物にするどころではないだろう。闇に飲み込まれるのを抑えはしたが、もしかしたらウィルフレッドは結局封じられるかもしれない。もしくは魔王の力に飲み込まれてないため処刑となるか、よくて国外追放かもしれない。魔王という存在に現実味を感じなくとも、それほどまでに人間は魔王をいとう。

 それでも──それでも今、俺が成すべきことは。

 ウィルフレッドはずっと飾り物のように腰に下がっている剣を抜いた。
 あれほど重かった剣は力を得ている今や空気のように軽い。それに力は及ばずとも長年振るってきた剣はウィルフレッドにとても馴染んでいた。
 ウィルフレッドはさらにその剣に風の能力を付加させる。

「フェル! 貴様の背中に乗せろ」
「はい、ウィルフレッド様」

 フェルと普通に話すことも気にしない。というか今はそんなことどうでもいい。
 ひらりとフェルの背中へ飛び乗ると、ウィルフレッドは「偽物クソ人形に近づけ」と命令した。

「そして俺の放つ剣に貴様の炎も乗せる。豪快に放て」

 風に火属性を合成することで威力は増すはずだった。普通なら合成魔法など使えるはずもないが、風魔法を扱えるようになった今、魔王の力を以てすればきっと容易い。

 ──これなら闇魔法を使わずとも……!

 その間もオートマタはそれこそ闇魔法をウィルフレッドたち目掛けて放ってきた。フェルは大きな体とは思えないほど器用にそれを避けながら近づいていく。おかげでかなり強力な攻撃を食らっても瀕死に至ることはない。
 ウィルフレッドは剣をかざした。そして詠唱を始める。
 フェルも炎を放ってきた。その炎をウィルフレッドは自分に一切触れさせることなく緑色の光をまとった剣に取り込んだ。
 さらに詠唱を続ける。
 軽かった剣はぐっと重みを増したが、今のウィルフレッドにとっては造作ないことだった。フェルが上手く近づいたところで、ウィルフレッドはその剣をオートマタ目掛けて振るった。
 こちらまで溶かされそうなほど高温の爆風と共に剣の切っ先がオートマタを貫く。
 偽物のオートマタとはいえ、今までレッドやフェルの攻撃にも対応し相当強い魔力を持っていたそれは、とうとう真っ二つに引き裂かれた。ウィルフレッドは隙を見せる気など一切なく、倒れたオートマタに更なる風魔法を放った。それにより偽魔王は呆気なくバラバラとなった。
 フェルが地面に降り立つ。ウィルフレッドは呆然としたままフェルから降りた。

 倒せた、のだろうか。

 実感が湧かない。レッドが手こずり瀕死となった存在を、あの情けなかった自分が、それもウィルフレッドの属性でありつつひたすら鍛えても身に付かないと思っていた風魔法と剣を使って倒したというのか。

「ウィルフレッド様、こいつはもう復活することはありません。さすがです」

 フェルの言葉にもいまいち実感出来ない。

「俺が……風と剣、で……」

 じっと手を見た後、だがウィルフレッドはハッとなった。二度と復活しないのならば、今はそんなことはどうでもよかった。
 慌てて先ほどまでいた場所へ戻る。そこでは今もなお、金色に光る魔法円を何重にも作り上げ、詠唱しているルイとアレクシアがいた。金色の光溢れる紋様に包まれたレッドが見える。
 不用意に触れることはせず、ウィルフレッドは二人の方へ向き直った。レッドはどんな状態なのかと聞きたかったが、詠唱を妨げることはしたくない。
 ただ、二人の表情に絶望のような何かは窺えなかったため、ウィルフレッドはきっと大丈夫だと思い込むことにした。
 フェルはバラバラになったオートマタをあろうことか平らげたようで「少し力が湧いてきた気がします」などと言いながら近づいてきた。
 気のせいではなく、おそらくオートマタに仕込まれた魔王の血がオートマタもろとも体内に入ったからだろう。偽魔王の原因ともなったであろう血は、素人が口にする程度では何の付加価値もないはずだ。ただフェルのような魔物であれば栄養剤程度にはなったのかもしれない。
 フェルもある程度近くまでくるとおとなしく二人が詠唱する様を見ていた。ウィルフレッドのそばまで来ないのは光魔法が近いせいだろう。フェルであっても魔物には違いなく、光魔法は苦手のはずだ。

「偽魔王を倒したのか」

 そこへクライドも戻ってきた。
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